式鬼のはくは格下を蹴散らす

森羅秋

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鬼が嘲りし時優劣崩壊す

悪鬼と式鬼の死闘②

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 はくの強い感情はそのまま鷹尾たかおに伝わる。
 雪絵の同行を不服としているが、未熟だから戦闘に加えて怪我をしないだろうか、という不安が強い。
 途中で妖魔の群れに遭遇しても彼女は震えているだけだった。社ではもっと強い妖魔がいる。隠れているだけでは身の安全を守れない。その部分が不安だった。

「気にするな魄。あいつはあいつでちゃんとやるさ」

 鷹尾はそうフォローした。

「そう思うけど……ねぇ鷹尾。雪絵さん連れてきて本当によかったの?」

「連れてこないと経験値踏めないだろーが。実際の退魔の様子を見るだけでも経験値が入る」

「まぁ……そうだけど」

 ちらり、と二人の様子を一瞥した魄は「荒行なんだけど」と憐憫を籠めた口調で呟く。鷹尾は「いいの。みんな通る道」と堂々と言い切った。

 夜の森は暗くて人の目では漆黒の闇に塗りつぶされているが、魄とかいは暗闇でも真昼のように見ることができる。崖に落ちることなく細い道を進んでいくと、社がおいてある空間に出た。一気に妖気が濃くなる。
 木でできた小さな社の後ろに大きな門がそびえていた。門は黄金色に輝いており観音扉がはめ込まれている。神々しい光を放っているが、漂う気配は禍々しい。
 四人は観音扉を押している鬼の数を見て絶句した。

「おいおいおいおい。一時間くらいだっていうのに、甘い汁を吸いにわらわら集まってきてるぞ」

 鷹尾が呆れたように言い放った。
 魁の姿を模した羅刹はもとより、別の羅刹や夜叉が観音扉に密集して押している。残念なことに扉の隙間が一センチほど開いていた。漂う妖気はここから出ている。

「門が開いてる!」

 雪絵が鋭く声に出すと、その大きさに自分で驚き、ハッとして口を押えた。
 鬼達が動きを止めてこちらに振り返る。特に魁を模した羅刹は、額や頬や顎に逞しい筋肉がつき喜の感情を表していた。魁は「う」と嫌そうに喉を鳴らす。己の顔とは言え醜悪で不気味だった。

『上質な餌がきた』

 羅刹は魄をみてますます喜の表情を濃くすると、口元から涎がダラダラと流れた。
 実はこの羅刹。魄の肉を口にしている。指先についた血肉をなめとった際に甘美な味に体が震えた。少量だというのに力も回復した。混ざりものはいくつか口にしたことがあるが、同類に近い者は食べたことがなかった。このような味だったのかと衝撃を受けた。金神がこちらに来たあとで狩ろうと思っていたため、手間が省けたと喜ぶ。

 他の鬼達も一様に魄と魁を凝視した。ギラギラした目で即座に物色する。混ざりものは餌、術者は道具として利用すると鬼達の考えが一致した。

「……うわ。ご馳走みるような視線。あいつ絶対、私の腹の肉食べたね」

 鷹尾は魄から降りると羅刹を指し示した。

「扉は後回しだ。魄は魁の姿をした悪鬼から。あいつがあの中で一番強い。咲紅姉貴を引っ張り出して弱体化させろ。雑魚はこちらで対処する」

「畏まりました!」

 魄は全速力で羅刹に駆け出した。羅刹は門から離れて戦いやすい場所へ移動する。ほかの鬼は魄と魁達にそれぞれ別れた。
 魁は向かってくる鬼に対処しようと構えたところで、雪絵が悲鳴を上げてしがみついてきたので構えをやめた。

「雪絵、後ろに……」

 雪絵を抱えながら戦える相手ではない。初動を封じられて魁は焦る。

「あほか。木にでもしがみついてろ」

 鷹尾がベリっと雪絵を引っぺがすと、近くにある木の幹に押し付けた。雪絵は幹にしがみつくとガタガタと体を震わせて腰を抜かして座り込む。鷹尾は雪絵の傍に立つとすぐに五体の鬼に向かって同時に九字切りを放った。
 鬼達は悲鳴を上げる間もなく格子状に切られて霧散する。
 魁は驚いて肩越しで鷹尾を見た。劍から強いと聞いていたがこれほどとは思わなかったと、心の底から畏れる。
 二人の反応をみて鷹尾は苦笑した。雪絵に実戦経験がないことは知っていたが、魁も似たような感じらしい。だが、覚悟を決めている魁の方がまだ使えるので、こちらから指示を出すことにした。

「魁。同族と戦ったことあるか?」

 魁は首を左右に振る。

「ないか。じゃあ三体任せるから頑張ってみろ。雪絵がこんなだからかなり力がセーブされて縛りプレイだが、まぁ、感覚は掴めるはずだ。こいつの面倒はみてやるから、好きなようにやってみろ」

 鷹尾は宝棒を握ると挑発するように笑った。

「わかった」

 魁は小さく頷くと、こちらに向かってきた三体の鬼を仕留めるべく、駆け出した。



 鬼の群れに突っ込む直前で魄は術を発動させた。

「い すい い とう ウォータージェット」

 水の繭に包まれた瞬間に高圧の水流が放たれる。水平に出された水流と湾曲しながら突っ込んでくる水流により、鬼達の心臓や頭部をサクサクと貫いていく。

「せい ふ せい すい せき う スティンキング ウォーター!」

 水の繭からバスケットボール大の雫型が数個、剛速球で投げられたように飛び出してきた。悪鬼の体に尖った部分が当たると軒並み大勢が崩れる。そこを水流が貫いていった。破壊された悪鬼達は力を失くして妖気に戻り空中に漂う。しかし一定の濃度になればまた妖魔として復活するだろう。鬼門が開いているので通常よりも早く再生するはずだ。

 今回は時間経過が勝敗を左右する。倒した妖魔の復活に加え、禍々しい気配を察知した妖魔がどんどんこの場所に引き寄せられてくるはずだ。敵の数が少ないうちに『咲紅の奪還』『羅刹退治』『艮の鬼門の封印』の三つ全て行わなければならない。

 このペースなら大丈夫かな、と魄は敵を数える。こちらに向かってきた十体はそこまで強くなかったし、鷹尾たちの方は八体くらいだ。雪絵や魁が戦えなくても鷹尾がいれば大丈夫なので、魄は羅刹に集中した。
 羅刹は魄の接近するタイミングを計り、鋭い爪が生えた左腕を水平に凪いだ。魄は急ブレーキをして間をあけると顔面すれすれに爪が流れる。

「い すい」

 魄が言葉を紡ぎながら羅刹の顔面に掌底打ちを行おうとしたが、すぐに大きな手が魄の手にぶつかる。反対側で殴ろうとして手にぶつかる。相撲で言う四手。両手がガッチリと組み合わさって、お互いが力を込めているから均衡が保たれ不動になる。息を出すと腹から力が抜けるため魄は無言になった。

 ギギギッギ。と全身の関節が軋む音がする。
 魄の関節の音だ。力は羅刹の方が少しだけ上である。魄は意識を後方に集中させた。誰もいないと確信すると、一瞬だけ力を抜いて仰け反りながら身を沈ませた。

 ガクン、と羅刹が押す勢いに乗って上半身が前のめりになった。前に投げ出されるように踵が浮いた。
 魄は背中を地面につけて自由になった足を羅刹の股間の間に突っ込むと、蹴り上げると同時に羅刹の両腕を地面に引いて、羅刹の顔を地面に叩きつけた。

 グシャ! と硬い物が地面に衝突した音がする。
 魄は素早く手を離すと右手から水が沸き上がり、全身が水に包まれた。

「い すい い とう ウォータージェット」

 水の繭からいくつかの高圧水流が伸びて羅刹の、妖気の塊部分だけを貫く。

『ガッ ガッ ガハ!』

 肩付け根と頬と腹斜筋と太ももの肉をえぐり取る。羅刹の体に穴が開くが咲紅に傷はない。貫かれながらも羅刹は魄から距離を取り回復を優先する。

「い すい い とう ウォータージェット」

 すぐに傷口が再生し始めるが、その部分を狙って羅刹の肉をえぐる。骨を出すようにそぎ落としながら咲紅の体を徐々に取り出していく。羅刹の再生よりも魄の術を放つ速度の方が早い。
 咲紅の前面が出たところで、今だ、と魄は右手で咲紅の左腕を掴む。引っ張ると上半身が引っこ抜かれて羅刹と分離した。このまま引っ張ろうとしたところで、羅刹は再生した両腕で咲紅の体を包むと自分の体へ押し込んだ。
 押し込んだ時に抜けないように最大の圧を加える。咲紅の体からいくつかの肋骨が折れる音がして、彼女は痛みに驚いて目を開けた。

「う、うぐ、がふっ、が、ああああああああああああっ」

「うわぁマズった!」

 魄は慌てて左手で羅刹の腕を引きちぎり、咲紅の体を覆い隠そうとしている胸部に手を埋めた。羅刹の口が再生して顎が外れんばかりの大口を開けると、魄の頭に噛り付く。頭部をかみ砕くつもりだ。万力で締められるような激痛が魄の頭部に響いた。

「すい ら い づ すい に うお さぐ スモールフラッド!」

 魄の手から沸き上がる水流が羅刹の体に押し込まれる。咲紅の体を優しく覆う反面、羅刹には耐え切れないほどの水圧を与える。

『あぐ、ぐあ、がああああああああっ!』

 羅刹の上半身が爆発して水と共に欠片が飛んでいく。魄はすぐに咲紅を引っこ抜くと、羅刹の下半身だけが残った。
 魄は咲紅を抱えて距離を取った。下半身だけになったが相手はまだ力を失っていない。妖気を吸収して徐々に体が再生している。
 鷹尾に任せるため、魄は向こうの様子を確認した。

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