俺様公爵様は平民上がりの男爵令嬢にご執心

狭山ひびき@バカふり200万部突破

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逃亡成功!……たぶん。 1

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 レマディエ公爵領からの報告書に目を通していたジルベールは、指先で目頭をぐっと押さえて天井を仰いだ。

「ひどいな……」

 そのつぶやきを拾って、決済済みの書類をまとめていた執事のモルガンが顔を上げる。

「やはり早急に、聖女様に瘴気溜まりを浄化していただくしかないでしょうね」
「そうなんだが……」

 レマディエ公爵領では、現在三つの瘴気溜まりが確認されている。
 瘴気溜まりから発生した魔物を公爵軍が討伐して回っているが、根源を何とかしない限り堂々巡りだ。むしろ軍の疲労がたまる一方で、状況は悪化していると言える。
 魔術師に魔物が町まで入り込まないように結界を張らせているが、町に入り込まなければいいという問題でもないのだ。商人が移動中に魔物に襲われたり、農民が農作業中に襲われたりと、被害は後を絶たない。

(だが、セレアは……)

 モルガンが言う通り、セレアに瘴気溜まりを浄化してもらえば、新たに魔物が発生しなくなる分被害は食い止められる。
 しかし、セレアはいまだにジルベールとの結婚を拒んでいるのだ。
 拉致して閉じ込めているこの状況で、さらに領地に連れ帰って強制的に働かせるのは、いくら何でも良心が咎める。

 ――……おか……さん。

 庭の迷路の中で眠っていたセレアの顔を思い出す。
 セレアが拒み続けても、どこかのタイミングで強引に妻にしてしまおうともくろんでいたジルベールだったが、あの日以来、そんな気持ちはどこかへ消え失せてしまった。
 それどころか、どうすればセレアの心を守れるだろうかと考えてしまう。
 傷つけず、彼女が納得してジルベールに嫁いでくれるには、どうすればいいのだろうか、と。

「モルガン、セレアがデュフール男爵家でどんな扱いを受けていたか……いや、それを含めて、彼女が市井で暮らしていたときからここに来るまでどのような生活を送っていたか、情報を集められるか? できるだけ詳細に」
「やってみましょう」

 社交界でのセレアの情報は少ない。
 しかも、どこまでが本当でどこまでが嘘か、その信憑性も定かではなかった。
 モルガンは書類をまとめ終わると、ジルベールに一礼して部屋を出ていく。

(モルガンに任せておけば大丈夫だろうな)

 彼は、父の代からレマディエ公爵家に仕えている優秀な執事だ。
 ジルベールは情報収取は彼に任せておくことにして、執務机から立ち上がると、セレアの顔を見に彼女の部屋へ向かうことにした。

「ばーかばーかばーか!」

 ノックもせずに部屋の扉を開けると、セレアが新しく作った人形に向かって悪態をついているのが見える。

(……まあ「禿げろ」よりはましか)

 前回の人形を取り上げたら、また「ジルベール人形」を作ったらしい。
 ジルベールは何気なく自分のプラチナブロンドに手を当てた。父は髪がふさふさしていたが、先王だった祖父は晩年綺麗に禿げていた。さすがに他人事とは思えず、セレアが「禿げろ」と呪いの言葉を吐いていたときにはヒヤッとしたものだ。

「君は飽きもせずにまたやっているのか」

 背後から声をかけると、セレアがはじかれたように振り返った。

「ちょっと勝手に入ってこないで‼」
「ここは俺の家だ」
「だからって、淑女の部屋に断りなく入ってくるなんて、最低!」
「淑女だと言うのなら、少しくらい淑女らしくしたらどうなんだ。少なくとも淑女は人形に向かって悪態なんてつかないぞ」
「人形に悪態はつかないかもしれないけど、人の背中をヒールで踏みつけたりはするんでしょうよ」
「は?」
「なんでもない」

 ツン、とセレアはそっぽを向いた。
 レマディエ公爵邸に来てから二週間が経ったというのに、セレアは一向にジルベールに心を許してくれない。
 ジルベールは肩をすくめて、彼女の隣に座った。

「ちょっと、あっちにもソファがあるんだから、わざわざ隣に来ないでよ!」

 すかさずセレアが文句を言う。
 しかしいつものことなので、ジルベールは聞こえなかったふりをしてやり過ごした。
 セレア付きにしたメイドのニナに、ティーセットを用意するように頼む。
 すると、セレアがぴたりと文句をやめたから、ジルベールは噴き出しそうになった。
 悪態はつくが、ジルベールが来ると用意されるお茶とお菓子は気に入っているらしい。
 ニナがティーセットを用意して戻ってくると、わかりやすくセレアの機嫌がよくなった。

(たかだか菓子でころっと機嫌がよくなるんだから面白いよな)

 こういうところは、可愛らしいと思う。

「今日はチーズケーキだぁ」
「珍しくもなんともないだろう?」
「そんなことないわ。チーズは高級品だから」
(平民にはそうかもしれないが……)

 少なくとも、ジルベールにはチーズは珍しくもなんともない普通の食べ物だ。嫌いではないが、別段心が躍るものでもない。
 しかしせっかくセレアが喜んでいるのだ。余計なことを言って水を差すものではないなと思いなおし、ジルベールは自分の目の前に用意されたチーズケーキの皿を彼女の前に置いた。
 もぐもぐとチーズケーキを食べながら、セレアがきょとんと顔を上げる。

「気に入っているなら俺のもやろう」
「いいの?」

 ジルベールのことが嫌いなくせに、こういう時は素直に喜ぶらしい。
 ジルベールの中で、ちょっとだけ意地悪な気持ちが頭をもたげた。
 にやりと口端を上げると、必死になってチーズケーキに夢中になっているセレアの顔を覗き込む。

「『ありがとう』と言ったらな」
「ありがとう!」

 抵抗を見せるかと思ったら、セレアがあっさり礼を言って、ジルベールは虚を突かれてしまった。

「……普段もそのくらい素直だと可愛げがあるんだが…………」
「何か言った?」
「いや」

 せっかく上機嫌なのだから、これ以上の皮肉は言わない方がいいだろう。
 案外、お菓子で釣ればセレアはあっさり結婚を承諾してくれるのではなかろうかと、ジルベールはティーカップに口をつけつつ彼女を見やって、苦笑した。


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