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「…ん、んん…?」
目を覚ましたフェリシアは寝返りを打ってカミルの整った寝顔を見、慌てて寝返りを打って背を向けた。
気が付けば一糸まとわぬ姿であり、首筋や肌のいたるところにカミルによって散らされた所有印がついており、そして目を閉じてみれば昨夜の痴態を思い出して余計に恥ずかしさが増すばかり。
(カミルさん、元気すぎますよ…)
フェリシアにとってもカミルにとっても久しぶりの夜にたっぷりと興じていた時、思い出したように引き出しに放り込んでおいたという、かつて彼女が仕込んだ薬を取り出したのだ。
フェリシアは起き出そうとしたのだが、後ろからグイッと抱き寄せられ、意外と逞しい腕にギュッと抱きしめられた。
「…ひゃん!?」
素っ頓狂な声を出した彼女の耳元にカミルが優しく囁いた。
「…おはよう、フェリ」
彼女は驚いて目を見開いた。
「今、フェリって…」
「愛称、なんだろう? …だから、記憶を失う前に負けないように呼んでもいいかなって…」
カミルのいつになく甘いトーンに心地よさを感じながら、フェリシアはうっとりと目を閉じた。
そんな彼女の肩口に手を回し、もう片方の手で腹に指を走らせたカミルの仕草に、くすぐったさそうな顔をしながら彼女は身をよじった。
「や、やめてくださいよ。くすぐったいです」
「ちゃんと栄養は取れているんだな」
そう呟いたカミルはフェリシアを抱きしめ直すと、はむっと耳を甘噛みした。
「ふあぁん…」
甘い声を漏らしたフェリシアは、彼女の腰を抱えたカミルにキョトンとして振り返ろうとしたが、うなじにキスをされて動きを止める。
「か、カミルさん!?」
「…いや、悪かった。可愛くて、つい…」
そう言いながら背を向けてベッドから身を乗り出した彼は床に散らばったままになっている下着や寝間着を拾い上げ、布団の中でもぞもぞと動きながらとりあえず下着を履いた。
フェリシアもできる限り身を乗り出していたが、先にさっさと着替えを済ませてスーツを着たカミルに拾い上げられ、押し付けられる形になってしまったので羞恥から顔が赤く染まる。
「…ッ、じ、自分で拾えましたよ、たぶん!」
フェリシアはそう言い張るが、カミルに「はいはい」と聞き流された。
彼女もおずおずと着替えてインナーの上にシャツを着ていると、カミルがこちらに気を遣ってなのか背を向けて佇んでいることに気が付いてフェリシアは口を尖らせる。
「あの、どうかしましたか? 先に出ていてくださっても構いませんよ?」
「いや、さっきの君が可愛かったから、ちょっと宥めるのに苦労しているだけだ」
「宥める…?」
「…いや、…さすがに昨晩はあんなにしておいて、朝も…なんてことはするわけにもいかないし、したら遅刻するし。視察のためにお偉いさんが来ているから遅刻できないし、ちょっとトイレ…」
フラフラと出て行ったカミルを不思議そうに見送ったフェリシアはさっさと着替えを済ませ、階段を降り、そして、三人分の朝食を作って自然に顔が綻ぶ。
鼻歌を歌いながら調理をしていると、カミルが階段を降りてくる足音は聞こえたものの、ルルーディアが起きてくる足音は聞こえなかった。
身支度を整えてリビングにやってきた彼に微笑みかけたフェリシアだったが、彼がソファに座って新聞紙を読むのを見ながら、彼に尋ねる。
「カミルさん、あの、ルルーディアちゃん、見ませんでした?」
キョトンとしたカミルが新聞を畳み直して顔を上げた。
「起きてきていないのか?」
「ええ、そうなんです…」
と、その時、裏口側の玄関が開く音がして、カミルとフェリシアは急いでそちらに向かうと、空っぽの洗濯物籠を抱えたルルーディアが不思議そうな顔をして二人を見やる。
「あ、おはようございます」
「おはよう。…って、洗濯をしてくれたのか?」
「はい。お世話になっているからにはお手伝いをしなければ気が済みませんので…」
ルルーディアのそんな淡々とした言葉を聞いてフェリシアは辛そうに顔を伏せたが、カミルはやれやれと前髪を掻き上げた。
「はぁ、…まったく」
カミルに怒られると思ったのか、ギュッと目を閉じて俯いた少女の頭にポフッと手を乗せた彼は、彼女の頭を優しく撫でる。
その仕草に戸惑ったような顔をしたルルーディアへカミルは屈みこみ、目線を合わせた。
「お手伝いしてくれて嬉しい。だがな、ルルーディア。『世話になっている』っていうのはナシだ。試用期間で心を許したくないっていう気持ちもわかるが、俺もフェリシアも親になりたくて応募したんだ。もちろん、無理にとは言わないけれど、もう少しだけ腹を割って話してくれないか?」
ルルーディアはカミルを冷静に見据えた。
「なぜ、ですか?」
「え?」
「どうせ、私の親には最終的になってくれないんですよね? フェリシアさんは寿命が近くて、カミルさんは私を育てる責任も持てないんですよね? なら、淡々とこなすほかないと思うのですが?」
淡々としたその言葉を聞きながら、フェリシアは心配そうにカミルを見やると、カミルは苦笑した。
「なるほど、拗ねているだけか」
「…むぅっ!」
頬を膨らませてつんとそっぽを向いたルルーディアにカミルは優しく話しかけた。
「検査の結果が出てみないとわからない。けれど、どんな手を使ってもフェリシアのことは生かして見せるし、できることなら君の親にもなりたいと思っている。それだけは忘れないでくれるか?」
ルルーディアは口を尖らせていたが、少し泣きそうな顔をした。
「じゃあ、期待しないですけど、お世話になっているっていうのは言わないようにします」
「そうか。ありがとう」
カミルはもう一度ルルーディアの頭を撫でると、立ち上がってフェリシアの傍に寄り添って肩を抱く。
「さあ、朝食にしようか」
「はい」
フェリシアは気を取り直したように微笑み、ルルーディアも返事こそなかったが小さく頷いた。
その日の食事は皆が無言だった。
だが、フェリシアはカミルに頷きかけられ、彼に心配をかけないように笑顔を繕いながら、少しでもルルーディアに信頼してもらえるよう頑張ろうと、そう誓ったのだった。
目を覚ましたフェリシアは寝返りを打ってカミルの整った寝顔を見、慌てて寝返りを打って背を向けた。
気が付けば一糸まとわぬ姿であり、首筋や肌のいたるところにカミルによって散らされた所有印がついており、そして目を閉じてみれば昨夜の痴態を思い出して余計に恥ずかしさが増すばかり。
(カミルさん、元気すぎますよ…)
フェリシアにとってもカミルにとっても久しぶりの夜にたっぷりと興じていた時、思い出したように引き出しに放り込んでおいたという、かつて彼女が仕込んだ薬を取り出したのだ。
フェリシアは起き出そうとしたのだが、後ろからグイッと抱き寄せられ、意外と逞しい腕にギュッと抱きしめられた。
「…ひゃん!?」
素っ頓狂な声を出した彼女の耳元にカミルが優しく囁いた。
「…おはよう、フェリ」
彼女は驚いて目を見開いた。
「今、フェリって…」
「愛称、なんだろう? …だから、記憶を失う前に負けないように呼んでもいいかなって…」
カミルのいつになく甘いトーンに心地よさを感じながら、フェリシアはうっとりと目を閉じた。
そんな彼女の肩口に手を回し、もう片方の手で腹に指を走らせたカミルの仕草に、くすぐったさそうな顔をしながら彼女は身をよじった。
「や、やめてくださいよ。くすぐったいです」
「ちゃんと栄養は取れているんだな」
そう呟いたカミルはフェリシアを抱きしめ直すと、はむっと耳を甘噛みした。
「ふあぁん…」
甘い声を漏らしたフェリシアは、彼女の腰を抱えたカミルにキョトンとして振り返ろうとしたが、うなじにキスをされて動きを止める。
「か、カミルさん!?」
「…いや、悪かった。可愛くて、つい…」
そう言いながら背を向けてベッドから身を乗り出した彼は床に散らばったままになっている下着や寝間着を拾い上げ、布団の中でもぞもぞと動きながらとりあえず下着を履いた。
フェリシアもできる限り身を乗り出していたが、先にさっさと着替えを済ませてスーツを着たカミルに拾い上げられ、押し付けられる形になってしまったので羞恥から顔が赤く染まる。
「…ッ、じ、自分で拾えましたよ、たぶん!」
フェリシアはそう言い張るが、カミルに「はいはい」と聞き流された。
彼女もおずおずと着替えてインナーの上にシャツを着ていると、カミルがこちらに気を遣ってなのか背を向けて佇んでいることに気が付いてフェリシアは口を尖らせる。
「あの、どうかしましたか? 先に出ていてくださっても構いませんよ?」
「いや、さっきの君が可愛かったから、ちょっと宥めるのに苦労しているだけだ」
「宥める…?」
「…いや、…さすがに昨晩はあんなにしておいて、朝も…なんてことはするわけにもいかないし、したら遅刻するし。視察のためにお偉いさんが来ているから遅刻できないし、ちょっとトイレ…」
フラフラと出て行ったカミルを不思議そうに見送ったフェリシアはさっさと着替えを済ませ、階段を降り、そして、三人分の朝食を作って自然に顔が綻ぶ。
鼻歌を歌いながら調理をしていると、カミルが階段を降りてくる足音は聞こえたものの、ルルーディアが起きてくる足音は聞こえなかった。
身支度を整えてリビングにやってきた彼に微笑みかけたフェリシアだったが、彼がソファに座って新聞紙を読むのを見ながら、彼に尋ねる。
「カミルさん、あの、ルルーディアちゃん、見ませんでした?」
キョトンとしたカミルが新聞を畳み直して顔を上げた。
「起きてきていないのか?」
「ええ、そうなんです…」
と、その時、裏口側の玄関が開く音がして、カミルとフェリシアは急いでそちらに向かうと、空っぽの洗濯物籠を抱えたルルーディアが不思議そうな顔をして二人を見やる。
「あ、おはようございます」
「おはよう。…って、洗濯をしてくれたのか?」
「はい。お世話になっているからにはお手伝いをしなければ気が済みませんので…」
ルルーディアのそんな淡々とした言葉を聞いてフェリシアは辛そうに顔を伏せたが、カミルはやれやれと前髪を掻き上げた。
「はぁ、…まったく」
カミルに怒られると思ったのか、ギュッと目を閉じて俯いた少女の頭にポフッと手を乗せた彼は、彼女の頭を優しく撫でる。
その仕草に戸惑ったような顔をしたルルーディアへカミルは屈みこみ、目線を合わせた。
「お手伝いしてくれて嬉しい。だがな、ルルーディア。『世話になっている』っていうのはナシだ。試用期間で心を許したくないっていう気持ちもわかるが、俺もフェリシアも親になりたくて応募したんだ。もちろん、無理にとは言わないけれど、もう少しだけ腹を割って話してくれないか?」
ルルーディアはカミルを冷静に見据えた。
「なぜ、ですか?」
「え?」
「どうせ、私の親には最終的になってくれないんですよね? フェリシアさんは寿命が近くて、カミルさんは私を育てる責任も持てないんですよね? なら、淡々とこなすほかないと思うのですが?」
淡々としたその言葉を聞きながら、フェリシアは心配そうにカミルを見やると、カミルは苦笑した。
「なるほど、拗ねているだけか」
「…むぅっ!」
頬を膨らませてつんとそっぽを向いたルルーディアにカミルは優しく話しかけた。
「検査の結果が出てみないとわからない。けれど、どんな手を使ってもフェリシアのことは生かして見せるし、できることなら君の親にもなりたいと思っている。それだけは忘れないでくれるか?」
ルルーディアは口を尖らせていたが、少し泣きそうな顔をした。
「じゃあ、期待しないですけど、お世話になっているっていうのは言わないようにします」
「そうか。ありがとう」
カミルはもう一度ルルーディアの頭を撫でると、立ち上がってフェリシアの傍に寄り添って肩を抱く。
「さあ、朝食にしようか」
「はい」
フェリシアは気を取り直したように微笑み、ルルーディアも返事こそなかったが小さく頷いた。
その日の食事は皆が無言だった。
だが、フェリシアはカミルに頷きかけられ、彼に心配をかけないように笑顔を繕いながら、少しでもルルーディアに信頼してもらえるよう頑張ろうと、そう誓ったのだった。
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