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二回目の失敗、そして…… 2

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 もぐもぐとバジルが持ってきてくれた残り物のパンをかじりながら、セレアは倉庫の中でぼーっとしていた。

 レマディエ公爵家から逃亡し、バジルにこの倉庫を借りてから今日で二日目だ。
 最初こそ、木箱に詰められた思い出の品々を取り出しては眺めて楽しんでいたが、木箱二つ分の量しかないのですぐに飽きた。
 思い出の品が残っていたことは嬉しいし、すごく懐かしい気持ちになって楽しいが、永遠に時間がつぶせるものでもないのである。

 倉庫の外を歩き回って誰かに見つかると厄介なので、基本的には中でおとなしくしているしかない。
 倉庫の中で無駄にストレッチをしてみたり、掃除をしてみたりしたが、丸一日つぶせるわけもなく、結局は一日の大半をぼーっと過ごすことになる。

 レマディエ公爵家にいた時も部屋に閉じ込められていたが、お茶の時間はあったし、ニナや、呼んでもないのにジルベールがやってきたりしていたので話し相手には事欠かなかった。暇だと言えばニナが本や裁縫道具を用意してくれるし、レマディエ公爵家の敷地内限定だが散歩も許されていて、なんだかんだと悠々自適な生活だったきがする。

(ジル様はムカつくけど、デブやババアよりは何倍もましだったわね)

 ジルベールは強引だし俺様だけど、セレアを虐げたりはしなかった。
 閉じ込められていたので自由ではなかったが、不思議と不自由さはあんまり感じなかったのも確かだ。
 エドメ・ボランとか言うデブ二号と結婚させられるくらいならジルベールと結婚した方が何百倍もましだが、けれどもセレアはやっぱり自由が欲しい。

 自由を手に入れて、では一体何がしたいのかと言われればよくわからないけれど、貴族たちから離れて、自分の意志で自由に生活したいのだ。
 そしていつか、「聖女」ではなく「セレア」を見てくれる人と結婚したい。

(遠くに逃げられたら、同じ失敗は二度としないわ)

 浄化の力は死ぬまで封印して、普通の女の子として生活するのだ。

(マリーおばさんみたいに、パン屋さんをしてもいいかも。パンの作り方の基本は知っているし)

 マリーおばさんの店を手伝っていたときに、基本のパンの作り方を教えてもらったことがあるのだ。その作り方は今も覚えている。もちろん基本を覚えているからと言って、店が開けるようなパンが作れるわけではないけれど、たくさん練習すればきっと大丈夫だ。
 ここから遠く離れた場所で、セレアのことを誰も知らない町で、パン屋さんを開く。うん、楽しそうな気がしてきた。

「今更だけど、軍資金になりそうなものをくすねてくればよかったかしらね~」

 レマディエ公爵家のセレアの部屋には、ジルベールが買って来たたくさんのアクセサリーがあった。高そうだったので壊したら大変だと思って一度も身に着けていなかったが、一つくらいくすねてくればよかったかもしれない。一個でも相当な金になったはずだ。

「あのドレスはいくらくらいになるかしら?」

 逃亡したときに来ていたドレスは、どこかのタイミングで売り払う気でいる。
 王都で売ってもよかったが、バジルがドレスから足がつくかもしれないから王都ではやめておけと忠告してくれたのだ。だから、隣町で売ろうと思っている。

(でも隣町かー。どんなところかしら? バジルの恋人には会えるかしらね?)

 セレアは生まれてから一度も王都の外に出たことがない。
 知らない町と、それから幼馴染の恋人に思いをはせてわくわくしていると、不意に、倉庫の外からバジルの声がした。
 バジルはパン屋を閉めた後でパンを持ってきてくれているが、今はまだ昼だ。パン屋が閉まる時間じゃない。

(どうしたのかしら?)

 何か用事かと思って腰を浮かせかけたセレアは、バジルの「セレアなんか知らない!」という怒鳴り声にぎくりとした。
 バジルのほかに、複数人の男の声がする。

(誰かがわたしを探しに来たんだ!)

 セレアは青ざめて、パンの袋を持って木箱を開けた。
 バジルから、万が一の時は木箱の中に隠れろと言われていたからだ。
 木箱に入り、蓋をしっかり閉めて息を殺していると、倉庫の鍵が外されて、扉が開けられる音がした。

「ほら見ろ! 誰もいないだろうが! って、うちの倉庫を荒らすな‼」

 バジルの怒った声が響いた直後、ガッと鈍い音がしてバジルのうめき声が聞こえた。

(バジル……!)

 バジルが殴られたのかもしれない。

(どうしよう!)

 助けに行かなくちゃと思うけれど、今ここでセレアが出ていくと余計にバジルを困らせることになるかもしれなかった。
 どうしよう。どうしたらいいのだろう。
 木箱の中で体を縮こまらせて、セレアは必死に考えるけれど、何の答えも閃かない。
 このまま、男たちが帰るのを息を殺して待っているしかないのだろうか。

(バジルは大丈夫かしら? ひどい怪我をしていないといいけど……)

 あれからバジルの声が聞こえないのも気になる。気を失ったのだろうか。それともまさか――

 何も見えないと、最悪なことを考えそうになる。

(わたしのせいだわ。……バジルに何かあったらどうしよう…………)

 セレアがレマディエ公爵家から逃げ出して、バジルにこの倉庫を貸してもらったりしたから、彼を危険にさらしてしまったのだ。
 セレアは胸の前でぎゅっと手を握り締めて「誰か助けて」と祈る。

(誰でもいいから、誰か……バジルだけでも助けて……!)

 こんなつもりじゃなかったのだ。
 大切な幼馴染を危険にさらすなんて思いもしなかった。
 セレアの軽はずみな行動でバジルにもしものことがあったらと思うと気が気ではない。
 セレアは深呼吸を繰り返して、木箱の蓋に手をかけた。
 そして、木箱から出て行こうとしたその時だった。

 突然、「うわあ!」という悲鳴が次々に上がって、セレアはぎくりとした。

(バジルの声じゃない、大丈夫……)

 けれど、バジルの声ではないなら何が起こっているのだろう。
 木箱の蓋に手をかけたまま固まっていると、やがて、倉庫の中に静かな声が響いた。

「その少年は知人だ。暴行容疑で全員捕縛させてもらう」

 忘れるはずがなかった。

 ――この声は、ジルベールだ。


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