離宮の愛人

眠りん

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一章

二話

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 ルベルトは母親が逮捕されたという報告を受け、魂が抜けたように呆然とした。
 殺した相手は唯一の親友、イグナートの母親だ。

 一番最初にイグナートの心配をしていた。償うにしても何も出来ない。
 せめて葬儀に行き、イグナートを支えようとも思ったが断られてしまった。

(そりゃそうだよな。俺の顔なんか見たくないに決まってる)

 それからは部屋から引き篭る生活を送った。ルベルトを心配して何度も部屋に足を運ぶのは一人のメイドだ。

「坊っちゃま、あまり部屋に籠られていては身体に悪いですよ。
 少し散歩でもいかがでしょう? 気分転換にもなりますよ」

 ルベルトが生まれるずっと前からいる年配のメイドである。もう身体も弱く、いつ引退してもおかしくない。

「すまない。今は、気分転換したくないんだ。どうしたらイグに償いが出来るのか、ずっと考えている」

「それは……奥様が裁きを受け、償う事であって坊っちゃまが考える事では」

「分かってる。けど、悪い。一人にしてくれ」

 結局答えは出ず、思考は堂々巡りだ。そうしている内に、母親の裁判が始まった。
 この時に知った事だが、母親は麻薬を常用していたらしい。
 夫の不倫に苦しみ麻薬を使用し続け、気が狂って公爵夫人殺害に至ったという事だ。

 久々に見る母親の姿は、本当に知っている母親と同じ人間か? と思う程ガリガリに痩せ、ボサボサの髪に、生気のない目をしていた。

 ルベルトは顔を上げる事が出来なかった。ちかくにイグナートが座っており、ルベルトをジッと睨んでいるのだ。

(イグにどんな償いをしても、もう前みたいには戻れない)

 母親についた弁護士が善戦した結果、裁判の判決は有罪、終身刑となった。
 本来なら、死刑だったという。
 そして、母親の供述により次は父親が姦通罪で逮捕されてしまった。
 
 裁判は母親の時ほど聴衆者はいない。公爵はいたが、イグナートはいなかった。
 最初は罪を否定していたサーシュ侯爵も、ルブロスティン公爵家の使用人達の証言から有罪判 決が下された。
 爵位剥奪後に平民に降格というものだ。
 侯爵は最後まで無罪を主張していたが、その声を聞く者は誰もいなかった。


 サーシュ侯爵家は莫大な借金があり、めぼしいものは担保に取られてしまった。
 必要最低限、生活に必要な物をまとめて生まれ育った侯爵邸から出て行く準備をしていた時、ルブロスティン公爵とイグナートが、屋敷にに現れた。
 既に使用人は一人残らず解雇しており、ルベルトが玄関の扉を開く。

「はい」

 様々な感情が浮かぶが、複雑過ぎて表情には表せない。疲れきってやつれた顔でイグナートを見ると、彼も同じように感情が死んだような顔をしている。

「話がある。ターバインはいるか?」

 先に口を開いたのはルブロスティン公爵だ。爵位を剥奪されて残ったのはターバインいう家名のみだ。
 聞き慣れない呼び方に少し反応が遅れる。

「……お待ち下さい」

 ルベルトは父親を呼んで、二人の元へ戻った。テーブルや椅子は借金のかたに取られて座るところがない。玄関で立ち話である。

「俺は君に同情しているんだよ。妻は外見だけは魅力的な女性だったからね。婚前から男にだらしなかったって噂もあった。
 どうせ彼女に誘われたんだろう?」

 妻が殺されたというのに平然と笑ってみせるルブロスティン公爵に、ルベルトは不快感を覚えた。

「私は不倫などしておりません。何か誤解があったのです。
 有罪判決が下されましたが、私は無実です」

「まぁそう思いたいのも仕方のない事。平民になりたくはないだろうからな。
 君も男手ひとつで息子を育てるのも大変だろう? どうだ、ルベルト君はうちで預かろう。
 養子にして君の代わりに不自由ない生活を送らせてやる」

 一瞬、父の目付きが変わった。絶望の縁でオアシスでも見つけたかのような、そんな顔だ。
 ルブロスティン公爵もニコニコとした笑顔をしている。

「そ、そんな事……頼めるわけがありません。ご迷惑になります」

「息子とルベルト君は幼少期からの親友同士。ルベルト君が平民になって会えなくなる事は、息子にとって悲しい事です。
 それなら養子に出来ないかと、私に必死に懇願してきたのです。
 私も、ルベルト君なら受け入れる事に反対はしません。ルベルト君はどうかな? 君を息子として迎え入れよう」

 公爵はニコニコと胡散臭い笑顔を浮かべるのみで、見た目だけでは本心の一欠片も見せない。
 逆にイグナートの顔はどこをどう見てもルベルトを求めている表情ではない。薄暗い、恨みの篭もった目だ。
 ルベルトは父親の腕を掴んだ。

「いいえ、父を一人には出来ませんので。俺も働けます。父一人に苦労はさせません」

 やんわりと断ろうとした。頷けば、何か嫌な事が起きる気がしたのだ。だが……。

「平民になったお前が貴族の意見に逆らうのか?
 父は先代皇帝のいとこだぞ。皇帝の次に偉いという事を忘れているんじゃないだろうな?」

 イグナートが冷たい視線を向けた。親友に向ける目ではない。見下すような態度にルベルトは悲しくもなったが、母親がした事を思えば当然だと思えた。

「忘れて……いません」

「ルベルト、公爵様の言う通りになさい」

 父親も抵抗は無理だと悟ったらしい。ルベルトは「はい」と頷いた。それ以外の返事は許されなかった。

 その翌日。父親と最後の別れを交わした。
 父親は平民が暮らす街へ。ルベルトは迎えに来た馬車に乗り、公爵家へと運ばれていった。
 地獄のような生活の始まりだったが、ルベルトは全てを受け入れる覚悟をしたのだった。
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