ずっと好きだった幼馴染が放課後に部活顧問の肉棒を咥えていて、僕はスマホで撮影した。

透衣絵ゐ

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第一〇章 崩落

崩落(3)

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 何らかの報告を受けるのだと思ってはいた。
 でもまさか僕らの作品をコンテストから取り下げることを、一方的に要請されるとは思っていなかった。

「――どうして僕らが。なんでなんですか? どう考えたって佐渡先輩なんです。明莉は嘘をついていないっ!」

 その理不尽な要求に、僕は頭に血を上らせた。

「悠木くん、落ち着きたまえ。教頭先生の話は途中だから――」
「――秋翔くん。……私は大丈夫だから……落ち着こう?」

 真白先生と明莉が、僕に冷静になるようにと促してくる。
 僕は浮かせた腰をソファへと戻した。とりあえず話を聞かないといけないみたいだ。
 もっとも、ろくな話が待っているとは思えなかったが。

「わかりました。一応、理由を聞きます。続けてください」

 僕がそう言うと、教頭先生は少し気を悪くしたような表情を作った。

「分かった。続きを話そう。――だが君たちについて『盗作疑惑』が晴れたわけでないことは理解してほしい。学校はその対応を引き続きコンテスト主催団体から求められているんだからね」

 そう言うと教頭先生は薄くなった頭髪に手を当てて、一つ溜息を吐いた。

 状況は分からなくもないが、だからってこっちは無実なのである。
 別に僕が教頭先生や校長先生に迷惑をかけているわけではない。
 そういう言い方をされるのには、理不尽さを覚えた。

「学校としてはだね、君たちの作品が盗作だという証拠を得たわけではない。一方で佐渡くんに関しても同様だ。篠宮さんから両者合意の元で動画ファイルを受け取った、という彼の主張が虚偽であると証明する証拠は得られていない。篠宮さんからの証言以外はね。――それに篠宮さん自身が、『記憶がはっきりしない』と漏らされていたとも聞く。――そうだよね? 篠宮さん?」

 教頭がフレームの細い眼鏡を押し上げる。なんだかいやらしい大人の仕草だ。

「……そ……それは。えっと――」
「明莉。――否定すべきことは否定するんだぞ」
「悠木くん。今は篠宮さんに質問しているんですよ? 君は発言を控えてください」
「――すみません」

 僕は歯噛みする。明莉の躊躇がもどかしかった。
 こういう時は明確な否定を述べなければ、真実でないものに絡み取られていくのだ。
 僕は豪奢なソファに座りながら、両手の指を交差させて握りしめた。手汗をかく。
 もじもじとして発言出来ずにいる明莉に、教頭先生は溜息をついた。

「まぁ、いいです。何れにせよ直接の利害関係者である篠宮さんの主張を聞いても、真偽を明らかにする材料にはなりません。だから本件に関しては『真実は藪の中』とせざるを得ないんです」

 教頭先生はさも尤もらしいことを言ったかのように深く頷き、僕らを睥睨した。
 
「しかしコンテストの主催団体は学校側で結論を出すことを望まれています。どちらかが盗作だったとしてその一方を取り下げるか、それとも不注意による動画の共用で二作品ともにコンテスト規約違反とするか。私たちは選ばないといけないのです」

 やっぱりそういうことにならざるを得ないのだろう。でも――だからって。

「だから――申し訳ないけれど、君たち二人の作品を盗作ということにしてコンテストから取り下げて欲しいんですよ。――もちろん『盗作』というのは言葉の綾で、実際には不注意による同一動画の使用というくらいでいいんだけどね」
「なんで――! なんで僕らが譲歩しないと、……あいつの罪を被らないといけないんですか!?」

 思わず声を荒げてしまう。真白先生が「――悠木」と小さく制止する。
 怒りを抑えられない僕に対して、今度は校長先生が口を開いた。

「真実が藪の中――ならば、私たちは目を塞いだままであってもその中から何かを掴み取らなければならない。――本学園としては折角のコンテスト受賞の機会をみすみす逃したくはない。これは君たちと同じだと思うがね? ただこうなってしまった以上、二件は難しくても、一件は確保したいのだよ。できるなら『佳作』よりも『審査員特別賞』を――。わかるね?」

 学校の利益しか考えない、理解はできるが全く同意出来ない理屈だった。
 コンテストへの応募は学校のためにやっているんじゃない。
 あくまで僕ら一人ひとりの創作であり、努力なのだ。
 そんなところに――学校の利益を持ち込まないでほしい。
 明莉は――明莉は盗用なんてやっていない。僕らの作品は盗作なんかじゃない!

「――それからね。これからが話すことがより重大なんだが……。実はここだけの話、佐渡くんが進学する予定先の大学の耳に、この話が入ってしまってね。もしこの案件で佐渡くんんが有罪となれば『推薦の取り消し』が発生しうると……言われてしまったんだよ」
「――そ……そんな」

 佐渡先輩が推薦を得ているのは首都圏の有力私立大学だ。僕らの高校からも進学希望者は多く、毎年、少数の推薦枠に希望者が殺到する。今年は成績優秀な佐渡先輩がその席を射止めていた。

「さらに言えばね。そういう取り消しが起きると、しばしば次の年以降の推薦枠の削減に繋がるんだよ……」

 それは――困る。僕自身もその大学への進学は考えないではないのだ。もっとも出席日数不足で、僕自身が推薦枠に滑り込める気はしないのだけれど。
 ただ明莉が――明莉だってあの「大学には行きたいかもしれない」って言っていた。進学する可能性があるのだ。それに仲の良い二年生の先輩だって……。

「――もう僕らと佐渡先輩のどっちが正しいことを言っているかとか、――そういう話じゃないんですね?」
「まぁ、私の口からはそこまではっきりとは言えないのだけれどね――。悪いとは思うんだけどな。もちろん嘘をついているのが佐渡くんで、真実を述べているのが君たちだというはっきりとした証拠があるなら、学校としても真実を貫きたい。ただそれが平行線を辿るのであれば、――学校としてはこの形で決着をつけたいと思っているのだよ。悠木くん」

 それはとんだ政治的決着だった。
 真実よりも利益を重視する。とても大人で、とても立派な。
 僕は隣に座る明莉の横顔を伺う。
 垂れたボブヘアが耳を隠して、俯いた彼女の表情を隠した。

「――明莉は、どうなんだ?」

 思うところはある。僕だって自分の利益を確保したい。受賞はしたい。
 でも明莉がどう考えるかが大切だった。
 ――僕以上に彼女が当事者なのだ。

「――ごめんね。秋翔くん。私のことは心配しないで……。私は校長先生と教頭先生の言われる内容で構わないから。多分、私の不注意なんだと思う。私のせいでこうなって、秋翔くんには迷惑をかけて、本当にごめんなんだけど……。――でも秋翔くんなら、来年、絶対もっと良い賞を貰えるよ。――佐渡先輩、今年で最後だから、有終の美を飾らせてあげようよ……。本当に――ごめんね」

 そう言う明莉の声には少しだけ嗚咽の音が混じっているような気がした。

 納得はいかない。納得はできない。
 でもそれが明莉の選択ならば――僕はそれに従うしかなかった。
 それに従った上で――自分が明莉に何をしてあげられるのかを考えるしかなかった。

 明莉がそう吐露すると。教頭先生と校長先生は露骨に安堵した表情を浮かべた。
 そしてさっそく何やら相談を始める。
 真白先生は手を組んだまま、応接セット中央のテーブルに置かれた灰皿を凝視していた。

 隣を見ると、明莉が俯いて泣きそうな顔をしていた。
 ずっと好きだった幼馴染が、泣きそうな顔をしていた。
 僕は彼女を守らなきゃいけない。彼女に罪は似合わない。
 もしも彼女に追わねばならない罪があるならば、それは全て僕のものだ。
 僕は彼女を守るために存在する。彼女が全ての罪から赦されるために。

「先生。その決定に僕らは従います。――でも僕に一つだけ選ばせてください」
「――なんだい? 何でも言ってみるといい」

 そうやって神妙に頷く教頭先生の目は既に安堵の笑みを浮かべていた。
 理不尽さを覚えざるをえなかったけれど、僕は自分の意思を貫くと決めた。

「僕らのグループは盗用をした。それは――それでいいです。でもそれをやったのは僕だ。――明莉じゃない。佐渡先輩にデータを渡したのは明莉かもしれない。でも本事案の責任は僕にある。もしコンテストの主催団体に報告する時や、何か別のところで説明が必要な時は――そうしてください」
「――秋翔くん……」
「いいんだ。別に何か特別なことがあるわけじゃない。――きっと。真実じゃなくても虚構であっても、こういう事の詳細は、明確にしておいた方がいいんだ。だから――」
「――でも。……悪いよ」
「いいさ。――明莉を守ることが出来るなら、それが僕の本望だから」

 僕は――君のことが好きだから。

 その言葉に教頭先生は大きく頷いた。とても満足気に。

「――わかった。まぁそういう詳細を報告することは無いと思うがね。このメンバーの中ではそういうことにしておこう。チームの中での責任は君が被る。篠宮さんは無実だということだね? ――真白先生もそれで良いですかな?」
「……いいですよ」
 
 一人掛けのソファに腰を下ろしていた真白先生は頷いた。
 顔を上げた真白先生と一瞬目が合った。
 その口元が意味ありげに微笑んでいる気がした。
 でもこの時の僕は、その真白先生の笑みに、何の意味も見いださなかったのだ。
 ただ一瞬違和感を覚えて、そして受け流したのだ。

「悠木くん、篠宮さん、ご協力を感謝する。助かるよ。正直二人にも忸怩たる思いがあるとは思う。だが今回は私たちに免じてなんとか堪えて欲しい。このお礼はどこかで必ずしたいとは思う。――それから君たちの――いや悠木くんの盗作に関する事実は最低限の関係者に閉じて、それ以上に口外はしないようにしよう。他の生徒や教職員は知らないでよいことだからね。――だから君たちはこれからの学園生活も安心して、勉学と課外活動に励んでもらいたい」

 そう教頭先生が言うと先生方は立ち上がった。
 僕と明莉も立ち上がり校長室を辞した。

 僕たちは譲歩した。悔しさはあった。佳作でも受賞したかった。

 それでもどこかで「仕方なさ」みたいな諦めの感情を持っていた。
 自分に過失のない交通事故にでも遭遇したような感覚。
 だから明莉の「ごめんね」の言葉にもただ「いいよ」と返したのだった。

 それに僕の作品が佳作まで残ったのは事実なのだ。
 その評価はもう、それ自体で十分に嬉しかった。
 僕の作品は評価されたのだ。
 実際の受賞で貰える副賞の図書券なんてそれに比べれば些細なものだった。
 
 だから、盗作疑惑に関して秘密が守られるのなら、僕が失うものは少ないと思った。

 ――秘密が守られるのであれば。

 果たして秘密は――守られなかった。

 僕が盗作を行ったという噂は一瞬にして学校中に広まった。

 そして僕の日常は崩れ始めた。
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