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第ニ章 英雄の少女

88 焦り

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「……正気で錬金術師なんてやれるわけないじゃん? ほんと嫌ならどっかいけば? いつまでついてくるんだよ、死んでも知らないからねー?」

 私が居た大切な場所。

 そこに平然と王女は存在する。

 そんな王女を睨み付ける。
 
「やはりイクスの錬金術師なんて穢らわしい!!」

 王女が叫ぶ。

「……それが本音か。この国の」

 いくら友好的になってるとはいえアルスにとって魔法が使えない錬金術師達は異端だった。

「「王女殿下!!」」

 王女の護衛達がカレンへの不敬に動揺し。

 口々に王女への叱責が飛ぶ。
 
「……イーサン、エルザ行こうか? 今日は人間の血の雨とか降らせたい気分じゃないんだ」

「「はっ!」」

 そして私は馬に指示し、足早にこの場から離れた。

 エディに護られながら私を、錬金術師を侮辱する王女に殺意が沸いたから。

 こんな顔、エディに見られたくなかった。
 

「何を考えておられるのですか!」
 
「なんですの? ガスパル? 大きな声を出して……」

「貴女は今、処刑されてもおかしくない状態だったのです! 英雄様のお慈悲により今、貴女は! 生かされた」

「なにをバカな事を言ってるのですか? 私は王女です、王族ですのよ? 私を処刑するなど出来るはずないでしょう?」

「……出来ますよ、カレンならば。息をするように処刑を指示出来る。王女殿下貴女も知っているでしょう? 彼女には特権がある、彼女に許されない事などないんですよ?」
 
「エディ? なにを言ってるのですか……?私は……」

「貴女の命など彼女の髪の毛先ほども価値がないのです、世界にとっては。カレンは特別」

「エディ・オースティン! 無礼だぞ!」

「ガスパル貴方もわかっているのでしょう? カレンに守られた。それが事実です」

「……っ! それは、わかっている!」

 そう、カレンの優しさに守られた。
 
 彼女の心を酷く傷つけただろうに。

 あの表情が焼き付いて離れない。

 俺はもうカレンを守る事も近づくことも許されないし、側にいって慰めることも抱きしめてやることもなにも出来ない。

 きっと一番カレンを傷つけただろう俺が、言えたセリフではないけど。
 
 馬に一人で乗れるようになっていて魔法も使いこなせるようになっていて。

 カレンは主人らしく護衛に指示も出せるようになっていた。

 アルスに連れてきたときは、馬の背が高くて震えて可愛かったのに。

 今じゃなんでも一人で出来るようになっていた。

 まるでもう俺なんて必要ないと言うように。



「なぜだ! なぜ撒き餌したのに! 全然魔獣いねぇの? もしや絶滅した……?」

 森の中を1時間以上にわたり魔獣を探しているのにも関わら、ず魔獣一匹すら見当たらず。
 なぜこの微妙な天気のなかで乗馬だけをしなければならないのかと、私と魔獣との手に汗握る華麗なる戦闘シーンは何処へ?

 無理矢理に盛り上がらせた気分が下がっていくカレンに対して護衛達は。

「それ、逆に魔獣避けになってません? カレン様?」

「んなわけない! ちゃんとレシピ通りだし? 私は天才だよ? もう、なんでー? 素材大量確保して充実した錬金術実験が……!」

 この森は魔獣が多く発生するために、狩猟大会が行われるのでここまで出会わないのは異常だった。

「もーかえろ。エルザ、イーサン……私もう足腰プルプル……小鹿になれる気がしてきた……!」

「はい、かしこまりました」

 嘆くカレンを宥めながら護衛二人は逆にホッとしていた、カレンを危険な目に合わせないで済むからだ。

 いくら強くても危険は何処に潜んでいるのかわからない、カレンの事を護衛対象として以上に大切だと思い始めた騎士達は慎重になっていく。

 天気が悪い。

 本降りになる前にカレンを天幕に戻したいと二人はカレンを誘導し、来た道を急いで戻る。

 この時。
 雨は降ったり止んだりを繰り返し、空はまだ昼を過ぎたばかりだと言うのに暗くどんよりとした嫌な空だった。



「ガスパル大丈夫か?」 
 
「っああ、少し腕の肉を持っていかれたが」

「いやあぁぁっ! 化け物! 死にたくない! 早く! あいつら殺して! 魔獣の癖に!」

「……数が多いな、四方を囲まれたか?」

 カレン達が離れて直ぐにこの森に多数の生息を確認している、魔獣のウルフ数十頭に突然遭遇し今に至る。
 
「ウルフは、集団で襲ってくるからな、すまんワシが気づくのに遅れたせいだ」

 ガスパルの出血が酷く、その場を動けなくなった。

「レベッカ! 王女を守れ、キールは死ぬ気でまじゅを討伐!」

「「は!!」」

 
 まずい。

 数が多い……!

 キールが弱すぎて全く処理できてない。

 白の騎士団はその実力にバラツキがありすぎる、それにここじゃ火炎が使えないから纏めて殺れない。
 
「ひぎゃあっ!」

 キールの足にウルフが食らいつき、肉を噛みちぎろうと回転を加えていた。

 それをエディは剣で凪払い、キールを後方に投げる。

「キール! この馬鹿っ! さっさと止血しろ!」

「っあ……はい……」

「エディ! 私を連れて早く逃げなさいよ! 私は王女なの! 私に傷なんて一つでも許さないから! エディ! 早くして!!」

 王女が喚き散らす。

 エディは一人ならこのくらい余裕で切り抜けられる。

 だが負傷者に足手まといと、言うこと全く聞かない馬鹿な王女。

 それらを一人で守りながら、ウルフ残り30体は流石のエディにもキツイ。
 
 そして運の悪い事に。

 血の匂いを嗅ぎ付けて、他の魔獣達もわらわらと集まりだした。

「さて……どうする?」
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