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二回目の失敗、そして…… 5

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(ちょっと言いすぎたかな……)

 夜、セレアはベッドの上でクッションを抱えてため息をついた。

 ジルベールはセレアを閉じ込めているけれど、父のデュフール男爵より何倍もましなのは間違いなかった。
 高いドレスもアクセサリーも、セレアの気持ちを少しでも軽くするために用意してくれたのだろう。
 美味しい食事だってそうだ。
 今日は助けてくれたし、バジルの手当ても、彼への損害の補償もしてくれた。
 ジルベールが悪いわけではないのに、だ。
 バジルの怪我は襲ってきた男たちのせいだし、もとはと言えばセレアがバジルにかくまってもらったせいである。

 セレアは顔を上げて、部屋の隅の置かれた二つの木箱を見た。
 あの木箱もそうだ。
 あの中に入っているものなんて、ジルベールにはゴミでしかないだろう。
 
 粗末な食器類に服。
 セレアが子供のころに買ってもらった、ボロボロになった一冊の本。
 母が使っていた裁縫道具に、くたびれて色あせたリボン。

 貴族が――それも公爵様が気にかけるようなものではない。
 それなのにジルベールは、大切なものなのだろうと言って持って帰ってくれた。

 なぜ――

「奥様、そろそろお休みになりませんと」

 ニナは、セレアを「奥様」と呼ぶ。
 セレアはジルベールの妻ではないのに「奥様」と。
 まるでそうなる未来が確定しているようで、セレアの胸中は複雑だ。
 でもニナに当たるのはおかしい。なぜならここの使用人は、全員セレアを「奥様」と呼ぶからである。
 セレアがベッドに横になると、ニナが灯りを落としてくれる。

(わたしの選択肢、か)

 ジルベールのいう二つの選択肢。
 セレアも、現状で自分にほかの選択肢が残されていないことくらい理解できている。

(あいつと結婚するか、デブのもとに戻るか……。究極の選択ね)

 けれども、この二択しか用意されていないのならば、答えは決まっている。デブの元には二度と戻りたくないからだ。
 ここで割り切って、ジルベールの妻になって贅沢三昧して暮らしてやると思えれば楽なのかもしれなかったが、セレアはどうしてもそんな風には思えなかった。

「…………幸せに、なりたかったなぁ」

 ちゃんと恋愛して、好きな人と結婚して。
 聖女とか関係なく、贅沢できなくてもいいから、幸せになりたかった。

(バジルはいいな、好きな人と結婚できて)

 ごろんと寝返りを打つ。
 自由への渇望を胸に、眠りにつこうとしたときのことだった。
 扉が開く音がして、セレアは薄く目を開けた。

「ニナ?」

 どうしたのだろうと振り向くと、薄暗い室内に浮かび上がる影はニナのものではない。
 息を呑んだセレアに、何者かがゆっくりと近づいてきながら、「なんだ」と呟いた。

「もう寝ていると思ったが起きていたのか」
「ジル様⁉」

 声の主はジルベールだった。
 ジルベールはいつもセレアの許可なく部屋に入ってくるが、さすがに夜に来られると驚愕してしまう。

「ちょ、何しに来たのよ!」

 セレアは慌てて上体を起こし、胸元まで布団を引っ張り上げた。

「何って、夫が妻の部屋に来て問題が?」
「妻じゃないし、大問題よ! 今何時だと思ってるの⁉」
「寝る時間だろう? 仕事が長引いて少し遅くなったが、さっきようやく終わったんだ」
「仕事のこととか聞いてないし! って、勝手に入ってこないで!」

 ジルベールが当たり前のような顔をしてベッドにもぐりこんできたので、セレアは慌てた。
 ベッドはとても広いが、だからいいという問題ではないのである。
 慌ててベッドの端っこまで逃げてから振り返ると、ジルベールは我が物顔でベッドに横になっている。

「ちょっと何してんのよ!」
「何って、だから寝る時間だろう?」
「寝るなら自分の部屋で寝なさいよ‼」
「断る。俺もあれから考えたんだ。そして今日から一緒に寝ることにした」
「はあ⁉」
「少しは夫らしくしてみようと思ってな」
「意味がわからないから‼」

 これはあれだろうか。昼間にセレアが失礼なことを言ったから、仕返しをしているのだろう。

(なんて狭量なヤツ!)

 腹が立ってベッドから降りようとしたセレアだったが、その前にジルベールの手に手を掴まれてしまった。

「何するのよ!」
「君が言ったんだ。ドレスもアクセサリーも豪華な食事も、全部もの扱いだと。だからもの扱いではないという意味を込めて、今日から極力、君と一緒にいることにした」

 ますます意味がわからない。
 セレアはジルベールから逃れようと掴まれている手をぶんぶん振り回してみたが、彼の手はタコの吸盤のように吸い付いて離れなかった。

(どう転べばそういう結論に至るのよ!)

 もしかして、セレアが寂しがっているとでも思ったのだろうか。見当違いもいいところだ。
 ジルベールから逃げようともがき続けていると、彼はやれやれと肩をすくめた。

「あんまり暴れると、暴れられないように抱きしめるけど、どうする?」

 ぴたり、とセレアは動きを止める。

 抱きしめる? ベッドの中で? 
 冗談じゃない‼

 セレアは抵抗を諦めて、ベッドの端っこの端っこ、落っこちるぎりぎりのところまで寄って横になる。

「絶対にこっちに来ないで」
「それはいいけど、そんなに端にいたら落ちるよ?」
「余計なお世話よ!」

 ジルベールの考えていることがさっぱりわからない。
 セレアはジルベールの存在を無視して彼に背を向けると、ぎゅっと目を閉じた。
 不覚にも、心臓がどきどき言っている。
 だが仕方がないことだ。なぜならセレアは生まれてこの方、異性と同じベッドで眠ったことなどないのだから。
 ちょっとでもこちらに近づきてきたら股間を蹴り上げてやると、猫が毛を逆立てるように警戒していると、ジルベールが思い出したように言った。

「セレア、明日でもいいが一応言っておく。近いうちに領地へ向かうことにした。もちろん、君も一緒だ」

 セレアは驚いて飛び起きた。そして――

「なんです――きゃああ!」

 ベッドから、ものの見事に落っこちた。




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