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第五章 残酷な世界

221 その感情は

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 まだ青年とは言えず、だからといって少年とも言えない。

 その容姿はとても美しく艶やかなハニーブロンドとサファイアの瞳は、作り上げた人間と同じ色彩でとても良く似ていたし、身体は細身だったが薄く筋肉も付いていて芸術品の様であった。

 細く長い指は本のページを丁寧に捲り活字を追う瞳はとても真剣で、その姿だけで絵になってしまうだろう。

 普段はその姿を人に見せることなく影にひっそりと潜む、人の紛い物であるホムンクルスはその美しい容姿を珍しく人前に晒して物憂げな表情でお勉強中だった。

「ホムンクルス様、少しご休憩されてはいかがですか?」

「……大丈夫、命令、だから、ありがとう、メイドさん?」

 ホムンクルスの為にお茶と軽食の用意をしてリゼッタが休憩を促すが、辿々しく言葉を発し小首を傾げ作成者の命令を遵守する姿は健気。
 
 だからついリゼッタもその健気さに、人ではないとカレンに説明されていても母性本能を刺激され嬉々として甘やかす。

 そしてカレン不在だと知らなかった養母である女傑カトリーナがその部屋にやって来て、作成者にそっくりなその姿を見つけ大騒ぎし、その騒ぎを聞きつけてやって来たガルシア公爵夫妻も、ホムンクルスのカレンによく似た容姿に驚いて。

「っ私! いつの間に……息子を産んでしまったのかしら?」

「え……ええ?! むっ……息子……?」

 ガルシア公爵夫人マリアンヌがいつも通りの天然発言でガルシア公爵セオドアを困らせる。

「あっ、ガルシア公爵! この子ってねホムンクルスなんだって! それでカレンちゃんが作ったから……ガルシア公爵の息子じゃなくて、孫じゃない?!」

「えっ……まっ……孫……」

 カレンの養母であるカトリーナの発言により、ガルシア公爵セオドアは突然の孫の誕生に視線を彷徨わせた。

 そんな状況にホムンクルスは不思議そうな表情でカレンを溺愛する親達を観察するようにじっくりと眺める、それはホムンクルスにとってこの人間達は不思議な存在だったから。

 自分を作成した錬金術師を作った人間と、育てた人間。

 そしてその錬金術師にとって特別で大切な人間達。

 ホムンクルスにとって特別なのは、自分を作成した錬金術師であるカレンだけだった。

 なのにカレンには特別が沢山あって、ホムンクルスにはそれがとても不思議だったし、何故かはわからないが嫌だった。

 知恵が付く前は下される命令を守り、ただそこに在るだけの存在で、そんな感情は知らなかった。

 嫌だと何かを拒絶するその感情が、自分という存在に芽生えた事が不思議だったホムンクルスはカレンの親達を熱心に観察しその感情について考察するがやっぱり何もわからない。

 これは後でカレンに聞いてみようとホムンクルスは考えに至り、再び本に視線を戻し特別な存在に与えられた大切な命令を遂行する。
 


 それからどれくらいの時間が流れただろうか?

 一刻、……いやニ刻か?

 いつもその影に隠れ、揺り篭のような世界で命令がある時までずっと揺蕩っていられたからホムンクルスはカレンの側を離れた事など一度もなかった。

 ホムンクルスは寂しいという感情も知る。

 芽生えた始めた感情の渦に未完成の精神を飲み込まれそうになりながらも、ただひたすらに与えられた命令を守り、その命令にまるで縋るように遂行していると。

 カレンが帰宅したとの知らせが届けられて。

 ホムンクルスは手に持っていた本を放り投げるように机に置いて、立ち上がる。

 その感情は喜び。

 ホムンクルスは自然に笑顔になって、呼び止めるリゼッタの声や、ガルシア公爵夫妻の驚いた顔を振り払って特別な錬金術師の元へ駆ける。

 ガルシア公爵家の玄関を開け、浮かない表情のカレンに抱きつき、勢い余って転けるまであと少し。
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