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お猫様はどこに消えた!?
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ロゼインブルク国の国王であるオルフェリウスは、すこぶる機嫌が悪かった。
執務机に向かう眉間には深い皺が寄り、手元の書類は一向に進まない。
背後にある窓の外が、雲一つない青空だというのにもなぜか腹が立ってくる始末だ。
なぜなら自分はこんなにもイライラしているのに、――春のうららかな日差しに嘲笑われているかのようだ!
オルフェリウスは数時間前――、昼食前のことを思い出した。
午前の仕事を終えて、昼食までのんびりと読書でも楽しもうと考えていたオルフェリウスは、突然母である王太后に呼び出された。
政治的なことはまったくわからないお嬢様育ちの王太后は、夫である前王が他界してから、普段は城の離れにある邸でのんびりと暮らしていた。
もちろん、城の中にもいまだに王太后の部屋は残っているのだが、彼女はわずらわしい城での生活を嫌がり、離れの邸で猫に囲まれて生活している。
オルフェリウスは猫が嫌いなので、母の暮らす邸にはよほどのことがない限り寄り付かないのだが、さすがに呼び出されれば無視はできない。
(あのばばぁ、今度は何を思いついたんだ)
オルフェリウスは内心で毒づいた。
王太后はのんびりおっとりした性格だが、言い出したら人の意見を聞かない頑固で面倒くさい一面も持っている。
そして、突然の思い付きでオルフェリウスを呼びつけては面倒ごとを押しつける、非常に傍迷惑な母親だった。
どうやら彼女は、息子は自分の言うことを何でも聞く召使か何かだと思っているらしい。
しかし、面倒だからと適当な理由をつけて断れば、彼女の機嫌はすこぶる悪くなり、まわりまわって結局自分に戻ってくる。
どうあっても相手をしなくてはいけないのなら、被る被害は最小限にとどめておきたい。
オルフェリウスが渋々離れの邸に向かうと、オルフェリウスを出迎えたメイドは真っ青な顔をしていた。
これは面倒レベルが高いな――、瞬時にそう察したオルフェリウスは、いったん出直そうかと考えたが、それより先に「オルフェ!」と悲鳴に似た母の声が聞こえてきて、逃亡は不可能だと悟った。
「オルフェ! オルフェリウスちゃん! わたくしの可愛い坊や――」
せめて坊やはやめてくれと思ったが、オルフェリウスは内心の苛立ちをおくびにも見せず、優雅な微笑みを浮かべて駆け寄ってくる母を抱きしめた。
「どうしました、母上。そんなに慌てて、あなたらしくもない」
息子に優しく抱きしめられた王太后は、瞳を潤ませて麗しい自分の息子を見上げる。
「フランソワーズが……、フランソワーズちゃんがいないの!」
誰だそれは、知らねーよ、と思ったが、オルフェリウスはやはり考えていることは顔には出さなかった。
オルフェリウスは動転している王太后をなだめて居間に連れて行き――、思わずうっと唸り声をあげる。
そこには何匹もの猫が我が物顔で存在していたのだ。
日の当たる窓際で丸くなっていたり、テーブルの上を歩いていたり――、挙句に壁で爪とぎをしている猫を見たときは、オルフェリウスは「つまみ出せ!」と叫びたくなった。
しかし、オルフェリウスは深呼吸をすると、猫の存在を綺麗に視界から無視をして、王太后を猫の毛だらけのソファに座らせる。オルフェリウスは服に猫の毛がつくのが嫌だったから立ったままだ。
「母上――、それで、フランソワーズとは誰ですか?」
すると、王太后は涙で潤んだ目をキッとつり上げた。
「まあ、あなたも会ったことがあるはずなのに、わすれてしまったの!?」
オルフェリウスは戸惑った。彼は記憶力がいい方である。フランソワーズという名前から女であろうことは想像がつくが――少なくとも、王太后に紹介された女を忘れることはないはずだ。理由は簡単、忘れたあとが面倒だからだ。
オルフェリウスは一度、王太后から女性を紹介された時に、激務続きで疲れていて、適当にあしらってしまったことがあった。その記憶はきれいに頭の隅に追いやられて、しばらく経ったある日――、なぜかその女が自分の婚約者に内定しそうになっていたのである!
あの時の恐怖は今も忘れない。
王太后は「あら、アクアリア嬢は可愛いってあなたも言っていたじゃないの」と言ったが、オルフェリウスにはその記憶は全くない。どうやら、王太后に紹介されていたことをすっかり忘れて、アクアリアのことを、彼女が飼っている猫の一匹だと勘違いして適当に相槌を打っていたらしかった。
その時は慌ててその女の粗探しをして、婚約が内定する前につぶすことに成功したが、次も同じことが起こると想像するだけで鳥肌が立つ。
結果、オルフェリウスは王太后に紹介された女は忘れてはならない――、という教訓を心に刻んだのだ。
(誰だフランソワーズって、知らないぞ!)
脳をフル稼働させて過去の記憶を手繰り寄せてみたが、フランソワーズという名前の女を紹介されたことはないはずだ。
(この前絵姿を持ってこられた大臣の娘はエレーネだったよな? その前はイライザ……、その前は――)
オルフェリウスが内心冷や汗をかきながら記憶を探っていると、拗ねたように口を尖らせた王太后が答えをくれた。
「もう! 半年前に我が家にお迎えした青い目をした子猫ちゃんのことを忘れちゃったの? 薄いブラウンの毛並みのかわいい子よ! あなたも可愛いって言っていたじゃないの」
(猫かよ!)
オルフェリウスの額に青筋が浮かんだが、彼は笑みを崩さなかった。
「ああ、あの猫ですか……、心配ですね。きっとじきに戻ってきますよ」
呼びつけられた用事がたかだか猫がいなくなったというどうでもいいもので、オルフェリウスはうんざりとしたが、それでも優しい息子の仮面は崩さない。
さっさと切り上げて城に戻ろう。そう思って、母親をなだめにかかったのだが、王太后はなかなか聞き分けのない女性だった。
「もう三日も戻ってこないのよ! そんな悠長に構えていられないわ!」
(たかだか三日じゃないか! どうせ屋根裏でネズミでも追いかけているんだろうよ!)
「母上……、猫は気まぐれなものです。もう少し待ってみましょう、ね?」
「だめよ! だって、いつもはちゃんとお城の庭で遊んだ後に戻ってくるもの!」
……ん?
城の庭と言ったか?
オルフェリウスは嫌な予感がして、王太后に訊ねてみた。
「……母上、いつもはその、猫たちは城の庭で遊んでいるのですか?」
王太后はきょんとした顔をした。
「あたりまえでしょう? ほかにこの子たちが自由に遊べるところなんてないじゃない」
(城の庭も自由に遊ばれては困るんだけどな!)
どうやら王太后は、買っている猫を自由に邸の外に遊びに行けるようにしているらしい。そして、その猫たちは、よりにもよって城の庭を我が物顔で荒らしまくっているのだ!
オルフェリウスは居間の中でくつろいでいる猫たちをすべて捨ててきたくなったが、そこはぐっと我慢して、母親をこう諭した。
「母上、邸の外は危険がいっぱいです。猫たちに何かあっては大変ですから、邸から出すのはおやめになった方がいいと思いますよ」
すると王太后は、今回フランソワーズが戻ってこなくなって心が弱っているためか、素直に「そうね」と頷いた。
(よし!)
オルフェリウスは心の中でガッツポーズを決めたが、母親にぎゅっと手を握りしめられて我に返る。
「オルフェちゃん、フランソワーズちゃんを探してちょうだい!」
「………………え?」
オルフェリウスは目を丸くした。
王太后は、一国の国王であるオルフェリウスに、一匹の猫の捜索をしろと言っているのである。
「オルフェちゃんが近衛隊に命じてくれればきっとすぐよね」
近衛隊は、そんなくだらないことに使っていいものではないから!
仮にも元王妃で、王太后である女の口から出る言葉とは思えなかった。
オルフェリウスは頭痛を覚えながらも、ここで頷かなければいつまでも拘束されるのは目に見えているので、渋々首を縦に振る。
「……わかりました。近衛隊はさておき、私もフランソワーズを探してみましょう」
見つからなかったときの王太后の機嫌を想像して――、オルフェリウスは吐きそうになった。
執務机に向かう眉間には深い皺が寄り、手元の書類は一向に進まない。
背後にある窓の外が、雲一つない青空だというのにもなぜか腹が立ってくる始末だ。
なぜなら自分はこんなにもイライラしているのに、――春のうららかな日差しに嘲笑われているかのようだ!
オルフェリウスは数時間前――、昼食前のことを思い出した。
午前の仕事を終えて、昼食までのんびりと読書でも楽しもうと考えていたオルフェリウスは、突然母である王太后に呼び出された。
政治的なことはまったくわからないお嬢様育ちの王太后は、夫である前王が他界してから、普段は城の離れにある邸でのんびりと暮らしていた。
もちろん、城の中にもいまだに王太后の部屋は残っているのだが、彼女はわずらわしい城での生活を嫌がり、離れの邸で猫に囲まれて生活している。
オルフェリウスは猫が嫌いなので、母の暮らす邸にはよほどのことがない限り寄り付かないのだが、さすがに呼び出されれば無視はできない。
(あのばばぁ、今度は何を思いついたんだ)
オルフェリウスは内心で毒づいた。
王太后はのんびりおっとりした性格だが、言い出したら人の意見を聞かない頑固で面倒くさい一面も持っている。
そして、突然の思い付きでオルフェリウスを呼びつけては面倒ごとを押しつける、非常に傍迷惑な母親だった。
どうやら彼女は、息子は自分の言うことを何でも聞く召使か何かだと思っているらしい。
しかし、面倒だからと適当な理由をつけて断れば、彼女の機嫌はすこぶる悪くなり、まわりまわって結局自分に戻ってくる。
どうあっても相手をしなくてはいけないのなら、被る被害は最小限にとどめておきたい。
オルフェリウスが渋々離れの邸に向かうと、オルフェリウスを出迎えたメイドは真っ青な顔をしていた。
これは面倒レベルが高いな――、瞬時にそう察したオルフェリウスは、いったん出直そうかと考えたが、それより先に「オルフェ!」と悲鳴に似た母の声が聞こえてきて、逃亡は不可能だと悟った。
「オルフェ! オルフェリウスちゃん! わたくしの可愛い坊や――」
せめて坊やはやめてくれと思ったが、オルフェリウスは内心の苛立ちをおくびにも見せず、優雅な微笑みを浮かべて駆け寄ってくる母を抱きしめた。
「どうしました、母上。そんなに慌てて、あなたらしくもない」
息子に優しく抱きしめられた王太后は、瞳を潤ませて麗しい自分の息子を見上げる。
「フランソワーズが……、フランソワーズちゃんがいないの!」
誰だそれは、知らねーよ、と思ったが、オルフェリウスはやはり考えていることは顔には出さなかった。
オルフェリウスは動転している王太后をなだめて居間に連れて行き――、思わずうっと唸り声をあげる。
そこには何匹もの猫が我が物顔で存在していたのだ。
日の当たる窓際で丸くなっていたり、テーブルの上を歩いていたり――、挙句に壁で爪とぎをしている猫を見たときは、オルフェリウスは「つまみ出せ!」と叫びたくなった。
しかし、オルフェリウスは深呼吸をすると、猫の存在を綺麗に視界から無視をして、王太后を猫の毛だらけのソファに座らせる。オルフェリウスは服に猫の毛がつくのが嫌だったから立ったままだ。
「母上――、それで、フランソワーズとは誰ですか?」
すると、王太后は涙で潤んだ目をキッとつり上げた。
「まあ、あなたも会ったことがあるはずなのに、わすれてしまったの!?」
オルフェリウスは戸惑った。彼は記憶力がいい方である。フランソワーズという名前から女であろうことは想像がつくが――少なくとも、王太后に紹介された女を忘れることはないはずだ。理由は簡単、忘れたあとが面倒だからだ。
オルフェリウスは一度、王太后から女性を紹介された時に、激務続きで疲れていて、適当にあしらってしまったことがあった。その記憶はきれいに頭の隅に追いやられて、しばらく経ったある日――、なぜかその女が自分の婚約者に内定しそうになっていたのである!
あの時の恐怖は今も忘れない。
王太后は「あら、アクアリア嬢は可愛いってあなたも言っていたじゃないの」と言ったが、オルフェリウスにはその記憶は全くない。どうやら、王太后に紹介されていたことをすっかり忘れて、アクアリアのことを、彼女が飼っている猫の一匹だと勘違いして適当に相槌を打っていたらしかった。
その時は慌ててその女の粗探しをして、婚約が内定する前につぶすことに成功したが、次も同じことが起こると想像するだけで鳥肌が立つ。
結果、オルフェリウスは王太后に紹介された女は忘れてはならない――、という教訓を心に刻んだのだ。
(誰だフランソワーズって、知らないぞ!)
脳をフル稼働させて過去の記憶を手繰り寄せてみたが、フランソワーズという名前の女を紹介されたことはないはずだ。
(この前絵姿を持ってこられた大臣の娘はエレーネだったよな? その前はイライザ……、その前は――)
オルフェリウスが内心冷や汗をかきながら記憶を探っていると、拗ねたように口を尖らせた王太后が答えをくれた。
「もう! 半年前に我が家にお迎えした青い目をした子猫ちゃんのことを忘れちゃったの? 薄いブラウンの毛並みのかわいい子よ! あなたも可愛いって言っていたじゃないの」
(猫かよ!)
オルフェリウスの額に青筋が浮かんだが、彼は笑みを崩さなかった。
「ああ、あの猫ですか……、心配ですね。きっとじきに戻ってきますよ」
呼びつけられた用事がたかだか猫がいなくなったというどうでもいいもので、オルフェリウスはうんざりとしたが、それでも優しい息子の仮面は崩さない。
さっさと切り上げて城に戻ろう。そう思って、母親をなだめにかかったのだが、王太后はなかなか聞き分けのない女性だった。
「もう三日も戻ってこないのよ! そんな悠長に構えていられないわ!」
(たかだか三日じゃないか! どうせ屋根裏でネズミでも追いかけているんだろうよ!)
「母上……、猫は気まぐれなものです。もう少し待ってみましょう、ね?」
「だめよ! だって、いつもはちゃんとお城の庭で遊んだ後に戻ってくるもの!」
……ん?
城の庭と言ったか?
オルフェリウスは嫌な予感がして、王太后に訊ねてみた。
「……母上、いつもはその、猫たちは城の庭で遊んでいるのですか?」
王太后はきょんとした顔をした。
「あたりまえでしょう? ほかにこの子たちが自由に遊べるところなんてないじゃない」
(城の庭も自由に遊ばれては困るんだけどな!)
どうやら王太后は、買っている猫を自由に邸の外に遊びに行けるようにしているらしい。そして、その猫たちは、よりにもよって城の庭を我が物顔で荒らしまくっているのだ!
オルフェリウスは居間の中でくつろいでいる猫たちをすべて捨ててきたくなったが、そこはぐっと我慢して、母親をこう諭した。
「母上、邸の外は危険がいっぱいです。猫たちに何かあっては大変ですから、邸から出すのはおやめになった方がいいと思いますよ」
すると王太后は、今回フランソワーズが戻ってこなくなって心が弱っているためか、素直に「そうね」と頷いた。
(よし!)
オルフェリウスは心の中でガッツポーズを決めたが、母親にぎゅっと手を握りしめられて我に返る。
「オルフェちゃん、フランソワーズちゃんを探してちょうだい!」
「………………え?」
オルフェリウスは目を丸くした。
王太后は、一国の国王であるオルフェリウスに、一匹の猫の捜索をしろと言っているのである。
「オルフェちゃんが近衛隊に命じてくれればきっとすぐよね」
近衛隊は、そんなくだらないことに使っていいものではないから!
仮にも元王妃で、王太后である女の口から出る言葉とは思えなかった。
オルフェリウスは頭痛を覚えながらも、ここで頷かなければいつまでも拘束されるのは目に見えているので、渋々首を縦に振る。
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