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二章
七話
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何故、サーシュ侯爵の裁判に証人として来る事を約束した執事の使用人達が来なかったのか、いや来られなかったのか、原因を探らなければならない。
彼らがいれば証拠不十分となり侯爵は無罪だった筈だ。
上手くいけば、ルブロスティン公爵家のメイド達の嘘の証言を証明出来た筈だ。
裁判における偽証は罪にあたる。偽証罪に問われれば大事になる為、ルブロスティン公爵に痛手を負わせられたのだが──。
まず一人目の実家へと向かった。のどかな農村にある、中でも立派な家だ。
村長の末娘で侯爵家では侯爵の身の回りの世話をしていた、マリンという二十代前半の女性だ。
「すみません、わたくし以前お伺いした弁護士のゴードンという者ですが」
戸を開けたのは村長の夫人だ。悲しそうな目でフリードを見つめている。
「ゴードンさん。裁判の件、すみませんでした。裁判の前日、娘は怪しい男達に攫われて」
「えっ! 申し訳ない、俺の責任です。娘さんは必ず俺が救いに」
「いっ、いえ! 裁判が終わってすぐに家に戻ってきました。ですが……侯爵様が有罪になったと知り、今は塞ぎ込んで部屋に篭っています」
夫人は涙を流した。フリードが巻き込んだ為に、怖い目に遭わせてしまったのだ。
「申し訳……ありません」
「いいえ。弁護士様は悪くありません!
サーシュ侯爵様が有罪になる事を望んだ誰かの仕業なのだから」
「護衛をつけるべきでした。こればかりは俺の失態に他なりません」
フリードは何度も謝罪をした。すると、奥から被害者である元メイドのマリンが顔を見せた。
「ママ。私、ゴードンさんに話が……」
マリンから情報を聞き、すぐに他の二人の家に向かった。二人もマリン同様に裁判の前日に攫われていて、終わった後に家に戻されていた。
二人ともフリードには悲しみを向けるだけで、サーシュ侯爵を救えなかった事を一番後悔していた。
特に執事は涙が止まないようで、顔を真っ赤にして話しながらもボロボロと涙を流していた。
(クソ。何故相手がそこまでしてくると予想出来なかった!?)
原因はクレイル公国とヘイリア帝国の裁判の方法の違いだった。
クレイル公国では裁判は、裁判長が一人と裁判官四人で判決を下すのだが、突発的な証人を許しているのだ。
しかも証人は言ったもの勝ちで、嘘の証言をする事も多い。
だが裁判長に賄賂を送れば無罪となる上、名ばかりの裁判となっている。当然証人を口封じするという考えはない。
逆にヘイリア帝国の裁判は厳格そのものだ。裁判長が賄賂を受け取った場合、即退任させられるという事を最近知った。
それを知ったのは裁判に関わるようになってからだ。
だから局長も価値の低いコイン一枚を受け取って味方をすると表明したのだ。証人はあらかじめ登録しておいた人物のみに限り、裁判は書面で決められた流れで進む。
(そう。証人は誰なのか、裁判に関わる人物が渡されている進行表に書いてあった。
妨害しようと思ったら出来なくはなかったんだ……)
フリードの胸は痛くなった。苛立ちによる不快感だが、何故胸が痛くなるのかフリードには理解出来ない。
(とにかく……ボスに報告に行かなければ)
リュートが報告はしているだろうが、フリードの口からサーシュ侯爵夫人に殺意はなかったであろう事を、その状況証拠だけ揃えていると伝えなければならない。
再び「薬屋」へと足を運んだ。中に入ると、客が一人店内におり、カウンターでボスの姉が対応していた。
「それでしたらこの薬で良いでしょう。頭痛だけでなく気分の悪さにも効きますから」
「そう? じゃあお願いするわ」
「百ゴールドです」
女性は安堵した顔で店から出て行った。ボスの姉はニコニコと優しそうな笑みで客を見送っていた。
「本当に薬屋なんですね」
「はい。私は薬師ですから」
「ですよね。失礼しました……えっと」
「ミリヤです。ふふっ。謝る事じゃないですよ。フリードさん、ボスが待ちかねてますよ。どうぞ」
ミリヤにカウンター奥のドアを開いてもらい、螺旋階段を昇って二階へと上がる。
テーブルにはボスと他に二人女性と男性が席に着いていた。
前回同様にボスは一人席、男女はボスに一番近い席に向かい合うように座っている。
初めて見る顔だ。ボスは煙草を吸っており、女性は読書中、男性はビールを飲んでいる。
女性は腰程の長さの黒い髪で、大人しい顔をしている。なんとなく、気が弱そうで脅したらすぐに言う事を聞いてくれそうな雰囲気だ。
男性の方は、くすんだ銀の髪に男らしい顔つきをしており、彼の近くの壁に立てかけられている大剣は背中に背負うものだ。
身体も大柄で筋骨隆々な肉体だ。おそらく剣士だろう。
フリードがボスに話しかけようとした時だ。フリードの後ろにリュートが現れた。
「よっ、フリード! お久ッス!」
「リュート」
「こんちはボス! あれ、珍しくアン姉とナタ兄がいるじゃないッスか!」
リュートがハキハキ喋ると、座っている三人がこちらに視線を向ける。
フリードは右手を胸に当てて敬礼する。
「ボス、報告が遅れて申し訳ありません」
「お前の行動はおおよそ知っている。任務完了までまだあと十日以上ある。問題はない。
報告をしたまえ」
「はい。結論を言いますと、サーシュ侯爵夫人が薬物に溺れ、嫉妬心のままに殺したと断言出来ない事が分かりました。
侯爵家での証言と状況証拠しかありませんが」
「そう結論づけたのは何故だ?」
「侯爵夫人は、ルブロスティン公爵に送られたスパイによって、毎日麻薬を摂取させられていた可能性が極めて高いです。
麻薬の売人が侯爵家のメイドが定期的に麻薬を購入していたと証言しましたが、その実態はサーシュ侯爵家に送られた公爵側のスパイだと考えられます。
推測に過ぎませんが、公爵は夫人を薬漬けにし、判断能力が劣ったところで自分の妻を殺すよう教唆したのではないかと」
そこまで聞くとボスはフリードを小馬鹿にしたように笑った。
「恐るべき妄想力だな。そもそも、公爵と侯爵夫人の接点があまりないだろう?
いくら妻同士が仲良くとも、二人きりで会ったわけでもあるまい」
「それが……サーシュ侯爵家に仕えていたメイドが、思い出した事があると俺に教えてくれました。
夫人が殺人を犯す前日、サーシュ侯爵がいない時間にルブロスティン公爵が屋敷に来て、十分だけ話したそうです」
「その十分で夫と自分の妻の不倫を伝えたんだろう? そして翌日、夫人が凶行に及んだ。
十分で殺人教唆まで出来たとは考え難いな」
「本当にそう思っていないから、わざわざ俺に侯爵夫人について調査依頼したんですよね?」
今まで見下すような笑みを浮かべていたボスの顔が真面目なものに変わった。
彼らがいれば証拠不十分となり侯爵は無罪だった筈だ。
上手くいけば、ルブロスティン公爵家のメイド達の嘘の証言を証明出来た筈だ。
裁判における偽証は罪にあたる。偽証罪に問われれば大事になる為、ルブロスティン公爵に痛手を負わせられたのだが──。
まず一人目の実家へと向かった。のどかな農村にある、中でも立派な家だ。
村長の末娘で侯爵家では侯爵の身の回りの世話をしていた、マリンという二十代前半の女性だ。
「すみません、わたくし以前お伺いした弁護士のゴードンという者ですが」
戸を開けたのは村長の夫人だ。悲しそうな目でフリードを見つめている。
「ゴードンさん。裁判の件、すみませんでした。裁判の前日、娘は怪しい男達に攫われて」
「えっ! 申し訳ない、俺の責任です。娘さんは必ず俺が救いに」
「いっ、いえ! 裁判が終わってすぐに家に戻ってきました。ですが……侯爵様が有罪になったと知り、今は塞ぎ込んで部屋に篭っています」
夫人は涙を流した。フリードが巻き込んだ為に、怖い目に遭わせてしまったのだ。
「申し訳……ありません」
「いいえ。弁護士様は悪くありません!
サーシュ侯爵様が有罪になる事を望んだ誰かの仕業なのだから」
「護衛をつけるべきでした。こればかりは俺の失態に他なりません」
フリードは何度も謝罪をした。すると、奥から被害者である元メイドのマリンが顔を見せた。
「ママ。私、ゴードンさんに話が……」
マリンから情報を聞き、すぐに他の二人の家に向かった。二人もマリン同様に裁判の前日に攫われていて、終わった後に家に戻されていた。
二人ともフリードには悲しみを向けるだけで、サーシュ侯爵を救えなかった事を一番後悔していた。
特に執事は涙が止まないようで、顔を真っ赤にして話しながらもボロボロと涙を流していた。
(クソ。何故相手がそこまでしてくると予想出来なかった!?)
原因はクレイル公国とヘイリア帝国の裁判の方法の違いだった。
クレイル公国では裁判は、裁判長が一人と裁判官四人で判決を下すのだが、突発的な証人を許しているのだ。
しかも証人は言ったもの勝ちで、嘘の証言をする事も多い。
だが裁判長に賄賂を送れば無罪となる上、名ばかりの裁判となっている。当然証人を口封じするという考えはない。
逆にヘイリア帝国の裁判は厳格そのものだ。裁判長が賄賂を受け取った場合、即退任させられるという事を最近知った。
それを知ったのは裁判に関わるようになってからだ。
だから局長も価値の低いコイン一枚を受け取って味方をすると表明したのだ。証人はあらかじめ登録しておいた人物のみに限り、裁判は書面で決められた流れで進む。
(そう。証人は誰なのか、裁判に関わる人物が渡されている進行表に書いてあった。
妨害しようと思ったら出来なくはなかったんだ……)
フリードの胸は痛くなった。苛立ちによる不快感だが、何故胸が痛くなるのかフリードには理解出来ない。
(とにかく……ボスに報告に行かなければ)
リュートが報告はしているだろうが、フリードの口からサーシュ侯爵夫人に殺意はなかったであろう事を、その状況証拠だけ揃えていると伝えなければならない。
再び「薬屋」へと足を運んだ。中に入ると、客が一人店内におり、カウンターでボスの姉が対応していた。
「それでしたらこの薬で良いでしょう。頭痛だけでなく気分の悪さにも効きますから」
「そう? じゃあお願いするわ」
「百ゴールドです」
女性は安堵した顔で店から出て行った。ボスの姉はニコニコと優しそうな笑みで客を見送っていた。
「本当に薬屋なんですね」
「はい。私は薬師ですから」
「ですよね。失礼しました……えっと」
「ミリヤです。ふふっ。謝る事じゃないですよ。フリードさん、ボスが待ちかねてますよ。どうぞ」
ミリヤにカウンター奥のドアを開いてもらい、螺旋階段を昇って二階へと上がる。
テーブルにはボスと他に二人女性と男性が席に着いていた。
前回同様にボスは一人席、男女はボスに一番近い席に向かい合うように座っている。
初めて見る顔だ。ボスは煙草を吸っており、女性は読書中、男性はビールを飲んでいる。
女性は腰程の長さの黒い髪で、大人しい顔をしている。なんとなく、気が弱そうで脅したらすぐに言う事を聞いてくれそうな雰囲気だ。
男性の方は、くすんだ銀の髪に男らしい顔つきをしており、彼の近くの壁に立てかけられている大剣は背中に背負うものだ。
身体も大柄で筋骨隆々な肉体だ。おそらく剣士だろう。
フリードがボスに話しかけようとした時だ。フリードの後ろにリュートが現れた。
「よっ、フリード! お久ッス!」
「リュート」
「こんちはボス! あれ、珍しくアン姉とナタ兄がいるじゃないッスか!」
リュートがハキハキ喋ると、座っている三人がこちらに視線を向ける。
フリードは右手を胸に当てて敬礼する。
「ボス、報告が遅れて申し訳ありません」
「お前の行動はおおよそ知っている。任務完了までまだあと十日以上ある。問題はない。
報告をしたまえ」
「はい。結論を言いますと、サーシュ侯爵夫人が薬物に溺れ、嫉妬心のままに殺したと断言出来ない事が分かりました。
侯爵家での証言と状況証拠しかありませんが」
「そう結論づけたのは何故だ?」
「侯爵夫人は、ルブロスティン公爵に送られたスパイによって、毎日麻薬を摂取させられていた可能性が極めて高いです。
麻薬の売人が侯爵家のメイドが定期的に麻薬を購入していたと証言しましたが、その実態はサーシュ侯爵家に送られた公爵側のスパイだと考えられます。
推測に過ぎませんが、公爵は夫人を薬漬けにし、判断能力が劣ったところで自分の妻を殺すよう教唆したのではないかと」
そこまで聞くとボスはフリードを小馬鹿にしたように笑った。
「恐るべき妄想力だな。そもそも、公爵と侯爵夫人の接点があまりないだろう?
いくら妻同士が仲良くとも、二人きりで会ったわけでもあるまい」
「それが……サーシュ侯爵家に仕えていたメイドが、思い出した事があると俺に教えてくれました。
夫人が殺人を犯す前日、サーシュ侯爵がいない時間にルブロスティン公爵が屋敷に来て、十分だけ話したそうです」
「その十分で夫と自分の妻の不倫を伝えたんだろう? そして翌日、夫人が凶行に及んだ。
十分で殺人教唆まで出来たとは考え難いな」
「本当にそう思っていないから、わざわざ俺に侯爵夫人について調査依頼したんですよね?」
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