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第二章 慰みの令嬢

7.身代わり

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 クラウディアが目を覚ますと、小屋の中はきれいに掃除され家具の位置も整理されきれいになっていた。きっとあの中年女がやったに違いない。それよりももっと大きな変化が有り、クラウディアには木綿の妊婦服が着せられていたのだ。数か月ぶりの衣服は彼女に安心感をもたらし、精神的な安定と思考力の回復を促すこととなった。

「お目覚めでしょうか。
 ええっと、クラウディア様とお呼びすればよろしいですか?」

「そんな…… 私は奴隷の身ですから…… どうぞ呼び捨てにしてください。
 この衣服、それに体を拭いてくれたのはあなたですか?
 ありがとうございます、久しぶりに人間に戻れた気がします」

「いえいえ、殿下のお子様を宿された大切なお体ですから当然です。
 申しおくれましたがわたくしの名はモタラ、二歳ごろまで殿下の乳母をしておりました。
 これからはわたくしがお二人のお世話をさせていただきます。
 どうぞ何なりとお申し付けください」

「でもあの人がやめてくれるでしょうか……
 一緒にいる間に言葉を教えていたのですが、まだ大したことは話せないのです。
 今はどうしているのですか?」

「今は奥のお部屋でお休みになられております。
 そのことに関しましてはあまりご心配なさらず。
 とにかく今はお体を大切になさってください」

 クラウディアには理解できないことが多すぎた。なぜ突然このモタラと言う女は顔を出したのか。なぜ自分たちの世話をしようとしているのか。なぜアルベルトはおとなしくなったのか。これらを整理して一つずつ考えていくことにする。

 まず間違いなく自分は妊娠しているだろう。そしてモタラはアルベルトを慕っているし、今でも王子だと考えている。つまりこの子供を無事に生んでほしいと言うことなのだろう。それをふまえれば、二人の世話をしようと考えるのも当然だ。

 だがもう一つ、なぜ急にアルベルトが大人しくなったのか。これまでの数か月間食べるか寝るかの時間以外はずっとクラウディアに付きっきりで、本能のままに欲望を流し込み続けていたと言うのに。それを覆す方法を知っていたのならもっと早く助けてほしかった。つまりモタラは、アルベルトに種を植え付けられたこの腹が大切なだけで、自分の身を守ってくれる存在ではない。

 腹の中の子は当然望んで出来た子ではないし、できれば産みたくなんてない。しかし腹の中が無事である限りは自分の身が安全である可能性も高い。体が回復して動けるようになったら逃げ出して別の国へでも行き、あとはどこかで中身の処理をすれば自由になれるかもしれない。クラウディアはしばらくは我慢しモタラの言うことを聞きながら体力回復に努めようと考えた。

 久しぶりに食べた温かい粥はとてもおいしく感じ、腹を満たすと同時に心を癒してくれる。狙いはともかくきちんと面倒を見てくれる存在を素直にありがたいと感じていた。空腹を満たしまたしばらく眠りについてどれくらい経っただろうか。隣の部屋から大きなうめき声が聞こえてきた。おそらくアルベルトが目覚めたのだろう。モタラは心配するなと言ったが、本能で恐怖を想い出したクラウディアは小さく震えていた。

 するとすぐ横に座っていたモタラが立ち上がり隣の部屋へと入っていく。しばらくはうめき声が聞こえていたが徐々に小さくなりやがて別の声が聞こえてきた。それは初めて聞いた声ではあるが、間違いなくモタラの口から発せられている女の声だった。

 彼女に助けられているなどと考えたくもないが、どうやらクラウディアの代わりにその身を捧げ、アルベルトの欲望を吐き出させているのだ。その行為と行動の気持ち悪さ、それに悪阻(つわり)も合わさり耐えきれなくなったクラウディアは、近くにあったバケツの水を床へとぶちまけてからその中へ胃の中の物を吐きだした。

 クラウディアは両手で耳を塞ぎながらことが終わるのを祈るような気持ちで待っていた。始まってから数時間は経っただろうか。ようやく声は収まり衣服で前を押さえただけのモタラが部屋から出て来る。その体は中年らしい肉付きであり、盛り上がった部分はすっかりと垂れている。それなのに頬は紅を塗ったように赤らんでいるし、表情はすっきりとしていて、まるで誰かに武勇伝でも聞かせたかのように高揚している様子だ。

 妊婦はその様子を見て再び吐瀉し、バケツにはなみなみと不快な匂いを漂わせるものが貯まっていった。モタラはそれを気にする様子もなく片手で持ち上げると、監視小屋の外へと出て行った。クラウディアが見送るように中年女の背中に目をやると、そこには見覚えのある複雑な模様が描かれていた。

 泉で体を流し、バケツをきれいにしてきたモタラが小屋の中へと戻ってくる。クラウディアはあえて何も言わず黙っていたのだが、先にモタラが口を開いた。

「聞こえていたでしょうが、ああでもしないと収まりませんので。
 次からは頭からかぶれるようにお布団をご用意致します。
 私の身に起きている行為自体は気になさらないで下さい。
 元々城付き奴隷ですから辱めを受ける感覚も、子を宿すこともございません」

「そう、なのですね……
 城付きと言うのは、その…… 国王の?」

「はい、元々は前国王の所有物でした。
 代替わりの際に王室奴隷はそのまま引き継がれたのです。
 ご存知かもしれませんが、城付き奴隷は子を宿せないよう腹の中を壊されます。
 それで生き残ったものだけが城に残れるのです。
 クラウディア様のように正常な身体の者は、奴隷を産む女として使われます」

「それでは私も、私の子も取り上げられるのですか?」

「いいえ、それであれば最初から奴隷棟へ送られるはずです。
 アルベルト様のところへいらしたのはおそらくタクローシュ様の戯れかと……
 あのお方はご自分の所有物を穢され(ねとられ)ると興奮するらしく……」

「なんとおぞましい…… それでは結局うまくいくことは無かったのでしょうね。
 それであなたはどうしたいのですか?
 私と子はどうすればいいのですか?」

「特に何も、健康でいてくれさえすれば十分です。
 わたくしは烏滸がましくも、アルベルト様を育てて来た母親だと思っているのです。
 そのお子様ですから今度こそきちんと育っていただきたい。
 アルベルト様は出来たとわかった時にはすでに大分成長していました。
 ですが母上様、今の王妃様が無理に流そうとかなり乱暴なさり、しまいには棄てました。
 反乱の二年以上前ですが、その頃すでに国王暗殺は決まっていたのでしょうね」

 クラウディアは、望まれず産まれてきて人としての教育も施されず棄てられたアルベルトに同情していた。つい数時間前まで数えきれない数、わからなくなるくらい長い時間凌辱されていたにもかかわらずだ。それは初めて辱めを受けたあの夜とさほど変わってはいない。この不幸な醜男を救ってあげたい、そんなことまで考えていた。
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