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第八章 勉強会

勉強会(1)

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 家につくまで、射精後の倦怠感は続いた。
 ファミレスの男女共用トイレで香奈恵さんの膣内に子種を放った。
 その後の僕は言いしれぬ充実感と喪失感を、共に抱いていた。

 明莉と同じ電車に乗って、二人が住む街へと向かう。
 ――その間、少しだけ話した。

 香奈恵さんのこととか、偽装恋愛のこととか。
 真白先生のことについては、僕も彼女も触れなかった。

 僕は偽装恋愛のことに関して、水上と森さんには最低限のことを話していたから、その内容について明莉にも共有した。
 少しでも外部に漏らした秘密の程度は、二人の共通認識として持っておく必要がある。

「――あの二人なら大丈夫じゃないかな?」
「僕もそう思うけどね」

 水上はさておき、森さんは信用できる女の子だって思えた。
 もちろん水上も悪いやつじゃない。
 軽薄そうな見た目に反して、純情で真面目なやつだと、僕は知っている。

 それでも流されやすいところとか、少し不安なところもなくはないのだ。
 秘密を共有するにしても、少し注意しないといけない、と思っていた。

 ――まぁ、男同士だからこその警戒感みたいなものもあると思うのだけれど。

「――水上くんは信頼できそうよね。彼にならもう少し深く相談してもいいのかも?」
「――え?」
「――ん? どうかした? 秋翔くん?」

 僕のリアクションに明莉は首を傾げる

「水上くんって、秋翔くんの親友なんだよね? 二年生になってから特に仲良しだし――」
「うん、まぁ、そうなんだけどね」

 どうやら明莉から見た水上と森さんのイメージは、僕とは少し違うみたいだ。
 でも、まぁ、それはそれで構わないかな、とも思う。――人それぞれだ。

 僕と明莉の二人の視点が違うなら、違って見える風景を重ねればいい。
 その時、僕らを取り巻く情景はきっとより立体的に映るのだろう。
 ――それはそれで良いことのように思えた。

 僕らを乗せた電車は夕日の中を進む。
 車窓から見える僕らの街は琥珀に輝いていた。

 やがて車両は目的地に到着し、僕は明莉と同じ駅で一緒に降りる。
 改札を出た僕らは、お互いに手を振って別れた。

 そうやって僕らの――偽装恋愛三日目が終わった。


 ※


「ただいま~」

 鍵を開けて、玄関のノブを回す。
 自宅に帰る時にには、ちゃんと帰宅の挨拶をする。
 わが家に染み付いたこの習慣は、悪くないものだと思っている。
 明莉と結婚して家庭を持って子供が生まれたら、家族みんなで守りたいルールだ。

 ちなみにこういう挨拶は、家に誰もいない時でもやるものだ。
 今日も誰かが家にいることなんて期待していなかった。
 母はきっとPTAの用事か、ママ友達と会っているのか、大学時代の友人と遊んでいるのか、習い事か、それとも父親以外の男友達と一緒なのか、――それは分からない。

 母親が頻繁に外出するのは彼女の自由で、僕が踏み込むべき問題ではない。
 そもそも父親が単身赴任で海外暮らしである現在、母親が家にいても何もないのだ。
 一人で家にじっとしていたら気が滅入るし、それこそおかしくなってしまうだろう。

 だから母親が自分の世界を持つことは悪いことではない。
 今年度前半は僕のせいで心配もかけてしまったから、しばらくは伸び伸びしてほしい。
 それが長男としての偽らざる気持ちだった。

 母――悠木奈那はまだ若いのだ。三十代後半。
 年齢以上に若く見える母親は、僕の姉だと間違われることもあるくらいだから。

 玄関口で視線を落とすと、靴脱場に母の黒いパンプスが揃えられずに脱がれていた。
 ――今日は家にいるみたいだ。

 脱がれた靴は、でも、急いで部屋に駆け込んだみたいな雰囲気だ。
 一人で帰って家にいるときは母も女性らしいお淑やかさを見せて、靴はきちんと並べる。
 ――何か急ぎの用でもあったのだろうか?

「――ただいまぁ~」

 もう一度声を張り上げてみる。
 家の中から返事は無かった。
 おかしいなと思って、少し耳を澄ます。
 そうすると部屋の奥の方から物音が聞こえた。

 浴室の方からだ。水滴がガラス扉に当たる音――シャワーの音。
 こんな時間から母はシャワーを浴びているみたいだ。
 ――まだ夕食前だというのに。――夏でもないのに。
 
 少し不思議に思いながらも、靴を脱いで家の中に上がった。
 制服の上から羽織ったコートを脱ぎながらリビングへと入る。
 ソファの上に鞄を置いて、コートをハンガーに掛ける。

 リビングルー厶には誰もいなかったけれど、なんだか熱気みたいなものが残っていた。
 それとなんだか知らない匂いがした。――煙草の匂い? 
 母親は煙草を吸わない。――僕ももちろん吸わない。誰か来ていたのかな?

 母親が誰かを家にあげることは珍しいけれど、そういうこともあるのかもしれない。
 PTAの関係者か、昔ながらの友達なのかは知らないけれど。

 僕は鞄を下ろしたソファに目を下ろす。
 仰向けに寝そべって形の良い乳房を上に向けた香奈恵さんの姿を思い出した。
 彼女を抱いて童貞を卒業生したのが、ほんの三日前だ。

 僕の肉棒で気持ちよさそうによがってくれた香奈恵さんのことを思うと、感謝の気持ちが湧いてくる。――そんな彼女と僕は双方向の鎖――EL-SPYで結ばれたのだ。
 明莉と僕の関係とは違う。香奈恵さんと僕はまた別の繋がりを強めているのだと思う。
 
 このソファの上で僕の肉棒を咥えてくれたその姿。
 僕が少しずつワンピースを脱がせていって見せた柔肌。
 真白香奈恵の裸体が僕の中で三次元的に視覚化されていく。

 浴室からシャワーの音が聞こえる。その音が洗面所と浴室のイメージを呼び起こす。
 香奈恵さんがスカートをたくし上げて写したショーツの写真。

 でも今、浴室でシャワーを浴びているのは僕の母親だ。
 息子から見ても若々しくて、美しい三〇代後半の母親。

 熱気の籠もったリビングの中、ソファの上の香奈恵さんに裸の母親の姿が重なった。
 一糸まとわぬ母親は、香奈恵さんよりも少しだけ緩んだ体を持て余している。
 肌を汗ばませておとがいを反らせた母の上に、見知らぬ中年男性が覆いかぶさっていた。

 ソファ脇には淡い花の模様があしらわれたショーツが脱がれて落ちている。
 ――香奈恵さんのピンク色のショーツを、鮮明に思い出した。


 洗面所へと向かう。蛇口をひねって手洗いソープで手を洗い、水を掬って顔に浴びせる。
 浴室には明かりが点いていた。くもりガラス越しに肌色の母のシルエットが動く。

 やおらシャワーの音が止まった。浴室の扉が半分だけ開く。
 母が濡れたままの顔を出した。

「――あ、あーちゃん帰ってたのね。お帰り。早かったのね」
「うん、そう? むしろ遅かったと思うんだけど?」
「え? そう? ……あ、そうなのか。うん、そうなんだね」
「――なんでシャワー?」
「ん? あぁ、ちょっとね。汗かいちゃったから」
「そうなんだ。うん、まぁ、いいけど」

 何か運動でもしてきたのだろうか。今ひとつ要領を得ない。
 でもそれ以上、母親のプライベートに踏み込むのも躊躇われた。

 くもりガラスを締めかけた母が、最後にまた顔を出した。

「――晩ごはん、少し遅くなるけれど、大丈夫?」
「ん? ――うん、大丈夫だよ。夜は特に予定も無いし」
「……ん、そう。じゃあ、勉強でもして待っていてね」

 そう言って母は浴室の扉を閉めた。
 閉める前に見えた肩から二の腕にかけた濡れた曲線が、なんだか艶めかしく感じられた。

 ――自分の母親なのに。

 頭の中でイメージの連鎖が生まれる。
 お風呂上がりの濡れた香奈恵さん。
 彼女が咥えた僕の肉棒。
 明莉が咥えた真白先生の肉棒。
 森美樹が咥えてしゃぶった僕の指先。
 僕の肉棒を受け入れた香奈恵さんの下の唇。
 その時、ソファの側に落ちていた、香奈恵さんの可愛らしいショーツ。

 洗面所に掛かっていたタオルで顔を拭いた僕の隣で壁面の棚が開いていた。
 中には洗ったタオルや、僕の着替え、ティッシュペーパーなんかが並んでいる。
 その並びの中に母親の下着を並べた籠があった。
 白色や空色やピンク色、――様々な色と柄のショーツが並べられていた。

 ちょっと気になって、そのうちいくつかを取り出して手のひらの上で広げてみる。
 どれも可愛いショーツだった。
 母親の若々しさと、女性らしさを感じさせるショーツだった。
 それは香奈恵さんのショーツのことを思い出させた。
 
 気づけば僕の股間は――勃起していた。

「――あーちゃんまだいるの? そろそろ上がるけど?」

 浴室から母親の声。

「あ、うん、もう行くから。上がっていいよ」

 僕は花柄の飾りがあしらわれた空色のショーツを一枚、ポケットの中へと忍ばせた。
 棚の戸を閉めると、僕は洗面所を出て、階段を上がり自室へと向かった。

 部屋着に着替えた僕は、疲れた体を自室のベッドへと放り投げる。
 そして一つ大きく溜息を吐いた。

 今日も一日疲れた。偽装恋愛三日目。
 香奈恵さんとの遭遇。二度目のセックス。

 ショートフィルムの締め切りが近づいているのに、編集作業はあまり進んでいない。
 素材は溜まってきているのだけれど。
 週末にでもまとまった時間を取らないといけないなぁ――なんて思った。

 何気なくスマホを取り出す。
 するとタイミング良く、新着メッセージが飛び込んできた。

『やっほー、元気? 言ってくれてた勉強会だけどさー、明日の放課後から始めない~? 撮影のお手伝いもするよ~!』

 メッセージは森美樹からだった。
 キスしているウサギのスタンプが追いかけるように届く。

 そういえばそういう約束もしていたなぁ――と思い出す。

『いいよ。女優の件もよろしくね』

 返信メッセージを送った。

 一昨日、背中に感じた森美樹の、ささやかな胸の感触を思い出しながら。

 左手はポケットの中で母親の柔らかいショーツを握りしめていた。
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