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第六章 揺れる大地
313 お望みとあらば
しおりを挟む風が、吹いた。
そこは塔の最上階。
駆け抜けるようにぶわりと吹いた突風は、祭壇に捧げられていた花達を宙に巻き上げた。
……瞬き一つ。
たったそれだけの間、目を離しただけなのに。
そこには。
舞散る色とりどりの花弁、風にはためく純白のドレス、そして癖のあるハニーブロンド。
その場所に集った人々にとって唯一無二。
そして特別な少女の亡骸を抱き上げる、黒衣を纏った何者かがいた。
「っ……誰だ貴様!? なにをしている!」
「カレン!」
その光景にその場は騒然となった。
皆、何が起きているのかわからないのだ。
どうしてそこに人が突然現れたのか、どうして少女の亡骸を抱えているのか。
そして。
絶望と悲しみに打ちひしがれる人々を、まるで嘲笑うかのように。
黒衣を纏い少女の亡骸を抱き上げた者は。
「闇に葬り去れ我が姿」
その瞬間。
その姿は掻き消えた。
そこには初めから何も無かったかのように。
そして少女の亡骸は奪われた。
「闇に葬り去れ我が姿」
それを詠唱した瞬間。
身体中に流れるマナが、ずるずると大量に消費されていく不快な感覚。
それはカレンに懇切丁寧に教えられた、イーサンが今まで一度も聞いたことのない未知の魔法だった。
しかもそれは恐ろしいくらい魔力消費の激しいもので、人間だった時ならば数秒で魔力が枯渇し気絶してしまっていただろう。
だが今は本当にカレンからマナが際限なく供給されているらしく、枯渇する気配はない。
でも、些かこれはキツイものがあった。
ずるずると引き出され続けるマナ、その感覚が不快で不快で仕方がない。
だからイーサンは急いで駆けた。
それはマナの消費があまりにも激しく、身体が不快で今すぐこのよくわからない魔法を解除してしまいたいという気持ち。
それと追い掛けてくるであろう錬金術師達が怖い、というのも勿論あったが。
でも一番は、沸き上がる罪悪感。
ふと視界に入ったガルシア公爵夫妻の姿に、イーサンは申し訳ない気持ちになった。
また彼らから、最愛の娘であるカレンを引き離してしまうことになる。
それも最後の別れの最中に。
実際のところカレンは神として生まれ変わり、新たな身体と命を得て元気に生きている。
だが彼らにとっては、これが娘に会える最後の時間だった。
それはカレン本人が、自分が新たな命を得て生きていることを誰にも知らせる気が無く。
このまま死んだ事にするつもりだから。
でも正直なところイーサンは、こんなことしたくなんてなかった。
だってこの行いは、大事な人を亡くして悲しむ人々を更に傷付けて悲しませてしまうことだろう。
でも主のお望みとあらばそうせざる負えない。
神の眷属となったイーサンにもう拒否権は存在しない、やりたくないと一応駄々は捏ねるが。
なので眠っているだけにしか見えない遺体を、壊れ物のように大事にその両腕で抱えて魔法で姿を隠し。
……そして。
絶望と悲しみに暮れる人々の前から、唯一無二の少女の遺体をイーサンは拐ったのだった。
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