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鬼が嘲りし時優劣崩壊す
悪鬼と式鬼の死闘③
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魁は悪鬼の動きに翻弄されていた。
動きは人間と同じなのだが素早さがけた違いに違う。オオカミや猿や鳥の妖魔にはない狡猾な動きは、一撃ではなくダメージの蓄積を狙い、体力が尽きるのを待っているようだ。じわじわとなぶり殺し、そんな言葉が浮かぶ。
悪鬼たちは魁を脅威のない獲物と思っている。すぐに息の根を止められるはずだが、一気に襲うことはできなかった。悪鬼たちはちらり、ちらりと、鷹尾の出方を伺っている。真に警戒すべきは彼だと肌で感じているらしく、悪鬼の行動や攻撃にセーブをかけていた。
鷹尾の攻撃力は悪鬼たちも知っている。魁が深い傷を負ったら彼が出てくることも分かっている。どう対処するか目配せを行いながら、片手間で魁をいたぶっていた。
魁は悪鬼たちの攻撃を受けながら苛立ちを募らせた。真剣にやっているというのに、悪鬼たちは警戒すらしていない。
「火炎……ぐっ」
術を出す前に殴られて中断させられた。顎の骨にヒビが入って魁は呻く。
膝や背骨、顎や額を中心に打撃攻撃や噛みつき攻撃、爪の攻撃が来る。連携をしてくるので目視での対処がしきれなかった。
たった三体、それでも勝てるのだろうかと不安がよぎって息が荒くなる。目の前の悪鬼に対する恐怖が増す。逃げ出したい衝動に駆られて、前に出さなければならない足が、一歩後退した。
戦意喪失まであと少しということで、「はぁ」と鷹尾のため息が聞こえて、魁は意識を浮上させた。恐る恐る鷹尾を見ると、彼は酷く呆れたように口をへの字にしている。
「魁。勝負にすらなってないぞ」
ならばなぜ助けてくれない。と魁は口に仕掛けて……やめた。
この程度の相手なら倒せると期待されているのだ。蓋を開ければ期待外れだっただろうが、これ以上、彼を幻滅させるのは憚られた。
唇をギュッと噛みしめ目を凝らす。口を開けて噛みつこうとした悪鬼が見えたので殴った。少しだけ態勢が崩れると、背中にズシっとした重みが加わり痛みが走る。肩越しにみると、一体の悪鬼が背中から肩に噛みついていた。そのまま肉が引き裂かれる。
「きゃあああああああああ!」
「ぐっ」
雪絵の悲鳴と魁の呻きが重なった。
「なんだよ。叔父さんの育て方まじヤバ」
鷹尾は呆れて果ててしまい、腕を組んで考える。
「ヌルゲーレベルの悪鬼でこのざまじゃ、どれだけ『蝶よ花よ』って育てられたんだか。母さんこれ見たら激怒するぞ。俺も説得できない育成レベルだ。はーあ。どうするかなぁ。元はイイのに残念な生き物じゃん」
魁のプライドがぐっさりと傷つくが、悪鬼を倒さねば反論もできない。
「烈火よ。我の呼び声に応じ姿を変化させよ! 火炎玉!」
左から炎が立ち上がると全身が包まれる。噛みついていた悪鬼が『ぎゃ!』と悲鳴を上げて離れた。呼吸を奪うように炎が顔にまとわりついている。すぐに背中から離れて激しく頭を振ると炎が消えた。時間にして三分も満たない。
威力が大分落ちていると魁は痛感した。雪絵の指示が体を拘束している。動きや威力が制限されるばかりか、右に倣うように戦意がしぼんでいき殆ど残っていなかった。
それでも戦えるのは『責任感』があったからだ。『任された分は仕留めなければ』という気負いで辛うじて戦えている。
良くも悪くも式鬼は主の意志に強く左右されてしまう。雪絵は気づいていないが、無意識に魁を制止しようとしていた。もし彼女だけがこの場にいたならば、魁はとっくに動けなくなっていただろう。
改善点ばかりの戦い方に白い眼を向けていた鷹尾が、はぁ、とため息をついてから視線を鋭くさせた。雪絵はともかく魁はまだやる気がある。手助けはしてやろうと親切心が浮かんだ。
「なーあ。戦いながら聞けよ」
鷹尾が間延びた声を上げると、魁の耳がぴくっと反応した。聞く耳があるなら指導してもいいかな、と言葉を続ける。
「叔父さんから『目だけを使うな』って言われてないか? 妖気を感じとれよ。そいつらもともと肉体がない虚ろだ。虚ろの塊を目では捉えきれないぞ。感じ取り方は人それぞれなんだが……」
鷹尾は沈黙した。主従関係ではないため魁の感覚は分からない。動作と仕草からなんとなく予想する。
「おそらく魄と同じだ。食いたい衝動があるはず。それと同時に。例えば、水中にいる『餌』を捕まえようと思って神経研ぎ澄ませてみろ。水しぶきだけじゃなくて波紋、水の流れとか、手を突っ込むとか全身浸かってみるようなイメージかな。炎だって風の流れ受けるだろ? 大気か水中とか違いはあっても餌は同じだ」
魁は怪訝そうに眉をひそめた。
妖魔を倒す意識はあっても食うという発想はない。淀みや感情から生まれるイキモノは食べられない。だから衝動はないが、後半部分はなんとなくわかる。視力のほかに肌で感じろと言っているのだろう。生憎、それはすでにやっている。前方と横は対処できるが、背後が上手くいかず攻撃の対処できなかった。
魁の、特に背中部分の上着やシャツがボロボロになってしまった。背中に受ける傷は毎回深い。回復力が早くなければとっくに戦闘不能になっている。
三体の悪鬼に翻弄されているだけの魁を眺めながら、鷹尾が嘆いた。
「はぁ。ほんと弱い。こんなに弱く育ってたなんて予想外だ。それでよく魄と決闘しようと思ったな。びっくりだ。いろいろな鬼を見てきたが、こんなに弱い鬼は見た事ない」
鷹尾が宝棒を一度だけ振ると、ビクッと悪鬼たちが鷹尾に注目した。攻撃が一時的に止まった隙に、鷹尾は馬鹿にしたような笑顔を浮かべて魁に話しかける。
「悔しくないのかよ。俺に馬鹿にされてるんだぞ。雪絵に引っ張られてるから、だなんて言い訳は戦闘で通用しない。術者が使い物にならなくても、式鬼は全ての敵から術者を守らなければならない。俺がこうして雪絵の傍にいて護っている時点であんたは式鬼失格なんだよ! 雪絵を守るつもりがあるのか!? あるならそいつら叩き潰せ!」
魁の心に怒りが灯り、表情が険しくなった。
大切な者を守れない不甲斐なさ、敵に怖気づいてしまう己の弱さ、何一つ言い返せない悔しさ。そのすべてに怒りを覚えた。
虎模様が青白く輝き、熱を持ったように模様が揺れ動く。
魁の瞳がギラギラと熱く揺れた。
動きは人間と同じなのだが素早さがけた違いに違う。オオカミや猿や鳥の妖魔にはない狡猾な動きは、一撃ではなくダメージの蓄積を狙い、体力が尽きるのを待っているようだ。じわじわとなぶり殺し、そんな言葉が浮かぶ。
悪鬼たちは魁を脅威のない獲物と思っている。すぐに息の根を止められるはずだが、一気に襲うことはできなかった。悪鬼たちはちらり、ちらりと、鷹尾の出方を伺っている。真に警戒すべきは彼だと肌で感じているらしく、悪鬼の行動や攻撃にセーブをかけていた。
鷹尾の攻撃力は悪鬼たちも知っている。魁が深い傷を負ったら彼が出てくることも分かっている。どう対処するか目配せを行いながら、片手間で魁をいたぶっていた。
魁は悪鬼たちの攻撃を受けながら苛立ちを募らせた。真剣にやっているというのに、悪鬼たちは警戒すらしていない。
「火炎……ぐっ」
術を出す前に殴られて中断させられた。顎の骨にヒビが入って魁は呻く。
膝や背骨、顎や額を中心に打撃攻撃や噛みつき攻撃、爪の攻撃が来る。連携をしてくるので目視での対処がしきれなかった。
たった三体、それでも勝てるのだろうかと不安がよぎって息が荒くなる。目の前の悪鬼に対する恐怖が増す。逃げ出したい衝動に駆られて、前に出さなければならない足が、一歩後退した。
戦意喪失まであと少しということで、「はぁ」と鷹尾のため息が聞こえて、魁は意識を浮上させた。恐る恐る鷹尾を見ると、彼は酷く呆れたように口をへの字にしている。
「魁。勝負にすらなってないぞ」
ならばなぜ助けてくれない。と魁は口に仕掛けて……やめた。
この程度の相手なら倒せると期待されているのだ。蓋を開ければ期待外れだっただろうが、これ以上、彼を幻滅させるのは憚られた。
唇をギュッと噛みしめ目を凝らす。口を開けて噛みつこうとした悪鬼が見えたので殴った。少しだけ態勢が崩れると、背中にズシっとした重みが加わり痛みが走る。肩越しにみると、一体の悪鬼が背中から肩に噛みついていた。そのまま肉が引き裂かれる。
「きゃあああああああああ!」
「ぐっ」
雪絵の悲鳴と魁の呻きが重なった。
「なんだよ。叔父さんの育て方まじヤバ」
鷹尾は呆れて果ててしまい、腕を組んで考える。
「ヌルゲーレベルの悪鬼でこのざまじゃ、どれだけ『蝶よ花よ』って育てられたんだか。母さんこれ見たら激怒するぞ。俺も説得できない育成レベルだ。はーあ。どうするかなぁ。元はイイのに残念な生き物じゃん」
魁のプライドがぐっさりと傷つくが、悪鬼を倒さねば反論もできない。
「烈火よ。我の呼び声に応じ姿を変化させよ! 火炎玉!」
左から炎が立ち上がると全身が包まれる。噛みついていた悪鬼が『ぎゃ!』と悲鳴を上げて離れた。呼吸を奪うように炎が顔にまとわりついている。すぐに背中から離れて激しく頭を振ると炎が消えた。時間にして三分も満たない。
威力が大分落ちていると魁は痛感した。雪絵の指示が体を拘束している。動きや威力が制限されるばかりか、右に倣うように戦意がしぼんでいき殆ど残っていなかった。
それでも戦えるのは『責任感』があったからだ。『任された分は仕留めなければ』という気負いで辛うじて戦えている。
良くも悪くも式鬼は主の意志に強く左右されてしまう。雪絵は気づいていないが、無意識に魁を制止しようとしていた。もし彼女だけがこの場にいたならば、魁はとっくに動けなくなっていただろう。
改善点ばかりの戦い方に白い眼を向けていた鷹尾が、はぁ、とため息をついてから視線を鋭くさせた。雪絵はともかく魁はまだやる気がある。手助けはしてやろうと親切心が浮かんだ。
「なーあ。戦いながら聞けよ」
鷹尾が間延びた声を上げると、魁の耳がぴくっと反応した。聞く耳があるなら指導してもいいかな、と言葉を続ける。
「叔父さんから『目だけを使うな』って言われてないか? 妖気を感じとれよ。そいつらもともと肉体がない虚ろだ。虚ろの塊を目では捉えきれないぞ。感じ取り方は人それぞれなんだが……」
鷹尾は沈黙した。主従関係ではないため魁の感覚は分からない。動作と仕草からなんとなく予想する。
「おそらく魄と同じだ。食いたい衝動があるはず。それと同時に。例えば、水中にいる『餌』を捕まえようと思って神経研ぎ澄ませてみろ。水しぶきだけじゃなくて波紋、水の流れとか、手を突っ込むとか全身浸かってみるようなイメージかな。炎だって風の流れ受けるだろ? 大気か水中とか違いはあっても餌は同じだ」
魁は怪訝そうに眉をひそめた。
妖魔を倒す意識はあっても食うという発想はない。淀みや感情から生まれるイキモノは食べられない。だから衝動はないが、後半部分はなんとなくわかる。視力のほかに肌で感じろと言っているのだろう。生憎、それはすでにやっている。前方と横は対処できるが、背後が上手くいかず攻撃の対処できなかった。
魁の、特に背中部分の上着やシャツがボロボロになってしまった。背中に受ける傷は毎回深い。回復力が早くなければとっくに戦闘不能になっている。
三体の悪鬼に翻弄されているだけの魁を眺めながら、鷹尾が嘆いた。
「はぁ。ほんと弱い。こんなに弱く育ってたなんて予想外だ。それでよく魄と決闘しようと思ったな。びっくりだ。いろいろな鬼を見てきたが、こんなに弱い鬼は見た事ない」
鷹尾が宝棒を一度だけ振ると、ビクッと悪鬼たちが鷹尾に注目した。攻撃が一時的に止まった隙に、鷹尾は馬鹿にしたような笑顔を浮かべて魁に話しかける。
「悔しくないのかよ。俺に馬鹿にされてるんだぞ。雪絵に引っ張られてるから、だなんて言い訳は戦闘で通用しない。術者が使い物にならなくても、式鬼は全ての敵から術者を守らなければならない。俺がこうして雪絵の傍にいて護っている時点であんたは式鬼失格なんだよ! 雪絵を守るつもりがあるのか!? あるならそいつら叩き潰せ!」
魁の心に怒りが灯り、表情が険しくなった。
大切な者を守れない不甲斐なさ、敵に怖気づいてしまう己の弱さ、何一つ言い返せない悔しさ。そのすべてに怒りを覚えた。
虎模様が青白く輝き、熱を持ったように模様が揺れ動く。
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