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第五章 残酷な世界
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しおりを挟む老齢の神官は、他の神官達が神殿内にぞろぞろと戻っていくなかで真っ白なその顎髭をゆったりと撫でて神殿とは逆方向に歩きだし、純白のローブを脱ぎ捨てた。
老人はその姿を夜の冷たい雪風に晒す。
片眼が喪失し長い顎髭を蓄えたその顔は、先程までの丁寧な口調の優しそうな老人とはどこか雰囲気が一致しない。
だがこの老人は姿や名前を偽って色々な所をふらふらとし、とんでもない事をやらかす事が多いから。
まあ……こんなものなのだろう。
神官のローブを脱ぎ捨てたオーディンは、やっぱり寒かったのかブルっと震え、何処かから取り出した薄汚れたローブを着直した。
「馬鹿エルフ共め、我がお気に入りのカレンちゃんになんて余計な事をしおってからに……!」
知識の神や戦争の神、数多の名で呼ばれるオーディンは、玉座フリズスキャルヴに座って人間達を見て戒めていた。
そんな折に知識に貪欲で何者にも物怖じしない自分と性質のよく似た小さな少女カレンを見つけた。
オーディンはカレンを見るのがとても楽しかった。
そしてもっと知りたくて直接会いにきたら、やはり面白くて古代語もきちんと解読し使いこなしているし、使い方も絶妙で期待以上で更にオーディンはカレンを気に入った。
なのに、お気に入りの少女は神の紛い物になっていたから、ほんの少しだけ執行官に文句を言っただけである。
「あーあ、カレンちゃんは脆弱な人だから見てて面白いんじゃ、神になってしもうたら面白さが半減じゃ! それにあの身体と魂はなんじゃ、紛い物じゃないか!」
オーディンは文句を一人でぶつぶつと吐きながら1頭の馬に乗り走り去る、その大きな馬は八本の足を持っていた。
そしてそんな裏も表もある欲しいものは手段を選ばず手に入れる危険な神にお気に入り認定されていたカレンは、恥ずかしい二つ名がまた一つ増えていた事を知ってしまっただけで、知りたかった事が何も知れぬままに馬車に乗せられて強制帰宅させられまた馬車酔いをしていた。
「う……まだ……着かない……?」
早くガルシア公爵家に着いて欲しいような欲しくないような、不思議な葛藤を抱きながら早く着けとカレンは祈る。
「あともう少しです……! 頑張って下さい、カレン様!」
馬車酔いによる吐き気を必死に耐えるカレンを心配そうにイーサンが背中をさすり介抱する。
「いつもより馬車が揺れる……」
「それはきっと、雪の轍のせいですね、あ、もう着きます!」
「世界が揺れるよ、イーサン……」
ふらふらとエスコートされながらやっと馬車から降りられて大地を踏み締めるカレンは、揺れない大地ってなんて素敵なのだろうかと静かに感動する。
あまりこの屋敷に帰ってきたくはなかったが、ガタガタと不規則に揺れる馬車から逃れられた解放感で、はじめてガルシア公爵家に帰れた事をカレンは喜んだ。
そしてガルシア公爵家の玄関扉が開かれれば。
「ご主人様!」
「っえ……?」
カレンはホムンクルスに扉を開けるなり抱きつかれ、そして勢い余ってそのまま後方に転倒した。
「かっ……カレン様?!」
突然ホムンクルスに抱きつかれ転倒したカレンを護衛達は心配するが、そこはあまり問題はない。
勢い余って転倒したとしても、このホムンクルスがカレンを怪我させるなんて馬鹿な事をするはずがないのだから。
「えっと……ホムちゃん、どうしたの……?」
「ご主人様が居なくて……寂しい? だった」
捨て犬のようにサファイアの瞳を潤ませてホムンクルスはカレンに寂しいと言い募るから。
「っ……ホムちゃん! ごめんっ……もう絶対に置いていかないよ!」
カレンはホムンクルスに知恵をつけさせるのが嫌だった、ついこうやって犬猫のように可愛がってしまうから。
カレンは自分が居なくて寂しいと可愛い事を言うホムンクルスを、ぎゅっと抱き返しその頭をわしわしと撫でたのだった。
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