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第五章 残酷な世界
270 祖父と孫娘
しおりを挟む轟音と共に大地が大きく揺れた。
その場に立っているのがやっとの震動が、轟くような地鳴りと共に身体に伝わって。
眼前に広がった信じられないその光景に。
セルジュ・ロースチェントは、先程まで朗らかに微笑んでいた顔をヒクヒクと強張らせた。
アルス王立魔法学院の学院長の座に就く大公爵家の一つでロースチェント公爵家の公爵であるセルジュは、十八年ぶりに会った孫娘がどの程度の実力なのか一度自分の目で見て判断しようとした。
……ただ、それだけだった。
だから魔法学院の広大に広がった魔法演習場でカレンに、得意な攻撃魔法で的を破壊するようにとセルジュはとても簡単な指示を出した。
その簡単な指示に、出会った直後から終始無表情だったカレンは不敵な笑みを浮かべて。
魔法学院の学院長たるセルジュが一度も聞いたことがない魔法の詠唱をそれはそれは長々と唱え出した。
そんな孫娘を興味深々に観察するセルジュ・ロースチェントは久し振りに会えたカレンを愛おしそうに目を細めて眺める。
……だがその後方では。
無詠唱で難易度の高い攻撃魔法を易々とカレンは撃てるのに、長々とした詠唱を始めたその姿とその言葉の羅列にエディは既視感と聞き覚えを感じて。
あのとんでもない魔法を、カレンは行使する気だと気付いたエディは。
詠唱を止めようと一歩踏み出した。
そしてカレンが詠唱を始める前に、その不敵な笑みにトラウマを思い出して危機を察知したイーサンは。
咄嗟に防御魔法の展開を始めた。
……そして束の間の静寂。
「我は望む、うつし世を常世へ、堕ちろ大地」
カレンが発したその言葉によって、曇天を貫くが如く空に召喚されたのは巨大な隕石。
高らかに掲げた腕をエディが止める間もなくカレンはあの夜のように傲慢に振り下ろせば。
地上に降り注ぐ雨のように岩石の欠片は、学院長に指定された的をめがけて堕ちた。
「……よしっ! 今回は成功っと! さっすが私だ、前はたまたま失敗しちゃったけど……この程度の魔法なんて余裕、余裕!」
「カレン、お前……やりやがったな?」
詠唱を後一歩の所で止められなかったエディは、半眼になって楽しそうに笑うカレンを恨めしそうに見つめるが。
拳を握り高らかに掲げて、にこにこと楽しそうに此方をしたり顔で見つめ返すその姿に反省の色は一切ない。
だが目の前に広がる変わり果ててしまった魔法演習場の光景に、エディが深い溜め息を溢す。
「えっ……そ、そんな深刻そうな顔しなくてもいいじゃん? ほーら、溜め息ばかり吐いてると幸せが逃げちゃうぞ? 禿げるぞ……?」
それは欠片といっても降り注いだ岩石は大人一人くらいの大きさで、大地は大きく削れ巨大なクレーターが無数に出来上がっていた。
「何の為にカレンお前をここに俺が連れてきたと思っているんだ? その魔法は危ないから絶対使うなって言っただろ?! どうしてそんな危ない魔法ばかり気軽に……!」
「ごめんって、あはは……え、エディ? なんか顔……怖いよ?! そんな怒らんでも……」
ゴロゴロと転がる岩石に無数の巨大なクレーターを前に、この惨状を招いたカレンはエディが怒っている事にやっと気付いたのか困ったように苦笑い。
そんな二人と眼前に広がる変わり果ててしまった魔法演習場の有り様に、この魔法学院の学院長たるセルジュは。
「なんともまぁ……これは私の想像以上だね? だがエディ・オースティン? 君はいったいうちの孫娘に何という危険な魔法を教えてくれているんだい……?」
「……いえ学院長、こんな魔法をカレンに教えてはいません、というか古代語を私が苦手としているのを貴方よく知っていますよね?」
「まあそうだが……? だが、こんな魔法は一朝一夕で覚えて、易々と行使するなんて事は絶対にあり得ない」
「実際にカレンは一朝一夕に……とても気軽にそんなあり得ない魔法を行使しています。それに初めて使った魔法は高等魔法の業火でしたし……無詠唱も既に覚えて使っています、誰もそれを教えていないのに……だから貴方に頼んだんです、彼女に常識を教えて欲しいと」
学院長とエディ二人の会話をちらりとカレンは見て、つまらなさそうに大あくび。
そんなカレンを、数々の学生達指導してきたセルジュは再びじっ……と観察する。
セルジュの可愛い愛娘でカレンの母マリアンヌは、お馬鹿過ぎてそれはそれで魔法を教えるのが大変だった。
だが隣国で史上最年少で錬金術師となり、死病の特効薬を開発した英雄と世界から褒め称えられる孫娘が想像以上に天才過ぎて。
魔法の基礎を教えてくれるだけでいいと元教え子であるエディに頼まれていたセルジュは、頭を悩ます。
それに容姿だけなら愛娘の少女時代にそっくりな孫娘、だか中身はまるで違って異質。
傲慢さを感じさせる態度だが人形のように綺麗なばかりで乏しい表情に、粗野な言動がその傷一つない美貌に似つかわしくない。
それにその小さな身体に流れる魔力が、感じたことのない畏怖の念をセルジュに抱かせた。
「ちょっと、なに? そんなに私の事をじろじろ見て……うわ、きもっ……! 変態?!」
自分の事をじろじろと観察してくるセルジュに、カレンは不快感を露にして罵倒する。
「カレンちゃん、君はどこか……ちぐはぐだね? 赤ちゃんの頃に会った君とは少し違うように思える……」
「……私は私、いちいち探ってんじゃねーぞ? この糞じじぃが! ああ、魔法の基礎だっけか? さっさと教えろよ? ……私はそんな暇じゃないんだよ」
何か気に障ったのかカレンは、いつもの粗野な態度で苛立ちを隠す事もなくセルジュに言い放つ。
「カレン……!」
苛立ち出したカレンとセルジュと間にエディは割り込み、宥めようとしていると。
「ふむ……? まあ……いいだろう、カレンちゃん、君には私が直々に講義してあげよう! さぁこちらへ」
粗野なカレンの言葉に怒るでもなくセルジュは、また朗らかに笑って手招きし校舎に入るように促した。
そんなセルジュの余裕の態度にカレンは舌打ちするものの、いつもと違って大人しく従って後に続く。
珍しく血縁にぶちギレなかったカレンに、安堵の表情でエディは胸を撫で下ろして。
また静かに護衛として側に控える。
そして様子を見守っていたイーサンは、何事も起こらなくて良かったと一つ息を吐いて。
カレンに咄嗟に施していた防御魔法を、やっと解いたのだった。
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