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第ニ章 英雄の少女

89 強襲

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「イーサン、エルザ……なんだろ? 声が聞こえる。なんか襲われてない? コレ」

 三人が馬で来た道を戻っていると。

 魔獣と戦っていると思われる者達の怒声や悲鳴が聞こえ、そして複数の魔獣の唸り声が聞こえた。

 そしてカレンが気づく。
 
 聞き覚えのある女性の叫び声。

 つい気になって馬を止める。
 
「あ、この泣き叫ぶ声ってあのバカ王女じゃね?」
 
「あー、みたいですね? ですが、加勢は出来ません!」

「ええそうですね、先を急ぎましょう?」

 なかなかに危機的状況な気がする怒声と、悲鳴が響き渡ってくるのに。

 うちの護衛騎士達……なんか冷たすぎね?

 王女はともかくとして。

 騎士達の怒声も聞こえてくるんですけど?

 お前らの同僚では? それでいいのか?

 それにそこには……きっとエディもいるのに。

 まぁ?

 あいつ確実にむちゃくちゃ強いから、擦り傷とかの怪我すらしなさそうだけど?

「今はカレン様の安全が最優先されます、騎士なんだからこの森の魔獣くらいどうとでもなりますわ」

 そうエルザが平然といい放つ。

「大丈夫ですよ、王女殿下の護衛隊長に元白の騎士団の団長ガスパルもいて、オースティン団長もいるんですよ? まぁアホ騎士二人もいますが、私達が助けにいく必要性がありません」
 
 イーサンが付け加えた。

 だが聞こえてくる悲鳴が怒声が激しさを増し状況が悪化したことがわかる。

「「………」」

「……王女はさ、助けてやる筋合いないっていうか、死ね! って気分なんだけど、騎士さん達……助けにいこうか」
 
「カレン様、いけません。わざわざそんな危険な所に。本部に戻り騎士の応援要請で事足ります」

「それは、そうかもしれないけど……」

「ほら、戻りますよ? 貴女の安全が最優先です」

 


「ガスパル動けるか?」

「っああ、どうにか剣は振れる。さてどうしたものか」

 ジリジリと、ウルフ達に追い詰められていく。

 こんな弱い魔獣に追い詰められるなんて。

 最近腑抜けてるなと自分自身の不甲斐なさに対して嘲るような笑いが込み上げる。

 いくらアホ騎士二人の躾に馬鹿王女の護衛があると言っても、これはない。

 魔法で蹴散らすが、血の匂いに釣られてさらに魔獣達が寄ってくる。

 ウルフに加えて、ダイアウルフはまずい。

 今でも馬鹿のお守りでエディは手いっぱい。

 ダイアウルフは狼型の中でも一番巨大な体躯で、攻撃力が高い。

「っあ……! なにあれ? 嫌よ……! わたしはただあの自惚れた女に……! 身の程をわきまえさせたいだけだったのに! なんでこんな目に……? エディはやく逃げましょう?」

「王女殿下、四方を囲まれてしまいました。怪我人もいます、逃げきれません。全て倒すしか切り抜けられませんが、……今の状況だとかなり厳しいですね? お覚悟を」

「っなんで! 怪我人なんて騎士なんて替えはいるわ! 私は王女なの! 特別なのよ? 私だけ逃がせばいいの、ね? エディ? 早く私を……」

「……この馬鹿女」

「え……?」


 そしてエディがウルフを魔法で作り出した水球を当てて吹き飛ばしていた、その時。

 ダイアウルフが皇女めがけて食らいつこうと、襲い掛かる。

 今からでは魔法の発動も剣も間に合わない。
 だからこんな馬鹿でも護衛対象者、王女の前にエディは立ちはだかり庇おうとした。


 その刹那。

 襲いかかってくるダイヤウルフの頭部に、ざっくりと鈍い音をたてて大剣が貫通し突き刺さった。


「っは……?」

 その突然のダイアウルフの絶命にウルフ達が怯え動揺し、後ろに飛び退く。

 大剣が偶然どこかから飛んできて上手い具合にダイアウルフに刺さるなんてあり得るのか?

 そんなことはあり得ない。

「お、さすが私っ! ナイスコントロール! 見てみてエルザ、私すごい?」

「えっ…? ええ…でもあれ少しずれたらオースティン団長と王女が串刺しでしたよ?」

「まあその時はその時かなって!」

「さすがカレン様でございます! 聖女のような優しさ! 神よ! 素晴らしき乙女を地上に降臨させて頂きました事感謝致します!」
 

 そこには腹がたつほどのどや顔で微笑むカレン。

 それと彼女と楽しそうに話すイーサンとエルザがいた。


「じゃあ加勢しますねー? あ、エルザ、そっち頼む」

「了解! カレン様はその辺のウルフで大人しく憂さ晴らしでもなんでもしてて下さい。私は治療があるので」

「うん、怪我しちゃダメだよ?」

 素晴らしい主に仕え。

 その主であるカレンを見守りながら、こちらの戦闘に加勢するイーサンとエルザをレベッカとキールが羨ましそうに見ていた。

 
 カレンの護衛達が加勢に入り、カレンがウルフ達に水の上級魔法をこれでもかと乱発し瞬く間に状況が終息した。

「ねえねえ王女、いまどんな気持ち? 私に助けられて……今どんな気持ち? お顔ぐちゃぐちゃですねー? それが淑女の姿なの? ただでさえ不細工なのに余計に……ぷぷ!」
 
 と、カレンが盛大に王女を煽り虐めていた。

 そりゃ……カレンお前は喋らなければ動かなければ、息をのむほどの美少女だからな。

 
 くるりと、振り返るカレンと目が合うが直ぐにそらされる。

 まあ、嫌われてるわな。


 そしてカレンは「もう飽きた」と護衛達に言い。
 
 去り際に。

 「……雑魚!」

 と、俺たちを一言罵倒して護衛二人を引き連れて颯爽と帰って行った。

 なんなんだろ……あのこは、本当に相変わらず行動が可愛いすぎる。

 嫌ってるのに助けにきたのか?

 カレンは優しすぎるんだよ、本当に聖女みたいで、そして残った俺たちもその場から撤退するが。

 自分達の護衛対象である王女と、カレンとの主としての明確すぎるその差に、その時からジクジクと騎士達の心を膿のように蝕み始めた。

 エルザとイーサンは。
 カレンを守れる事に喜びを感じ、カレンは護衛達を大切にしていることが簡単に見てとれてしまった。

 主に信頼され守られる護衛……か。

 いつの間にあんなに仲良くなったんだろうか?
 
 羨ましいなと、自分が手放した場所が無性にその場所が欲しくなって。

 奪ってしまいたくなった。
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