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第六章 揺れる大地
315 走る
しおりを挟むぽつぽつと降りだした雨の中。
イーサンは腕の中の遺体を傷一つ付けないように大事に抱え、郊外地域へと繋がる門へと一直線に突っ走る。
その後を、序列一位のアダムを筆頭に錬金術師達が怒りを露にして追い掛けてく。
ここで追い付かれたら一貫の終わり。
だからイーサンは不慣れな身体強化の魔法を自分に重ね掛けして必死に走る。
けれど着実に詰まってくる距離。
魔法によりイーサンの姿は見えない筈。
なのにまるでその姿が見えているような動きで、アダムは着実にその距離を詰めてくる。
「ムリムリムリムリ! こんなの逃げ切れるか!」
でももう逃げるしかない。
泣き言を言っているような暇はない。
あの国境門に酷似した巨大な門の前でカレンが転移の準備をして待ってくれている、そこまで行けば自分の仕事は終わり。
あとは転移でこの国から脱出するだけ。
だから最後の力を振り絞るように、身体強化の魔法を重ね掛けして全速力で走る。
だけどもうすぐそこまでアダムは迫って来ていた。
「儂達から逃げられると思っているのか……! 今すぐおチビちゃんを返せ!」
そう言われてもイーサンは逃げるしかない。
ここで立ち止まることは出来ない。
それが主の望みだから。
「うわ……なにアレ! 実は見えちゃってる!? やっぱり錬金術師って怖ぁっ……!」
いくら遺体を抱えていると言っても、騎士が身体強化の魔法を重ね掛けして全速力で逃げている。
それなのにアダムは平気でその後ろを付いてくるし、何なら距離までじわじわ詰めてくる。
それはもう恐怖以外の何ものでもない。
カレン曰く、序列一位のアダムは。
『イクスの錬金術師で一番危険で一番偉い人で、たぶん人間辞めてるか人間じゃない』
そして。
『あと……もし序列一位に見付かった場合、死ぬ気で逃げろ。捕まったら生きたまま四肢を引き千切られて嬲り殺しにされるよ?』らしい。
だからイーサンは走る。
もう死ぬことはなくてもアダムが、錬金術師という生き物が普通に怖い。
それはトラウマ。
剣で身体を貫かれて殺されたのも最悪だった。
けれどそれを軽く上回るようなトラウマを、カレンにイーサンは植え付けられた。
あれは元といえばイーサン自身が悪い。
けれど騎士の誰もが見ている中でフルボッコにされ何度も窒息させられて、最終的に息の根を止めらた。
その挙げ句、ホムンクルスを使ってポーションを胃に直接流し込まれ蘇生させられた。
あれは今思い出すだけでも赤面しそうなくらい恥ずかしいし、泣きそうなくらい怖かった。
それにぬちゃぬちゃとした粘液とポーションのクソ不味い味と臭いが、あまりにも酷かった。
だから正直冷静になって考えてしまうと。
『仕える相手間違ったかな?』とか、『眷属にならずあのまま死んでいた方がよかったかな?』とか。
思わないでもない。
でも。
あの笑顔を守りたいと思ってしまうわけで。
「よし、あとちょっと……!」
ようやく目の前に見えてきた巨大な門に、抱えた遺体を落とさないようにぎゅっと腕に力を入れて。
イーサンは更に速度を加速させ駆けた。
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