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店長の経歴
しおりを挟むその日は定休日で。茉莉子ちゃんと一緒にランチを食べる約束をし、近所にオープンしたカフェへと向かったのだが。
そこに忽然と彼女は現れた。
どうやら茉莉子ちゃんと事前に打ち合わせしてあったらしく、既に3人分の水がテーブルの上に並べられており。彼女の正面の席へ座るよう促されたのである。
「何度か顔を合わせていたけど、こうしてお話するのは初めてですね。えっと、私のことが分かりますか?」
「中林…コトリさんですよね?」
正解と言わんばかりに口角をキュッと上げ、それはもう可愛らしく微笑まれた。
その姿を見ていると本当にビッチとは思えない。…いや、正確には『ビッチだった』のか。
思わず身構えたのに茉莉子ちゃんが言うとおりコトリさんは人を惹きつける魅力が有るらしく、僅か数分の会話でスグに警戒心が緩んでしまう。
「私、狙った獲物は逃さないんです。でも榮太郎をこのブス…失礼、愛嬌タップリの茉莉子さんから奪取することが出来なくて、人生初の黒星を付けちゃったんですよね~。
だから負け続けるワケにはいかなくて。
キーポンゴーイングでレッツトライです。
失敗したからって死なないし、頑張る自分って嫌いじゃないから。むしろ大好きだからッ。全力でお宅の店長を奪いに行きます。協力、ヨロシク!」
…えっと。周囲にはこんなタイプがいないので、戸惑いを隠せないというか。こちらはどう対応するのが正解なのだろうか?
縋るように隣席の茉莉子ちゃんを見ると、彼女は悠々とこちらに顔を向けて言う。
「アヤさんの本心を聞かせてください。本当はまだ店長に未練を残していて、コトリさんとの橋渡しが辛ければ協力を拒否してもらって構いませんから」
「み、未練?!そんなもん、な、無いしッ。ていうかなんで付き合ってたこと知ってるの?」
パサッと目の前に置かれたのは、A4サイズの“極秘”と記載されたファイルで。それを丁寧に一枚一枚捲りながら、茉莉子さんはこう説明してくれた。
「榮太郎の側近が調査した新見さんの経歴です。
大学時代にレストランの厨房でバイト開始。そこの店長が非常に優しい人で、すっかり心酔した彼は大学を中退し、その店で就職したものの1年後に閉店。
美味しいと評判の店だったみたいですけどね、近所にテレビでも人気のシェフが支店を出し、その煽りをくらって赤字経営に陥ったようです。
その後、再就職したホテルのレストランはどうやらチーフが評判最悪の男で。
毎夜、見習いに女性をナンパさせていたと。
このチーフは既婚者のクセに酒池肉林の生活を過ごし、当時見習いだった新見さんにも強制的に付き合わせていたみたいですよ。多分、この辺りで彼の一般常識というか、諸々の倫理観が壊されてしまったと推測します。
たまたま料理長が病気療養で1カ月だけ休職し、その代わりをアヤさんのお父様が務めたそうで。アヤさんのお父様は新見さんの能力を認め、悪影響しか与えないチーフから彼を切り離し、自分が開いた店で雇うことにした。
その数年後、病に罹って新見さんに店を譲り、店長となった彼は手探り状態で頑張り続けたと。女性客やスタッフを固定させるための策に悩み、なんだか色々と迷走したらしく。少しだけ落ち着いた頃に付き合い出したのが、アヤさん、貴女なんです。
結局、付き合い出してからも迷走し続けたみたいですけどね。なんだかまあ、色々と可哀想な男性かもしれません。よろしければ報告書をご覧になってください」
えっと。何と言うか、普通は『経歴』ってそんなコトまで調べるものなの?なんだかすごくディープじゃない??…という質問を茉莉子ちゃんにぶつけたところ、彼女はペロリと舌を出した。
「榮太郎の腹心、その正体は私なのだ!」
「…は?」
「私、すっごくすっごくヒマなの。だから時間を掛けてゆーっくり調べちゃった。あ、ネタ元は新見さんが料理人になるキッカケとなったレストランの店長・小田さんだから」
「えと…あの…茉莉子ちゃん??」
こら、唇をタコのように突き出すなッ。
音の出ない口笛も禁止だよッ。
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