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第五章 残酷な世界
269 魔法学院
しおりを挟む視界が、赤茶色のレンガ造りの建造物で全て埋め尽くされてしまう。
想像とはまるで違う巨大で重厚な建造物が、そびえ立っていた。
アルス王立魔法学院は軍事要塞だと言われても信じてしまうくらいに強固に築きあげられているように見えて、馬車から降り立ったカレンは目を見張った。
「うわ……すごい……!」
初めて行った王城では、つまらなさそうな顔をしていたカレンは魔法学院の建物には興味を持ったらしく。
サファイアの瞳をきらきらと輝かせる。
「ここに来るのは十年ぶり、か……」
「僕は魔法学院に来るの四年ぶりです! なんだかすごく懐かしいな」
エディとイーサンの二人は何かを思い出したように、感慨深げにその魔法学院を眺めた。
貴族が通う所だと馬車の中で聞いていたから、カレンはてっきり絢爛豪華な装飾のつまらない建物だとばかり思っていた。
だけどそこは絢爛豪華とは程遠い、実用性だけを重視したであろう建物で、カレンは何故か魔法学院に好感が持てた。
ぐるりと周囲を見渡せば、四方をこれまた強固で重厚な高い塀に囲まれていて王城よりも警備が厳しそうに見える。
この要塞のような建物の中はいったいどうなっているのだろうかと、カレンは興味深々にキョロキョロと周囲を楽しそうに見渡す。
そんなカレンはいつもの粗野な雰囲気ではなく、普通の可愛らしいご令嬢に見える。
それはたぶん、過保護なお世話係で護衛。
そして婚約者であるエディ・オースティンがカレンの為に用意した装いのせいかもしれない。
いつまでも触っていたくなるような手触りの良い、純白の毛皮のケープ。
裾のふんわりと可愛らしく揺れる、黒のプリンセスラインの膝丈ワンピース。
焦げ茶色の革の編み上げブーツは、雪道でも転ばないようにヒールは低めのもの。
癖のあるハニーブロンドは丁寧に編み込まれ、宝石がふんだんに散りばめられた豪華な飾りで留められている。
そして左手の薬指には大ぶりなエメラルドとサファイアそしてダイアモンドがあしらわれた婚約指輪が、美しくひかり輝いている。
それが英雄と呼ばれ世界中から称えられる錬金術師の少女、カレン・ブラックバーンの本日の装い。
なるべくカレンのご機嫌を損なわないように靴も歩きやすい物を用意し、色合いも可愛らし過ぎない物を選んだ。
機嫌を一度損なうと粗野な性格が表に出てくるので、エディは考慮に考慮を重ねた。
今日は絶対にカレンを怒らせるわけにはいかない、魔法をちゃんと学ばせないとこのままでは命がいくつあっても足りはしない。
エリクサーが効かなくなった身体でまた魔力暴走を起こせば、カレンを失ってしまう。
その恐怖がエディを突き動かす。
「カレン、ここは冷える。早く学院内に入ろう? 先触れは出してあるから」
「……あ、うん。そうだね」
エディに促されたカレンは、学院内にエスコートされながら足を踏み入れた。
黒の騎士団の制服を着用するエディにエスコートされ、白の騎士団の制服を着用するイーサンを後ろに付き従えるカレンは。
ご令嬢のような装いをして極力目立たないようにしているが、どこからどう見ても国の要人にしか見えないから……想定以上に目立ってしまう。
だから学院内の玄関ホールにいた、まだ成人前と思われる生徒達は騎士二人にエスコートされ護衛される同年代に見えるカレンの姿に、これはいったい何事かとざわめく。
「……なんか、すごい見られてますね?! ちょっと受付に行って到着を急ぎ知らせてきます、オースティン団長とカレン様は此方でお待ち下さい!」
そういってイーサンは、入り口から入って直ぐの受付の職員の元へ向かう。
「中は普通なんだ……それにしてもみんな同じ服、着てるね? 貴族が通うって言ってたからてっきりドレス着てるもんだと思ってた! それに若い子達がいっぱいだ!」
「ああ、あれは学院の制服だ。ドレスなんか着てたら実技が出来ないだろ? それに若い子って……カレンと大して年は変わらんぞ……? ここ魔法学院に通うのは魔力鑑定を終えた十歳から十五歳くらいの少年少女だからな」
「いやいや、全然変わるよ?! 私は十八歳、成人した立派な大人の女だし!」
華奢で小さな身体には不釣り合いな豊かな胸元を、さらに自己主張するように張って。
自分は成人した大人の女だと得意げに言い張るカレンは、出会ったあの頃のまま何も変わらないようにエディには見える。
「……あ、そうだったな?」
「さてはエディ! 忘れてたな?!」
「あはは、いや……忘れてはいないけどさ? カレンは全然変わらないなぁ……と思って」
魔法学院の生徒達の、興味深々という視線を気にする事もなく、カレンとエディの二人はのんびり話していると。
「少しお待たせしてしまったかな?」
庭を散歩でもしているかのようなゆったりとした足取りで、初老の紳士が朗らかで人好きするような穏やかな笑みを湛えてやってきた。
「学院長、お久し振りでございます……」
それに気付いたエディは、初老の紳士を学院長と呼んで礼をとる。
「ふむ、オースティン君も随分大人になったね? 私に対して君が敬語を使い、そして礼をするだなんて……いやはや……時の流れは面白い」
「……昔の事は、お忘れ下さい」
楽しそうに学院長はエディを観察し、隣に立つカレンに視線を移して。
「こんにちは、カレンちゃん?」
学院長はその視界にカレンを収め、にっこりと優しく微笑む。
「……え?」
初めて会った人物に突然親しげに声をかけられたカレンは、驚いて目を丸くする。
そんなカレンを学院長は、ニコニコと楽しそうに観察して。
「私の名はセルジュ・ロースチェント! このアルス王立魔法学院の学院長で、カレンちゃんの……お祖父ちゃんだよ?」
と、自己紹介をした。
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