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デュフール男爵の悲劇

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「セレアはまだ見つからないのか!」

 ゴーチェ・デュフールは唾を飛ばして叫んだ。
 ゴーチェに怒鳴られた使用人は、うつむいて縮こまると、小さく「はい」と頷く。
 そして、「引き続き探します」と使用人が逃げるようにダイニングから出ていくと、ゴーチェはどかりと目の前のローテーブルを蹴とばした。

「あなた、少し落ち着いたらどう? ……あらやだ、ここ、色が取れかけているわ、塗りなおさないと」

 染料で真っ赤に染めた爪を見やって、妻のアマンダが眉を寄せた。
 ゴーチェからすれば、何故爪に色を塗りたくるのさっぱりわからない。だがこれが流行だと言うのだから、余計な口ははさめなかった。流行おくれの落ちぶれ貴族と笑われたくないからだ。だからドレスや宝石や化粧品とムダ金ばかり使うアマンダを許してきているのである。しかし、今後はそれも難しくなるだろう。

「何が落ち着けだ‼ もとはと言えば、お前がセレアをいびるから、あいつが嫌になって逃げだしたんだろうが‼」
「まあ、わたくしのせいですって⁉」
「そうに決まっているだろう!」
「よく言うわ! パーティーであなたがあの子から目を離さなければこんなことにはならなかったのよ!」

 ゴーチェとアマンダは睨みあう。
 それを居心地悪そうな顔で見つめるのはアルマンだ。
 ゴーチェは舌打ちして、今度は矛先をアルマンへ向けた。

「お前もお前だ! あの日、万が一にもセレアが逃げ出さないように、廊下で見張っていろと言っただろうが‼ それがどうして庭で、それも気絶なんてしていたんだ愚図が‼」
「お、お、俺だってよくわからないよ……」

 アルマンはしどろもどろになって答える。まさか異母妹を襲おうとして、気がついたら気絶していたなんて言えるはずがないからだ。気絶する直前の状況から、そこに第三者が現れたのは間違いないと思うが、それを説明するにはセレアを襲ったことも説明しなければならなかった。だから、何を聞かれても「わからない」で通すしかないのである。
 ゴーチェはローテーブルの上に置いてあったティーカップを掴むと、容赦なくアルマンに向かって投げつけた。

「きゃあ! あなた! 何をするの!」

 ティーカップの中身は冷めていたが、カップそのものが顔に当たって、アルマンは顔を抑えて呻く。
 アマンダが悲鳴を上げてアルマンに駆け寄った。

「この子は何も悪くないわ‼」
「そうやってお前が甘やかすから、見張りもろくにできん出来損ないに育つんだ!」
「なんですって⁉」

 腹を立てたアマンダは、自分の靴を脱ぐと、それを力いっぱいゴーチェに投げつける。
 ゴーチェはゴーチェでアマンダにつかみかかって、流行おくれに高く結い上げられたアマンダの髪を容赦なく引っ張った。

「痛い! 何するのよこのデブ‼」
「夫に向かってデブとは何だこの厚化粧ババアが‼」

 口汚くののしりあいながら、互いの髪を引っ張り、たたき合い、とうとう絨毯の上に倒れこんで、それでもなお喧嘩をやめない。
 アルマンは止めに入ろうと宙に手を伸ばしたまま、どうすることもできずに固まった。なぜならあの中に入れば、自分も被害を受けるからである。
 取っ組み合いの喧嘩を続ける両親にアルマンがあきれ果てたときだった。
 執事が転がるようにダイニングに入って来たかと思うと、パニックになって叫んだ。

「だ、旦那様! 大変でございます! 借金取りが……‼」
「なんだと⁉」

 借金取りと言う言葉に、ゴーチェはアマンダから手を離すと、のしかかっているその体を蹴とばして立ち上がった。
 その間にも、玄関からバタバタという大きな足音が響いてきて、数名の男たちがダイニングに飛び込んでくる。

「な、なんだいきなり‼ 無礼だぞ‼」

 ゴーチェが叫んだが、男たちにはまったくひるんだ様子がなかった。
 それどころか、借用書を掲げて、返済の期限が過ぎたから家財を差し押さえることを宣言すると、ソファや机、棚などをあっという間に差し押さえていく。
 床に転がっているアマンダは、耳を飾っていたイヤリングとネックレスをはぎ取られて悲鳴を上げた。

「ちょっと、いや! 待ちなさい!」

 男たちが二階に上がっていくのを見て、アマンダが乱れた髪もそのままに慌てて追いかける。

「やめてちょうだい! それはわたくしの大切な……! いやあああ‼」

 ドレスや宝石類をすべて押収されて、アマンダが半狂乱になって叫んだ。
 ゴーチェは茫然と、運び出されていくソファやテーブルを見つめている。
 男たちはあっという間に金目の物を押収して去っていった。
 がらんとしたダイニングの床に、ゴーチェがへなへなと膝をつく。
 そして――

「……セレアめ! 絶対に、絶対に探し出してやるからな‼」

 ダン! と拳を床に打ち付けて、太った熊のごとく、ゴーチェは咆哮した。


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