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婚約して一か月程経った時、姉のカルラがよく家に来るようになった。
それも決まってネルソンが帰宅している時間に。
「ネルソンさん。妹が無礼をしていませんか?」
初めはそんな言葉と共に、家にやってきた。
ネルソンは笑顔で答える。
「アスタロトはよくやってくれています。たまに俺の仕事も手伝ってくれますし、雑用も進んでやってくれます。アスタロトが婚約者で本当に良かったです」
「そうなんですねぇ」
姉は嬉しそうな笑顔だったが、どこか目には冷たいものが宿っていた。
私は言い難い不安を感じたが、それを誰かに伝えることはしなかった。
それから姉は度々家にやってきては、ネルソンや私と話すようになっていった。
しかし次第に距離を詰めて来て、ネルソンの隣にピタッとくっつくようになった。
「ネルソンさん。今度お食事しませんか? 友人のやっている素敵なレストランがあるんです」
「ええ、もちろん! 明日はどうですか?」
「あ、あの……」
私は恋人のように話す二人に、勇気を出して声をかける。
「ネルソン、明日は一緒に買い物に行く約束をしてたよね?」
するとネルソンは小さなため息をついた。
「アスタロト……買い物なんていつでもできるだろ? それに別に俺がいなくても一人で買いにいけばいいんだし。荷物が多いなら使用人でも連れて行けよ」
「そんな……でも私はあなたと一緒に行くのを楽しみに……」
「アスタロト?」
私の言葉を遮ったのは姉だった。
どこか冷たいその瞳で私を見て、諭すように言う。
「ネルソンさんに迷惑をかけちゃだめでしょう? あなたは婚約者として彼を支えてあげなきゃ。本当に彼のことが好きなら、彼の幸せを願うのが当然じゃないかしら?」
「カルラさんの言う通りだ! アスタロト、本当に俺のことを愛しているのなら、買い物くらい行ってくれるよな?」
また鳥かごに戻ってきたような感覚だった。
二人の目が私に頷くように言っている。
「わかった……」
無能な私にはこれが限界だった。
せめても悲し気に頷いて見せたが、二人は私なんて無視して楽しそうに話をしていた。
……百年の一回あるかのように大雨が降っていた。
窓や屋根に雨粒が当たる音が常時鳴っていて、ピークは過ぎたというのが信じられなかった。
部屋の電気もつけずに、私はベッドに腰を下ろしていた。
いつもなら窓から美しい街の夜景が見えるのだが、今日はこの大雨のせいで台無しになっていた。
ネルソンは今日も姉と出かけていた。
雨が降るから止めた方がいいと言ったのに、私の意見は聞かずに出かけていった。
もう深夜だというのに、二人は帰ってこない。
事故に遭ってないだろうか。
そんな心配が過るも、次の瞬間には悪い想像が頭に浮かぶ。
「いけない……」
私は首を横に振って、その想像をかき消した。
「お願い……無事に帰ってきて」
その日は祈りながら眠りについたが、結局二人が帰ってきたのは、次の日だった。
婚約して三か月が経ち、姉とネルソンの中は急激に深まっていった。
姉は毎日のように家に来ては、ネルソンと話し、時には泊まることもあった。
そして私は聞いてしまった。
二人が情事の及んでいる声を。
不思議と涙は出なかった。
いつかこうなるのだと思っていたから。
そういえば姉はいつも私のものを取っていった。
私がたくさんのものを持ち過ぎないように、ずっと幸せなんてない世界で生きられるように。
私は未だに鳥かごの中にいた。
ネルソンの屋敷に来た時、解放された自由を感じた。
しかしそれはただのまやかしだったのだ。
鳥かごを出た先には、次の鳥かごがあった。
空だと思ったのはただの壁で、自由はうぬぼれだった。
この先、どんなに私が足掻いた所で、ここから抜け出すことはできない。
……婚約して半年が経ち、ネルソンは私に言った。
「アスタロト、俺に隠れて浮気をしているようだな。そんな尻軽女とは婚約破棄させてもらう」
それも決まってネルソンが帰宅している時間に。
「ネルソンさん。妹が無礼をしていませんか?」
初めはそんな言葉と共に、家にやってきた。
ネルソンは笑顔で答える。
「アスタロトはよくやってくれています。たまに俺の仕事も手伝ってくれますし、雑用も進んでやってくれます。アスタロトが婚約者で本当に良かったです」
「そうなんですねぇ」
姉は嬉しそうな笑顔だったが、どこか目には冷たいものが宿っていた。
私は言い難い不安を感じたが、それを誰かに伝えることはしなかった。
それから姉は度々家にやってきては、ネルソンや私と話すようになっていった。
しかし次第に距離を詰めて来て、ネルソンの隣にピタッとくっつくようになった。
「ネルソンさん。今度お食事しませんか? 友人のやっている素敵なレストランがあるんです」
「ええ、もちろん! 明日はどうですか?」
「あ、あの……」
私は恋人のように話す二人に、勇気を出して声をかける。
「ネルソン、明日は一緒に買い物に行く約束をしてたよね?」
するとネルソンは小さなため息をついた。
「アスタロト……買い物なんていつでもできるだろ? それに別に俺がいなくても一人で買いにいけばいいんだし。荷物が多いなら使用人でも連れて行けよ」
「そんな……でも私はあなたと一緒に行くのを楽しみに……」
「アスタロト?」
私の言葉を遮ったのは姉だった。
どこか冷たいその瞳で私を見て、諭すように言う。
「ネルソンさんに迷惑をかけちゃだめでしょう? あなたは婚約者として彼を支えてあげなきゃ。本当に彼のことが好きなら、彼の幸せを願うのが当然じゃないかしら?」
「カルラさんの言う通りだ! アスタロト、本当に俺のことを愛しているのなら、買い物くらい行ってくれるよな?」
また鳥かごに戻ってきたような感覚だった。
二人の目が私に頷くように言っている。
「わかった……」
無能な私にはこれが限界だった。
せめても悲し気に頷いて見せたが、二人は私なんて無視して楽しそうに話をしていた。
……百年の一回あるかのように大雨が降っていた。
窓や屋根に雨粒が当たる音が常時鳴っていて、ピークは過ぎたというのが信じられなかった。
部屋の電気もつけずに、私はベッドに腰を下ろしていた。
いつもなら窓から美しい街の夜景が見えるのだが、今日はこの大雨のせいで台無しになっていた。
ネルソンは今日も姉と出かけていた。
雨が降るから止めた方がいいと言ったのに、私の意見は聞かずに出かけていった。
もう深夜だというのに、二人は帰ってこない。
事故に遭ってないだろうか。
そんな心配が過るも、次の瞬間には悪い想像が頭に浮かぶ。
「いけない……」
私は首を横に振って、その想像をかき消した。
「お願い……無事に帰ってきて」
その日は祈りながら眠りについたが、結局二人が帰ってきたのは、次の日だった。
婚約して三か月が経ち、姉とネルソンの中は急激に深まっていった。
姉は毎日のように家に来ては、ネルソンと話し、時には泊まることもあった。
そして私は聞いてしまった。
二人が情事の及んでいる声を。
不思議と涙は出なかった。
いつかこうなるのだと思っていたから。
そういえば姉はいつも私のものを取っていった。
私がたくさんのものを持ち過ぎないように、ずっと幸せなんてない世界で生きられるように。
私は未だに鳥かごの中にいた。
ネルソンの屋敷に来た時、解放された自由を感じた。
しかしそれはただのまやかしだったのだ。
鳥かごを出た先には、次の鳥かごがあった。
空だと思ったのはただの壁で、自由はうぬぼれだった。
この先、どんなに私が足掻いた所で、ここから抜け出すことはできない。
……婚約して半年が経ち、ネルソンは私に言った。
「アスタロト、俺に隠れて浮気をしているようだな。そんな尻軽女とは婚約破棄させてもらう」
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