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 幼少期から私は無能だと馬鹿にされてきた。

 フライト伯爵家の次女として生まれた私は、平々凡々な子供だった。
 何でも器用にこなし、容姿端麗な二つ上の姉カルラとは違い、私には何の取り柄もなかった。
 
 だから両親は私ではなく、姉を溺愛した。
 
「カルラ。欲しいものは何でもあげるからね。何でも言ってみなさい」
「あなたのために指輪を買ってきたの。ほら、つけてみて」

 そんな二人に姉は作ったような笑みで応える。

「ありがとうございます。お父様、お母様!」

 その光景を見る度に、私の小さな心はズキズキと痛んだ。
 どうして私は姉のように綺麗に生まれてこなかったのだろう、勉強も運動も芸術も、褒めてもらえるような所が何もないのだろう。

 次第に自分を責めるようになった私は、暗く自分の殻に閉じこもっていった。
 
 そんな日々が続き、淡々とした面白味もない人生を過ごして十年。
 私は貴族学校を卒業して、十八歳になっていた。
 父に書斎に呼ばれると、婚約者が紹介される。

「同じ伯爵家のネルソンだ。彼でいいな?」

 未だに姉を溺愛している父は、私に対してぶっきらぼうに言った。
 昔はいちいち悲しんだものだが、今はもう何も感じない。

「はい。大丈夫です」

 口癖のようになってしまった言葉を吐きだすと、父は小さく頷いた。

「これから顔合わせを数回した後に、婚約が正式に決まる。そしたらお前はやっとこの家から出て、ネルソンの家に嫁ぐことになる。よかったなアスタロト」

 よかったのはお父様の方ですよね?
 そんな言葉は心の中だけに留め、決して口に出さない。
 父は心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべていた。

 姉のカルラは既に二十歳になっていたが、まだこの家に住んでいた。
 彼女に相応しい最高の男を見つけると、両親が息巻いているためだった。
 もう二年も経っているのに見つからないなら、諦めた方がいいんじゃないだろうかと思うが、もう関係のないことなので、私は口出す気はなかった。

 その後、ネルソンとの顔合わせを何回か済ませ、私は正式に彼の婚約者となった。
 たまに乱暴な物言いをする人だったが、根は優しく、頼りがいのある男性だった。

 家を離れる日。
 馬車に乗った私を出迎えてくれたのは、使用人たちだけだった。
 両親と姉は別れの挨拶もすることなく、家の中で日常を過ごしている。

 使用人たちに手を振りながら家を見ていると、そこが鳥かごのように思えてならない。
 閉じ込められ、餌を与えられるだけの日々。
 私も鳥かごの中の鳥のような人生を送ってきたのだろうか。

 ……ネルソンの家につくと、私は空を見上げた。
 雲一つない青空が広がり、何かから解放された思いが込み上げる。
 自由を体で感じていると、ネルソンが来た。

「アスタロト。よく来たな。部屋へ案内するよ」

「ありがとうネルソン」

 同じ爵位で、同じ歳。
 そんなネルソンには敬語は不要だった。
 初めは敬語を使っていたが、彼が使わなくていいと言ってくれたのだ。

 実家ではまだ両親が姉の婚約者を必死に探しているだろう。
 姉はいつもの作った笑顔で、その結果をただ待っている。
 
 時が止まってしまったようなあの場所は、私には少し窮屈で生きにくかった。
 だがネルソンとの婚約を機に、私は鳥かごから飛び出し自由になったのだ。
 きっとこれから幸せな毎日が待っているだろう。

 少なくともこの時は、そう思っていた……
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