木苺ガールズロッククラブ

まゆり

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Thirteenth Transaction by サキ

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 サキは玄関に立ったまま、りり子とのやりとりを反芻していた。巻き戻してリプレイ。同じ売り言葉に、同じ買い言葉。スローモーションで何度繰り返しながら、なぜこんなことになってしまったのか、どの台詞がいけなかったのか、必死で考えても答えは出ない。
 あきらめてダイニングキッチンに戻ると、繭が泣いていた。顔には表情がなく、大きな瞳から涙だけが流れ出ている。
 サキにはどうすることもできなかった。
 いつも悪さをすることばかり考えてて、よく笑い、よく喋り、些細な人の心の動きに敏感で、いつも大げさにサキと繭を振り回したがるりり子が大好きだった。もちろん今でも好きだ。サキのために、翼を折って籠の中に帰ってしまった。
 サキは、りり子のようにゲームから降りることはできないし、繭のように泣くこともできない。どうにかしてさつきを探し出さなければならないからだ。
 さつきはどこにいるのだろう。何か他に手がかりはないだろうか。三宅は何かを知っているだろうか。でもまさかさつきの学校までは追いかけていってはいないだろう。でも、山根がどこに住んでいるかとか、何か手がかりを知っているかも知れない。ついさっきまで三人で裸で寝転がってふざけあっていた寝室に移動して、三宅に電話をかけた。
「サキよ」
「ああ、お姉さん。さつきちゃんはどこにいるんですか?」
 さすがに追っかけだけあって、すでに異変に気づいているようだ。
「ちょっと、風邪を引いたみたいで、家にいるわ」
「今朝、学校には行ったみたいだけど」
 朝も家のまわりをうろうろしているのか、こいつは。
「ああ、学校に着いた途端に気分が悪くなったらしいのよ。インフルエンザも流行ってるし。ところで、あの吉村をつけまわしてた男のことを、何でもいいから教えて」
「あの男が、どうかしましたか? さつきちゃんに何か危害を加えたとか?」
 さつきのこととなると、三宅は、妙に鼻が利く。
「ううん、昔の知り合いに似ているの。それに、何かわかったら警察の捜査に協力できるかもしれない」
 あながち嘘ではなかった。
「関わるとろくなことはないと思いますよ」
 そんなことは知っている。
「なんで?」
「吉村を殺しているかもしれないじゃないですか」
「大丈夫よ、無茶はしないわ」
「住んでいるところか、事務所かはわからないけど、出入りしていた建物を知っています」
 もっと早く聞くべきだった。無様な感傷と自己憐憫に捉われていたのが、裏目に出てしまった。
「それはどこなの?」
「……電話で説明するのは難しいです。江東区の埋め立てのあたりなんですが」
「ねえ三宅さん、いっしょに来てくれない?」
「これからですか?」
「早いほうがいいと思うの」
「夕方からバイトに行かなきゃならないんですが」
「何時から?」
「七時からです」
 時計を見た。まだ三時を少し回ったところだ。
「その前は?」
「七時に千葉に戻れるんなら大丈夫です」
「どこに行けばいい?」
「地下鉄の豊洲のあたりだったと思うんで……」
「今すぐ行くわ」
「あの、千葉からだと小一時間かかるんです」
「わかったわ。一時間後に豊洲駅で」
 サキは電話を切った。ここからなら、二十分もあれば行けるだろう。四十分ほど時間がある。山根のところにもし、さつきがいるのなら、すぐに解放させる。サキが身代わりになってもいい。ただ、ひとりで、あるいは三宅とのこのこ乗り込んでいっても意味はないどころか、ふたりとも捕まるか、最悪の場合は殺されてしまうだろう。銃がほしい。山根の写真を見たときから、ずっとそう思っていた。でも、十一歳のときの、感傷に邪魔されていた。それが、どんなに冷静な判断を狂わせるものか、嫌というほど思い知らされた。
 ダイニングに戻ると、繭は携帯で誰かと話をしていた。涙はすっかり乾き、大きな瞳は、夜の湖のように黒く、誰かが足を滑らせて落ちるのをじっと待っているように見える。いつもの繭。
「……至急連絡を取りたいんです。はい。休暇からはいつ戻られるんですか? それじゃ間に合わないんです。そちらからの連絡を待っていては……。わかりました。携帯のほうにお願いします」
 繭は携帯を閉じて、テーブルの上に置いた。
「株価情報を送ってきた証券会社に問い合わせをしてみた。石塚の秘書だと偽って。担当の人は、休暇中らしいの。多分それが純花だと思う」
 やはり、純花はあの証券会社にいた。石塚から現金を預かっていても不思議ではない。石塚と吉村は、額面一億円の手形を割って、海外に逃げる計画をしていた。純花も一緒に行く予定だったのだろうか。
「で、その会社はどこにあるの?」
「青山のあたり」
 明治通り沿いにあるカラオケボックスからはすぐ近くだ。
「純花の本名はわかったの?」
「川上ちひろ」
「とにかく、そこへ行ってみたら何かがわかるかもしれないと思わない?」
 思ってもいないことを言った。これから山根を殺すために、拳銃を手に入れる。繭にばれたら止められるに決まっている。
「そうね。ここで待っていても埒があかないし、サキもいっしょに来て」
 繭は、サキの厄介払いには気づいていないようだった。
「わたしは、さつきを探しに行く。さつき追っかけのひとりが、吉村の周りをうろついていた山根って男を尾けたことがあるらしいの。江東区のどこかに山根が出入りしていた建物があって、さつきはそこにいるかもしれない」
「私もいっしょに行こうか?」
「ううん、場所を特定しに行くだけだから、ひとりで大丈夫。繭は純花を探して」
 サキは、突き放すように強い口調で言った。
「気をつけてよ、サキ」
 繭が携帯をトーとバックのポケットに入れ、ダイニングを出ていく。サキは玄関のところまで追いかけた。
「繭」
「なに?」
 何か一言でも言ったら、すべてを喋ってしまいそうだった。
「なんでもない」
 繭がコートを着終えるのを待って、抱きしめた。ここに戻ってくることはないだろう。繭にもりり子にも、もう会えないかもしれない。
「サキったらもう。私はいなくならないから大丈夫?」
「大丈夫よ」
「じゃあね、行ってくる。本当に気をつけて」
 繭がドアを開けて出ていく。
 繭を巻き込まずに、ひとりで決着をつける。
 
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