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二夜 蜃(シェン)の楼(たかどの)

二夜 蜃の楼 21

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 舜は厳しく表情を変えた。
「ちょっとここで待っててくれ。オレ、ちゃんと責任取るから」
 と、安っぽい男が言うような台詞を吐いて、服を拾う。
 もちろん、言った当人の舜にとっては、それが、セックスを終えた後の男が口にする……それも、かなり勘違い気味の男が口にする、恥ずかしい台詞である、という意識はない。
 舜はただ、数の数え方を知るために莉芬を利用したことの責任を取る、と言った積もりであったのだ。つまり、莉芬を無事、外へ連れ出してやる、と。
「あの……?」
 莉芬は、ぽっ、と頬を染め、舜の顔を見上げている。
 どう見ても、舜にプロポーズされた、と誤解しているような表情である。――いや、彼女でなくとも、誰しもがそう誤解するだろう。
「先にデューイの様子を見て来るから――。もしかすると、あいつ、生命を取り替えられて死んでるかも知れないし」
 別に死んでいても気に留めないような、酷い言い方である。一応、彼を心配しての言葉なのであろうが、この少年が言うと、そうは聞こえないから、不思議である。もし死んでいたら、あっさりと放って行きそうに、聞こえる。
「でも――」
「あいつを見捨てて帰ったら、オレ、黄帝に杭を打ち込まれるかも知んないからさ。――あ、黄帝っていうのは、半分ボケてる、オレのおやじのことなんだけど。極悪非道の血も涙もない化け物なんだ。――あ、オレはあいつの息子でも化け物じゃないぜ。何しろあいつは、オレが自分で責任の取れないようなことをしたら、一生涯厭味を言い続けるような奴なんだ。オレを自由にしないのだって、まだオレが、自分のしたことの責任を全部自分で取れないからだ、って言うんだ。だから、君のことはちゃんと責任取るから」
 それだけを、服を着ながら一気に喋り、舜は、デューイの部屋へと駆け出した。
 どうやら、初体験の余韻、という奴には、ゆっくり浸っていることも出来ないようである。
 まあ、余韻はともかく、その前には山ほどドキドキとしたのだから、充分だろう。
「ドキドキ、か……」



 部屋に入ると、デューイは鋭い乱杭歯から血を滴らせ、全裸のままで、寝台にいた。
 どうやら死んではいないようだが――いや、生き返ったようだが、血の気を持った人間を前に、その欲望を抑えていることが出来なかったらしい。
「嘘だろ……。そいつが吸血鬼化してたら、また、オレが面倒をみなきゃならないんだぜ……」
 舜は、ぐったりと肩を落として、寝台の脇へと足を進めた。
 その舜の声に気づいたのか、デューイが面を持ち上げる。
「舜……」
「ああ、舜だよ。我に返ってくれて嬉しいよ。だけど、オレ、女の面倒まで――」
 舜の言葉は、そこで、止まった。
 寝台の上で、至福に満たされたように眠っているのは、乳房も何もない、スラリとした体型の、まだ年若い少年であった。華奢な体つきも、幼さを留める輪郭も、舜とさして変わりのない年齢であることを、裏付けている。
 そして、舜の覚え違いでなければ、それは、莉芬と共に、最初に舜とデューイを迎えに立ってくれた、あの花園での少年ではなかっただろうか。
 だが、これは、ただの順番、なのであろうか。
 それとも、デューイの好み、なのであろうか。
「訊いてもいいかい……デューイ? もしかして……これは、あんたの趣味?」
 その問いかけに、デューイの瞳が、四方に散った。
 そして、しばらくしてから、コクリ、とうなずく。
「冗談……だろ」
 顔面蒼白になりながら――尤も、夜の一族なので、いつも顔色がいいとは言えないが――舜は、世紀末を見るように、呆然と言った。
「オレ、咬まれる心配だけじゃなくて、ケツ掘られる心配までしなきゃならないのかよ……」
 と、デューイを見上げる。



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