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第六章 揺れる大地

314 ざわめき

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 風に踊る、癖のあるハニーブロンド。
 弾むように軽快に走り去って行く少女、その小さな後ろ姿に無意識に手を伸ばしていた。

 心臓がドクドクと脈を打つ。

 ……違う。
 あの子はもうこの世界にいない。
 あの日『側にいる』という約束をたがえ、俺が見殺しにした。

 なのに未だその死を受け入れる事が出来ず似ているというだけであんな小さな子にその面影を重ね合わせ、追い縋ろうとする。

「馬鹿だな……」

 ぽつり。
 ぽつり、ぽつりと雫が落ちて頬にあたる。
 いましがたまで雲ひとつなく晴れ渡っていた空、ふと見上げれば曇天が広がっていた。


 ―――怒号が響く。

 なにやら塔の上層が騒がしい。

 耳に入るのは飛び交う怒号。
 その声は反響し、内容まで聞き取れない。
 でもただ事ではない。

 献花を手に列をなす人々も、その声に何事かと聳え立つ塔を見上げてざわざわと騒ぎ出した。
 
 固い革靴の音。
 階下へとざわめきが嵐のように迫る。

「おい騎士! そこを誰か通らなかったか!?」

 鬼気迫るような声にそちらを向けば、ルーカスがぜぇぜぇと息を切らしていた。

 ルーカスが向ける視線の先に目を凝らす。
 だがそこには誰もおらず、色とりどりの花弁だけが風に舞っていた。

「いや、誰も通ってないが」

「あぁクソッ! あの野郎、絶対逃がさねぇからなっ……!」

「おいルーカス、上でなにかあったのか?」

「……カレンの遺体が何者かによって奪われた」

「はあ!? それどういう……!」

「詳しい話は後だ、おいそこのお前! 門を今すぐ閉じさせろ!」

 近くにいた壮年の錬金術師達に、ルーカスは急ぎ首都と郊外地域を隔てる門を閉めるように指示を出した。

「え、あ……はい!」
 
 首都内から逃がさなければ、遺体を奪っていった犯人が何処に潜んでいても捕まえられる。

 ここ首都はアダムの箱庭の中。

「カレンの遺体が奪われたって……誰に!?」

「姿は一瞬見えたがローブで全身覆われていて顔まではわからなかった。声からするとたぶん男……それもまだ若い」

「一瞬で……?」

「ああ、魔法か魔道具かはわからんが突然現れてあの野郎! カレンの遺体を抱えて姿を消しやがった」

「あいつらの残党か……」

「詳細はわからん、だが俺達も犯人を追う。序列一位が先に追ってるから直ぐに捕まえられると思うが……念には念を入れる、だからお前もちょっと手伝え」

「……言われなくてもそのつもりだ」

 魔法の使用ならば使われた時点で首都に警報が鳴り響く、なのに警報は鳴らなかった。

 だから考えられるのは魔道具。

 でも姿を消す魔道具なんてもの、今まで一度も聞いた事もなければ見たこともない。

 魔道具専門の錬金術師として、ルーカスはイクスで三本の指に入る。

 なのにルーカスはそんな魔道具を知らない。

 それにもしそんな魔道具が実在するとすれば、暗殺でも諜報でもなんでもやりたい放題で。

 戦時中なら序列一位の転移装置と同程度……いやそれ以上の脅威になりうる魔道具だろう。

 アルスとの戦争の足音が迫りくる今。
 カレンの遺体を奪われたのも緊急事態だが、そんな魔道具の存在も緊急を要する。

「ああそれと序列二位を直ぐに呼び戻せ、これはとしての命令だ」

「はい、かしこまりましたルーカス様」

 突然空いた最高位の席。
 本当は己の実力だけで、そこ座るあの子を押し退けて座りたかった。

 でもそれをこの世界は許さなかった。

 
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