薬師の旦那様は記憶喪失らしいです(旧題:旦那が記憶喪失になりまして)

夜風 りん

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 カミルが掃除を手伝うと言ったが、逆に大変なことになるのは目に見えているため、フェリシアはルルーディアと一緒にカミルを送りだしてから自分で掃除をすることにした。
 ルルーディアの何かしたさそうな視線を感じ、玄関掃除をお願いすると驚いた顔をされた。

 「いいんですか…?」

 「お風呂掃除とトイレ掃除を先にしてくるので、玄関なら危ないものを置いていませんし、大丈夫ですよ」

 にっこりと笑ったフェリシアは、まだ距離を取っているルルーディアと距離を詰められればいいなと、そんなことを願いながら微笑む。


 「精霊もお手伝い、ご苦労様。――ああ、精霊さん、の方がいいです?」


 フェリシアがそう尋ねると、ルルーディアの後ろに隠れていた青い熊のぬいぐるみのような二足歩行の生き物がチョロっと顔をのぞかせた。

 「ルルーディアちゃんは精霊使いなのですね」

 フェリシアがニッコリと笑うと、精霊は少女の横に並んでビシッと背筋を伸ばし、騎士のように鮮やかな礼をとった。そんな精霊の様子にフェリシアはクスクスと楽しそうに笑みをこぼす。

 「残念ながら私はあなたの王たるルルクーシュスではないのです。私はフェレウローゼ。白の力ですから」

 ルルーディアはそんな精霊とフェリシアの様子を見ていたが、興味深そうに大きく目を見開いていた。

 「…精霊さんと喋れるの…?」

 「ええ。私は白の精霊、その王…のようなものですから。厳密には王ではなく司令塔のような役割で、いわゆる女王蜂のようなものですけれど、まだ難しいですよね?」

 少女は難しそうにうんうんと頭をひねって考え込んでいた。

 「難しいです」

 「難しいかもしれませんね。けど、いつかわかるようになりますよ。いっぱい勉強していれば、いつか」

 フェリシアが優しく笑うと、ハッと我に返ったルルーディアはコホンと咳払いをして頬を朱に染めながら拗ねたようにそっぽを向いた。

 「べ、別に仲良くしたいとか…そういうわけじゃないです」

 「そう、ですか。…あ、えっと、とりあえず玄関はお願いしますね。お店もあるので急がなくてはいけませんから」

 フェリシアはそう言うと、ルルーディアはかなり興味津々そうな声を出した。


 「お店!?」


 フェリシアが振り返ると、ルルーディアは慌てて顔を背けつつ、ちょっと拗ねたように口を尖らせながら言った。

 「何のお店ですか?」

 「お薬屋さんですよ。ルルーディアちゃんは見学しますか?」

 そう尋ねると、ルルーディアは不思議そうに小首を傾げた。

 「…いいのです…?」

 フェリシアは大きく頷いた。

 「はい。もちろんですよ。割れたら怪我をしちゃうので器具にさえ触らなければ、まだ読めないかもしれませんけどイラストは綺麗ですから図鑑を読んでいてもいいですし、お客様を観察していてもいいですよ」

 「お客さんに悪戯しちゃうかもしれないですよ?」

 「そうしたら、私に親として叱るというチャンスが巡ってきてしまいますね?」

 フェリシアが悪戯っぽくそう言うと、ルルーディアはハッとして息をのみ、唇を突き出して頬を膨らませた。

 「ブー…」

 フェリシアはクスクスと笑いながら掃除に向かうと、トイレ掃除と風呂掃除を済ませた頃、玄関先に戻ってきて胸を撫で下ろした。
 そこには満足げな顔をして額の汗をぬぐうルルーディアの姿と、同じく満足そうな顔をした青いテディベアのような精霊の姿があったのだ。


 「はい、よくできました」


 フェリシアがそう言って手を差し出すと、ルルーディアはキョトンとした。

 「え、何ですか?」

 「飴玉、です」

 ルルーディアは飴玉を受け取って目を丸くした。

 「これは?」

 「美味しいですよ。あなたと、そして精霊の分です」

 「精霊さんの…?」

 キョトンとした少女の手のひらに乗せられた二つの飴玉を示しながらフェリシアは微笑みかける。

 「魔力も与えずにこき使うだけだと可哀そうですからね。ありがとうって言葉だけじゃなくて、ご褒美も与えてあげると助けてほしい時にちゃんと応えてくれますよ」

 「…たまーに、魔力なら与えていますよ? いつもはすぐにいなくなっちゃうんですけど…」

 俯いたルルーディアの頭をそっと撫でると、その小さな体がビクッと震えた。だが、しばらく大人しく撫でられていた。


 「そういうことなら、きっとあなたは精霊たちから愛されているということです。昔はそういう人たちが結構いたものですから、そこまで珍しいものではなかったんですけどね…。世界から加護を切り離して以降、信仰の薄れと共に”視える”人たちが随分と減ってしまったものです…」


 切なそうにそう呟いたフェリシアは理解できていないのか難しそうに悩んでいる少女の顔に優しく微笑みかけ直し、掃除へと戻った。
 ルルーディアは熱心に掃除しているので、フェリシアはまず、それについて茶化すことも褒めることもせず、ルルーディアが掃除した分について見守ることにしていた。
 というのも、ムズカシイお年頃という奴のようであり、下手に刺激をするとお手伝いすることさえやめてしまうと書物で読んだことがあったからである。


 フェリシアが店を開けると、その支度は手伝わないにせよ、じーっと離れた場所から観察していた視線を感じながら、彼女は過度に笑ってしまわないように気を付けていた。

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