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第一〇章 崩落

崩落(2)

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 ――盗作疑惑?

 耳を疑った。でも真白先生は確かにそう言った。
 この問題は職員室ではまだ真白先生、そして校長先生と教頭先生の三人の胸のうちに留めてあるという。――だからまず事実関係を把握したいのだ、と真白先生は言った。
 その時の真白先生の口調に詭弁めいたものは――何一つなかった。

 隣を見る。明莉もまたショックを受けている様子だった。
 驚いたのか、不安なのか、思い当たる節があるのか。
 その目は少し泳いでいた。――でも明莉が盗作なんてするはずがない!

 それはずっと一緒に生きてきた幼馴染の自分が一番よく知っている。

 もちろん僕自身は盗作なんて絶対にしない。
 ゆえにそれは言いがかりに間違いなかった。

「――どういうことですか? 僕らは盗作なんてしていません――絶対に。何かの間違いじゃないんですか?」
「僕も君たち生徒の声を信じたいよ。……でもコンテスト主催団体側からその証拠までご丁寧に示されては、教職員としてはどうしようもないんだ」
「――証拠? 盗作のですか?」

 そんな馬鹿な話があるか。
 僕らは自分たちで撮影した素材で、自分たちの作品を制作したのだ。
 ――盗作なんかになるはずがない。

「ああ、そうだ。教頭先生と校長先生含めて、僕も確認した。――ハッキリしていたよ」
「――具体的に教えてもらえませんか……? その証拠って、何ですか? 盗作って、具体的にはどういうことなんですか?」

 真白先生は「わかった」と頷き、経緯を説明した。
 それは僕と明莉の作品と佐渡先輩の作品の二作品に掛かった疑惑だった。

 佐渡先輩の作品と、僕らの作品に全く同じ動画クリップがかなり長時間に渡って使われていたのだ。お互いの作品のクレジットには自分たちの名前しか入っていない。ゆえにどちらかがどちらかの動画クリップを流用したことになる。合意の上の使用であればまだましだが、無断の使用であれば盗作だ。 

 なお、では合意の上ということにすれば、完全に大丈夫かといえばそうでもない。
 複数の作品での内容重複はコンテスト規約上禁止されており、両方が資格剥奪ということになる。上手く理由がつけば一方だけの取り下げで許されるかもしれないが――。

「――僕にはまったく覚えがありません。こんなことを言ったら何ですが、もしそれが本当なら――怪しいのは佐渡先輩の方じゃないですか?」

 人間的な部分を考えたら、佐渡先輩ならやりかねない気がする。
 でもそれは日常行動での話である。
 こと映像制作に関しては、佐渡先輩がそういうことをする先輩だとは思いたくなかった。

 映像制作に関しては、真摯に取り組む先輩だと思っていた。
 先輩が僕らの動画ファイルを盗んだのだろうか? でもどうして? どうやって?

「そう言うと思ったよ。――でもな悠木くん。それは彼にとっても同じなんだよ。彼は君たちの方が動画ファイルを自分に対して無断使用したのだと主張している」
「どういうことですか? 佐渡先輩は何て――言っているんですか?」

 どう考えてもその主張は事実無根だった。
 用いた動画ファイルはアイキャッチに入れる著作権フリーの静止画素材などを除いては、全て僕と明莉で撮影したものだった。
 佐渡先輩とのファイルのやり取りなんて、一度だってしていない。
 ――少なくとも僕は。

「彼はこう言っているんだよ。該当部分の動画は篠宮さんが彼に提供したものだと。篠宮さんのチームはその動画は用いないということで、使っても良い素材として提供してもらったのだから、自分が用いたんだと。もし悠木・篠宮チームがそれを用いていたのならば、それは悠木くんたちの方の約束違反――不正行為だと」

 初めて聞く話だった。僕は隣に立つボブヘアの幼馴染に視線を動かす。

「――明莉? 本当なのか? ……そんなことしていないよな?」

 彼女は細かく首を左右に振った。狼狽するように。
 そして僕の顔を見上げた。ちょっと縋るように。誤解を解こうとお願いするみたいに。

「――誤解だよ。――誤解! 信じて、秋翔くん!」
「ああ、信じているよ、明莉。僕は明莉のことを信じている。でも、それじゃあ、どうして佐渡先輩は僕らの動画ファイルを持っていたんだ? ……明莉は佐渡先輩に見せていないんだよね?」

 僕がそう尋ねると、明莉は視線をそろりと逸して、答えにくそうな表情を浮かべた。

「――ごめん、『見せ』はしたんだ。……違うよっ? 使ってもいいって渡したわけじゃないんだよ? ただ参考に見せて欲しいって言われたから。……ほら、佐渡先輩、品評会に来なかったでしょ? 理由があって行けなかったけれど、内容に関して聞いて興味があるから、ちょっと参考に見せてほしいって……。私――断れなくて」
「それで――見せたの? でも見せただけじゃ動画ファイルを渡すことにはならないよね?」
「う……うん。そうなんだけど、直接先輩と会って見せるのも、アレだったから。動画ファイルをそのままリンク共有したんだ」

 リンク共有はクラウドストレージに置いたファイルに関してURLを発行し、他人から閲覧可能にするやりかただ。――いろいろ権限設定は出来るのだけれど。

「リンク共有……。でも、ダウンロードは禁止に……したんだよね?」
「う……うん。そのあたり、ちょっと分かっていなくて……ダウンロード出来たの……かも……しれない。――ごめんなさい。秋翔くん」

 明莉はそう言って泣きそうな顔で俯いた。僕は静かに溜息を吐いた。
 十中八九それが原因で間違いないだろう。

「――真白先生。今聞いたとおりです。そういう経緯なんだと思います。明莉が参考に見せたファイルを佐渡先輩が勝手に使用した。……そういうことなんじゃないですか?」
「――まぁ、そうみたいだな。君たちにとってみれば。その経緯に関しては、佐渡くんの説明とも一致している。だから……信用に足ると思う――」
「じゃあ、盗作をしたのは佐渡先輩で決定じゃないですか。――悪いけど、佐渡先輩には今回盗作を認めて、辞退してもらうしかないんだと思います」

 僕がそう結論づけようとすると、真白先生は右手を僕に向けて広げ、制止した。

「結論を急ぐんじゃないよ、悠木くん。大まかな経緯は一致している。篠宮さんからリンク共有でファイルが佐渡くんに渡されたという経緯はね。――でもそのファイル授受の意味が、二者間で大きく食い違っているんだよ……」
「――どういうことですか?」
「君たちはあくまで『参考として』ファイルを渡したのだと主張するのだろう? でもね、佐渡くん側の主張は違うんだ。コンテストに応募する映像作品用に篠宮さんから動画ファイルの提供を受けたと言うんだよ。――その辺りどうなんだい? 篠宮さん」

 明莉が発言を求められた。僕は隣の彼女へと振り向く。
 僕と真白先生の視線が彼女へと集まった。
 彼女は困ったように、放送部室の床に視線を落とした。

「――言っていないと……思います」
「……思います? どういうこと? 明莉? ――参考で見せただけなんだよね?」
「も……もちろん、そのつもりだけど……」
「……つもり……って?」

 彼女は顔を上げる。その白い肌はいつもより蒼白で、目は泣きそうに潤んでいた。

「――覚えてないよ。その時、先輩と何を話したのかなんて……。『使っていい』なんて言っていないと思うけど。……思うけど」

 何か誤解されるようなことを言っていないとも言い切れない――ということだろうか。

「メールの証拠とかは、残っていないんですか? 何か明莉や佐渡先輩の発言を残したような?」

 真白先生はゆっくりと首を左右に振った。

「そういう文書ベースの証拠が残っていれば良いのだけれどね。――二人のメールでのやりとりはそのURLだけで、いかにも詳しいことは口頭で話したという感じだったよ。――だから『真実は藪の中』。――教員側としてはどちらが犯人とも、決めつけられないわけさ」

 つまりは、明莉がURL経由で渡したファイルを佐渡先輩が無断使用していれば、佐渡先輩の盗用であり、違反行為。
 これに対して、もし明莉が佐渡先輩の言った通りのことを口にしていれば、僕らの方が不注意なり故意で佐渡先輩の用いる予定の動画ファイルを用いてしまったのだから、僕と明莉のチームの方が違反行為。
 そしてどちらともつかず、明莉が意図して両方に同じ動画ファイルを提供して、映像作品を完成させて投稿していたのであれば、両者とも規約違反。二作品とも失格になるのだ。

 結局、本当のところを知っているのは、明莉と佐渡先輩だけ。
 ――僕に出来るのは明莉を信じることだけだった。

 僕は何一つ不正をしていないし、明莉のことも信じている。
 それでも僕らが浮かれた陽気から、寒風の地べたへと叩き落されたのは間違いなかった。

 僕と明莉は俯いた。僕らは自分たちの無実を証明したい。
 放送部から二作品受賞するはずだった僕らの作品は、でもどうあがいても良くて一作品受賞、悪ければ両方受賞取り消しということになったみたいだ。
 そして両者の主張は食い違っている。そのどちらが正しいかを決定する証拠はない。

「結局、真実は藪の中――か」

 真白先生は顎に手を添えて、黒縁眼鏡の悩ましげに眉を寄せた。


 それから数日後、僕と明莉は校長室へと呼び出された。
 放課後の校長室には、校長先生と教頭先生、そして真白先生が待っていた。

 日頃座ることのない豪勢な応接セットのソファに座るように僕らは言われた。
 そんな一年生の男女二人を、三人の大人が取り囲むように座った。

 簡単な前置きの後に本題へと入ると、教頭先生が口を開いた。


「申し訳ないが、君たち二人の作品をコンテストから取り下げて欲しい」
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