離宮の愛人

眠りん

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二章

六話

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 それから二日経ったが、拷問塔からの連絡は来ない。あのメイドはまだ情報を吐かないのか。
 フリードは一人で拷問塔へ足を運んだ。リュートは監視の任務に戻ると言って姿を消しているので、近くにいるのだろう。

 拷問塔の中へ入り、塔の管理をしている男性使用人に、今オリバーが拷問中である部屋へと案内してもらった。
 部屋に入ると、全裸のメイドが椅子に座らされ、両腕は後ろで縛られていた。鉄製の足が二本分入る大きなブーツを履かされており、膝と膝の間に太い鉄板が挟まれている。
 オリバーが新たに鉄板を膝と膝の間に入れ、トンカチで叩いて中に押し込む。

「うぐぅぅ」

 メイドはオリバーを怨念の籠った形相で睨みつけ、必死で歯を食いしばっている。
 フリードも一年前にされた事のある拷問だ。最終的に両膝の骨が折れたのだ。
 常人であれば冤罪でも罪を認めてしまうだろうが……。

「オリバー。痛みで吐かない人に、どんな痛みを与えても吐きませんよ」

「おお! これはこれはフリードじゃないですか。すみません、この女なかなか吐かなくて」

「ふ、フリード、だと? お前……あの方を裏切ったのか!?」

 メイドは痛みに顔を顰めながら、フリードを怒りの目で見つめてくる。

「俺を知っているのか?」

「コードネーム、フレッサ。何度か任務であなたを見掛けた事がある。侯爵家で弁護士と名乗った男もお前だろう? 何故敵に寝返った!?」

 その質問で、彼女のスパイとしてのレベルが分かる。これでは彼女がクレイル公国のスパイだと白状しているようなものだ。

(ルブロスティン公爵とクレイル公国が繋がっているのか。それでスパイを雇ったんだな。
 サーシュ侯爵家を陥れる為か? 侯爵家がなくなると困るのはウェルだからか)

 確実ではないが、その可能性も視野に入れておく。

「答える義理はない。侯爵家に潜入して、何をしていた?」

「答えるわけない。知っているだろう? 私達は何をされても絶対に口を割らない。自害せず耐えきる自信がある。
 死ぬのは任務の内だ!」

 フリードは彼女に真実を吐かせる事は不可能である事を理解している。
 どんなに程度の低いスパイでも、クレイル公国のスパイは痛みに屈する事はない。

 だが、ここで拷問を終わらせるわけにもいかない。フリードは彼女に背を向け、外へ出て行った。

「フリード君どうしたんです?」

「帰って裁判の準備をします。やり方を変えない限り、彼女はどう足掻いても喋りませんよ」

「彼女とは仲間だったのですか?」

「知りません。俺は祖国で彼女を見た記憶がないです。仲間という概念がないので、同業者とか特に覚えてないんです。
 ただ、ルブロスティン公爵がクレイル公国のスパイを雇っていた事が判明しましたね」

「何をされても絶対に喋らない。クレイル公国のスパイ全員がそうですね? どんなカラクリを使っているのか、少しは教えてくれてもいいのではないですか?」

 フリードは少し思案する。仕事で得た情報を軽々しく口に出すのは、プロとしてあってはならない事だ。
 任務で得た情報を報告として提出する。その流れを組まない限り、フリードがウェルディス以外に口を割る事はないだろう。

 ただ、今はウェルディスと比べたら大公への忠誠心など道端に転がる銅貨程度のものだ。
 拾うか、見て見ぬふりをするか。フリードは既に見捨てる決断をしている。

「そうですね、一つだけ教えましょう。俺達はあらゆる痛みに慣れてしまって、拷問程度の痛みは訓練中の痛みと変わらないんですよ。
 四肢をもがれようと、ネズミに内臓を食い破られようと、無言で死ぬ覚悟があります。
 これは本当に極秘中の極秘なのですが、クレイルには、身体を傷付けず痛みだけを経験する事が出来る道具があるんです」

「まさか」

「信じなくてもいいですよ」

「信じますよ。……それが口を割らない秘訣でしたか」

「はい。なので、痛みで彼女に吐かせるのは無理です」

「では、アプローチを変えるとしますか」

 準備をしに行ったのか、オリバーはフリードに背を向け、真逆の方へと歩いていった。
 進捗が知りたかっただけだったフリードは街へと戻り、宿に入った。

 今回の裁判で、頼みの綱はサーシュ侯爵家に仕えていた執事と使用人の二人だ。
 裁判所で受け取った、裁判に関わる者に配られる裁判の進行表を見直す。
 まずは被告、原告である検察官、弁護人、全員が真実を話す事を誓い、罪状の確認、被告の言論、証人喚問、弁論、判決という流れだ。
 証人喚問の欄には、サーシュ侯爵家から三人、ルブロスティン公爵家からも三人、それぞれ名前が記載されている。

(彼らの証言さえあれば、ルブロスティン公爵が卑劣な事をしても、減刑を求められるだろう)

 そう期待して明日の裁判まで、判例を見返したり、情報を整理して過ごした。


 ──だが、サーシュ侯爵家の使用人達は誰も裁判所に現れなかった。
 代わりにルブロスティン公爵家の使用人三人が嘘の供述をした。
 フリードがどれだけ弁護をしようと、サーシュ侯爵が公爵夫人と不倫をしていたという状況証拠だけが彼が有罪であると主張していた。

「主文。被告の爵位を剥奪し、平民への降格に処す」

 法務局局長である裁判長が、険しい表情で言い放つ。本来であれば爵位剥奪の後に流刑だったであろう重罪だが、それよりは軽い罪となった。
 裁判が終わり、フリードは裁判所を出ようとするサーシュ侯爵を引き止めた。

「サーシュ侯爵様。無罪を勝ち取れず、申し訳ありませんでした」

 フリードは頭を下げた。彼は皇帝派の第一人者だ。前皇帝の時から、ウェルディスが皇帝になっても、ずっと皇帝の支えであり続けていた。
 それがこのような形となり、悔しい限りだ。

(ウェルの味方が一人減ってしまった。俺の責任だ)

「まだ侯爵と呼んでくれるのですね」

「あ、当たり前です! 爵位を剥奪されようと、陛下を支えるサーシュ侯爵様は貴方以外有り得ません!」

「ありがとう。君は、本当は弁護士ではないのでしょう? 離宮の愛人様」

「何故、それを知って……」

「そりゃあ。陛下があなたに名を授け、あなたが陛下に忠誠を誓った時、私もその場にいましたから」

「俺の変装ってそんなに上手くなかったんですね」

「いや、私があなたを特別な目で見ていたから分かったんですよ。あなたは陛下を支えてくれる大事な人ですから」

 フリードが初めてゴードンとして近付いた時から知っていたのだ。知っていて、全てを委ねてくれていた。

「弁護士の身分証は本物ですので、偽弁護士ではありません。ですが、力及ばず申し訳ありません」

「君が頑張ってくれていたのは分かっています。妻の弁護をした時から他の弁護士もあなたに一目置いていたようですから、弁護に問題があったわけではないのでしょう。
 証人が誰も来なかったのが痛かったですね」

「何故来てくれなかったのでしょうか。皆、あんなに侯爵様を救いたいと言っていたのに」

「妨害があったのでしょう」

「妨害が……」

 その可能性を予測出来なかった自分に怒りが込み上げてくる。
 今となっては証人達が来れなかったのは、ルブロスティン公爵の差し金だろうと考えられるが、気付いた時にはもう遅い。

「フリード様。陛下の為に奔走してくれたのでしょうが、私は嬉しかったです。後の事は息子と考えます。陛下をよろしく頼みましたよ」

「はい。この命に代えても」

 侯爵の姿が見えなくなるまでフリードは頭を下げていた。胸に残ったのは悔しさだ。
 このまま終わらせはしない。フリードは歩き出した。
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