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第9部 倒錯のイグニス

#234 嵐の予感⑪

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 面倒なことになった、と杏里は思った。
 3人の少年たちは、毎日のようにバスの中で出くわす痴漢たちに比べると、はるかにタチが悪そうだ。
 杏里が最初に父親と住んでいた工場地帯のスラム近くに、荒れた工業高校があった。
 たぶん、あそこの生徒だろうと思う。
 入学者の半数が、夏休みが終わると学校に来なくなるという、近所でも悪評の高い底辺校だったのだ。
「どうする? 杏里? 警察呼ぼうか?」 
 スマホを握りしめ、重人が震えている。
「馬鹿ね、そんなことしたら、あとで仕返しされるのがオチでしょ」
「じゃ、杏里、君が片づけてくれる? 僕の能力は、直に相手に触れないと効力を発揮しないから、3人相手は無理だと思うし」
 重人が言うのは、ヒュプノスの固有能力、マインドコントロールである。
 敵に触れることで、ヒュプノスは相手を一時的に自分の支配下に置くことができるのだ。
 それを以前、杏里は堤邸への潜入作戦の際、実際に見たことがある。
 あの時重人は屈強なガードマンふたりを無効化したのだったが、確かに人数はそれが限度のようだった。
「私だっていやよ。あいつら、なんだかねちっこそうだし、手間がかかりそう」
「じゃ、どうしたら…」
 少年たちは互いにふざけ合いながら、じりじりと間合いを狭めてくる。
 給水塔の上にいる杏里と重人には、もはや逃げ場はない。
「あのさ、ひとつ思いついたことがあるんだけど」
 敵の動きを油断なく横目で見ながら、杏里は言った。
「な、なんだい?」
 重人が期待に満ちたまなざしを杏里に向けてくる。
「あんた、自分の考えたことを他人に送れるなら、自分の感じたことも、同じように送信できるはずだよね?」
 震える重人の手を両手で握ると、杏里は言った。
「自分の、感じたこと?」
「うん。たとえば、痛みとか、快感とか、そうした原始的な感覚なんだけど」
「やったことないけど、たぶんできると思うよ。感覚のほうが、思念より単純だし」
「じゃ、それを、ラジオ放送みたいに、複数の相手にいっぺんに送るってのは?」
「感覚を拡げるわけだね。それもたぶん、いけるんじゃないかな」
「じゃ、決まりね」
 つぶやくと、杏里はやにわに重人のズボンのファスナーに指をかけた。
「お、おい、何するんだよ?」
 びっくりして、腰を引きかける重人。
「だめ、動かないで」
 杏里は叱った。
「これから私が、あんたを気持ちよくしてあげる。もちろん、浄化しないぎりぎりのところでやめるけど。あんたはその時感じた快感を、ぱあっと思いっきり解放するの。そう、あいつらの頭の中めがけてね」
「はあ? なんだよ、それ?」
 重人が目を白黒させた。
「名づけて、”遠隔フェラチオ”。もしうまくいったら、これはけっこう強力な武器になるかも。ふふっ、ちょっぴりそんな気がするんだよね」
 



 

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