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第五章 残酷な世界
267 やれること
しおりを挟む慎ましやかで凛とした美貌を持つクリスティーナ・ガルシア公爵令嬢は、ご令嬢達のお手本で憧れの的。
マナーやダンス、社交など全てにおいて完璧でアルスの次期王妃となるクリスティーナは淑女の鏡だとして、高位貴族のご夫人達の覚えもめでたい。
そんなクリスティーナに、にっこりと余裕の笑顔であしらわれてしまったカレンは。
実の両親であるガルシア公爵夫妻やその使用人、自身の護衛騎士がその場にいるとわかった上で。
エディがクリスティーナにあの日夜這いされた事実を声高らか言い放って暴露して、したり顔でニヤニヤと笑う。
まさかカレンに暴露されるだなんて予想だにしていなかったクリスティーナは、凍りついたかのように顔をひきつらせて固まった。
それを聞かされてしまった哀れなガルシア公爵夫妻は、したり顔で笑うカレンと凍りついたかのように固まるクリスティーナを交互に見比べて。
ソレが事実だと悟った。
そんな修羅場に、ようやく追い付いたエディは小さな溜め息を溢して静かに頭を抱えた。
「……黙ってて貰えるとでも思ってた? そんな貴女に都合の良いこと、私がするわけないでしょ」
「っだからってお姉様! ……こんな人前で言うなんて……! ひどい……」
「あんたがアルフレッドを放ったらかしにしてエディを夜這いになんか行ったせいで、あの日私は……」
「それはっ、私のせいじゃ……!」
「……ふーん? そう」
「っ……お姉様、どうして……こんなことを……?」
謝罪するどころか、まるで逆に被害者のように振る舞う双子の妹クリスティーナに。
カレンはもうしたり顔でクリスティーナを笑う事も止めて、くるりと踵を返し立ち去ろうと一歩を踏み出した。
「カレンさん……? それ、どういう……」
話の一部始終を聞いてしまった二人の父ガルシア公爵が、その場から立ち去ろうと踵を返したカレンを引き留めるが。
「……クリスティーナから聞けば?」
カレンはいつものように素っ気なく実の父であるガルシア公爵にそれだけを言い捨てて、もうここに用はないとばかりに立ち去って。
その場に取り残されたクリスティーナ・ガルシア公爵令嬢はお気に入りのドレスが汚れる事を気にもせずに、その場に泣き崩れて座りこんだ。
「お姉様ばっかり、ずるいっ……! 私だって、好きでアルフレッドとなんて婚約したわけじゃない! お姉様みたいになりたかったのに……どうして私ばっかりこんな目にあわなければならないの……? もうやだ……」
泣いて不満を溢すクリスティーナなんて今まで一度も見たことが無かったガルシア公爵夫妻は、初めての事におろおろとするばかり。
エディは泣き崩れたクリスティーナや周囲の様子を一瞥だけして、カレンの後ろ姿を追った。
そしてカレンは一人その場から立ち去って、脇目もふらず一直線にガルシア公爵家から研究室として貸し与えられた部屋で。
大きなトランクケースから酒瓶を取り出して、どかりと床に座り銀の杯に錬金術師達が命の水と呼ぶ蒸留酒を入れて一気に呷る。
その蒸留酒はあの錬金術師達の宴から、カレンがこっそりとかっぱらってきたもの。
「ふぅー、やったった!」
「何がしたいんだよ、お前は……?」
後から研究室に入ってきたエディは、床に座り込み酒をぐびぐびと呷るカレンを見つけ呆れたように声をかける。
「んー? なにって……見てたならわかるでしょ? イ、ヤ、ガ、ラ、セ、だよ?」
「嫌がらせって、カレン……お前ね、俺も被害被ってるんだけど? それわかってる?」
「……今さら女癖が悪いと評判のエディに、女性遍歴が一つや二つ追加されたところで痛くも痒くもないでしょ?」
「なにその評判……」
「この前イクスに帰った時……エディと付き合ってるってなんか序列二位にバレててさ、エディの情報帰りに渡されたんだ! いや、それにしてもすごいねエディ? 来るもの拒まず女の子達と遊びまくり……?!」
これだけの美形ならモテるだろうなとは思ってたが、予想以上でカレンは驚いた。
だけどカレンと出会ってからは女遊びも鳴りを潜めて、一途に想っていてくれると知って嬉しかった。
それと同時に、怖くなった。
「っえ゛……」
「まぁ、私をイクスに迎えに来てからは大人しくしてるみたいだけど……? エディ、すごいね?」
「俺はもう……カレンお前だけいればいい、他の女なんていらない、共に生きたいと想ったのはお前だけ」
「うん、知ってるよ?」
一途に私を愛してくれる貴方を残してこの世界を去るのが、怖くなった。
もう時間が無い。
やれること、残していく貴方達にやってあげられること全部出来るかわからない。
「……でもどうして、あんな事を言ったんだ? カレンお前のことだから、クリスティーナ様をぶん殴るのかと思ってた……婚姻前なんだぞ? 破談でもさせる気か?」
「……そうだよ? だって、クリスティーナとアルフレッドのやつを結婚なんて……絶対させたくないもん!」
「なんだそれ……?」
「可愛い妹を、アルフレッドになんてやらん! ま、一発くらいクリスティーナの顔面ぶん殴りたかったけど……私はお姉ちゃんなので我慢した!」
「でも、どうして急に……そんなこと」
世界樹の若木は未だ見付からない。
世界樹を再生させる為の供物。
人はそれを人身御供や人柱と呼ぶ。
「……あんまり時間が、ないんだよね? やれること、やってあげられること今の内にしておかなきゃいけない」
「時間がない……?」
「薬が最近あまり効いてないみたいでね、それにそろそろ隠しておくのも限界で……私の死まで残された時間がもうあまりないんだ」
「お前のこと誰にも殺させないって言ってるだろ!」
カレンの言葉に、エディは怒鳴る。
「……そうは言っても、どうしようもない事もあってね? このままだと最終的に私は人柱となって命を、血を肉を世界樹に全て捧げて延命を試みる事になる」
「人柱……って、なんだよそれ……? どうしてお前ばっかり……この世界の犠牲にならなくちゃいけない?!」
「……本当は世界樹の若木が見つかれば一番いいんだけど……どこにいるのか全世界を現在目下捜索中だね?」
「世界樹の若木……? なんだそれ」
「正確には、世界樹の再生の為の人柱と礎となる者、世界樹に愛される特別で清らかな乙女で魔獣をも鎮めて払い除け、再生の力を持つとされる聖女……だっけか古代の文献によれば? そんなん本当にいるのかね……」
「……っお前じゃないんだな、それ」
「うん、それは違うよ? 私を見たら魔獣は発狂して襲い掛かってくるし、世界樹がお前だけは楽に死なせてやらんとか怨嗟を吐いてたし、世界樹に嫌われてるし……それにもう乙女じゃないし?!」
「え、世界樹と話せるのか?!」
「うん、なんか話せたねこの間」
「……じゃあその世界樹の若木の特徴聞けないのか?」
「聞いたけど答えはなかった、愛する少女には人柱になんてならず幸せになって欲しいみたいだね? そして自分は枯れたいらしい、枯れたらその子も死んじゃうのにね? わかってる事は清らかな乙女で年は十代前後? ただ人種国籍すらもわからない、でも執行官いわく、直接会えば普通と違うからわかるって言ってたけど……」
「……その若木って、十代くらいの少女なのか?」
「うん、世界樹が枯れ始めたのが約十年ほど前、その頃にはもう産まれてるはずだから、私と大差ない年齢のはず……古代の文献が間違っていなければ……だけどね?」
「……お前を人柱になんてさせない」
「延命させないと……世界樹が枯れたら魔力を持つものは死んじゃうよ? マナが供給されなくなるからね……」
「……それって」
「まあ正直、世界樹が枯れようと私にはあんまり関係ないんだけど」
「だったら!」
「でも、私は……エディに生きて欲しいよ」
「っ……俺だってお前に、生きて欲しい」
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