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第三章 救われた醜男

8.愚かな醜男への救い

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 それから半年ほどが過ぎ、モタラのおかげで監視小屋では一見人間らしい生活が送られているように見えた。アルベルトは大分言葉を覚えクラウディアとの会話が十分成立するようになっている。そのため自分が何をすべきなのかくらいは考えることが出来、毎日果物を探して来たり、鳥の卵を取ってきたりすることもあった。

 モタラも相変わらず献身的に尽くしてくれ、それなりの食事と暖かな衣類や布団をどこからか入手してきてくれた。そして引き続きアルベルトとクラウディアの子のためにその身を慰み者として提供し続けている。いつまでたってもその行為中に聞こえるモタラの喘ぎ声には慣れず、クラウディアはいつも布団を数枚重ねて頭に被りやり過ごしていた。

 それでも醜男(しこお)の欲望は枯れることなく、運悪くモタラが不在の時に波が高まることがある。半年の間に教育を続けた甲斐も有り子供が出来ていると言うことは理解できるようになっていたし、見た目にも腹が大きくなっていることは一目瞭然なので無理やり襲い掛かってくることはない。それでも乳母の帰りを待ちきれず迫ってきて身の危険を感じた妊婦は、仕方なく口淫によって処理するのだった。

 この行為はモタラがアルベルトへもたらしてしまった余計で新たな知識であった。若さを失い肉体も衰えて性奴としての魅力を失いつつあるものにとって、己の肉体を使って男を喜ばせる行為は生きるための最後の手段だ。それすら持たず価値がないと判断されたものは獣の餌に成り果てる。

 だがその異常な行為は、正常な精神を取り戻しているクラウディアにとっては当然屈辱的で、果てる時を待ちながら涙を流し醜男の欲望を受け止め続けていた。次から次へと注ぎ込まれる濁った粘り気は、すでに悪阻(つわり)が落ち着いてきた身でありながらも吐き気を誘発し胃の内容物と共にバケツへ吐瀉することになる。

 ことが済んでも泣き止まない目の前の妊婦に気を使っているのか、醜男は終えた後に時折女の頭を優しくなでる。しかし女にとっては余計なお世話であり屈辱感が増すばかりである。涙を流すと言うことがどういう感情なのか理解できるようになったにも関わらず、相手の気持ちと自分の欲望処理を天秤(はかり)に掛けて後者を選んでいることが女には許せず耐えがたいことだった。

 まして自分はその相手の子を宿して大切に育てているのだからもっと丁寧に扱おうと考えるべきだ。そんな環境であるからか、生き方が段々投げやりになっていく。以前は落ち着いて体力が回復したら逃げようと考えていたが、身重の体はあまり自由が利かず乳母が留守にしている長くて数時間の間に国境を超えるような長旅が出来るはずもない。せいぜい泉まで数十歩歩いて口の中をきれいにするくらいが関の山だ。

 そんなことを考えながら小屋の中へ戻ると、アルベルトが申し訳なさそうに立っていた。珍しくうつむいて何か言いたそうにしている。それを見たクラウディアは、先ほどの強引な行為を反省してくれたのだと思い声をかけた。

「私のことを泣かせて悪かったと思っているのでしょ?
 そう思うなら二度と無理はしないで。
 それほど待たなくてもモタラが戻ってくるわ」

 クラウディアは自分で言ったことながら気持ちが悪くなった。欲望が高まった時には同じ女であるモタラで処理しろと言っているのだ。自分は屈辱的で辱(はずかし)く嫌悪を抱く行為を別の女に肩代わりさせている。もちろんモタラは自ら進んで受け入れているとわかっていても気分がいいものではない。

 この醜男は相手が誰でも、それこそ女の証である大切な部分でなくても構わないのだ。世の男は全員同じようなものなのかもしれないと、クラウディアを通り過ぎた他の三人の男のことを思い出しさらに気分が悪くなった。

 だが目の前の男は想像に反して驚くべき言葉を口から吐き出した。。

「あなた、アリア、もういちど……
 たりない、口で……」

 この言葉を聞いたクラウディアの絶望感は想像を絶するものだっただろう。激高した妊婦は今まで出したことの無いような大声で叫んだ。

「もういい加減にして! あなたのせいで私の身体も心もぼろぼろなのよ!
 本当はこの子供だって産みたくなんかない!
 いっそ私と一緒に殺してもらいたいくらいだわ!
 でも、でも…… 私だって少しくらい幸せになりたいって気持ちがあるのよ……
 だからまだ死にたくないの……」

「わたし…… わたし……」

「それでも我慢できないと言うなら女が沢山いるところへ行ってきなさいよ!
 ここから入っていけば城の中に行けることは覚えているでしょ!
 大勢の女性がいると思うけど、頭にこういうのを付けている人がいるはずよ。
 その女ならあなたの欲望を満たしてくれるでしょうよ!!
 さあ、早く行ってしまいなさい!!」

 言葉は半分も伝わらなかっただろう。それでも愚男には妊婦が指さした先、すなわち床下が何を意味しているかは理解できた。そして女と言う単語と身振りで表した頭の何か、さらには満たすというのは多くなったりもらえたりするときに使う言葉だということ。これらを合わせると、地下通路の先に求めている者がいる、と教えてくれたのだと判断した。

 アルベルトは床板を取り外し竪穴へと入っていく。クラウディアは一泊おいてから呼び止めて、誰かに見つかって追われてしまわないように岩で穴に蓋をしていくよう命じた。加えて、目立たないよう行動するよう言い聞かせ、あまり欲張らず、頭に記(しるし)の乗っている女を探しなさいと再び念を押す。

 残された不幸な女は、見えなくなった醜男のことを考え気持ちを高ぶらせながら呟いた。

「これでようやく不幸な身の上から救われるわね、お幸せに」
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