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第一部 第一章 騎士と戦乙女が出会うまで

04話 帝国貴族の社交界①

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 気高い騎士と空を駆ける天使たちの技巧ぎこうえ渡る彫刻が囲む大邸宅の門。

 それが両側に開くと、そこは見上げる首が痛くなるほど高く吹き抜けたエントランスホールだった。

 床には足音を全て吸収してしまうほど重厚な赤色の絨毯じゅうたんがエントランス中央奥に位置する大階段まで続いている。

 壁にはさまざまな色に輝くグラス・シャンデリア。その下を華美かび極めたドレスと優雅な所作を伴った貴族の女性たちが談笑しながら歩いていた。

 栄華を極めるとはこういうことを言うのだろうな、と遅れて到着したシグルズは感慨かんがいふけっていた。

 こうした貴族の催しに参加するのは成人貴族の義務だ。だがシグルズは純粋な貴族ではなく、騎士の称号を持つ家柄に付随ふずいして与えられる男爵家の当主。

 つい先日集結した「二年戦争」に従軍していたがゆえに、こうした貴族のイベントからは解放されていたのだ。

 貴族の社交を毛嫌いするシグルズにとっては剣をとって戦うほうがまだマシだったが、祖父や執事に懇願こんがんされ、気が進まない中での社交界デビューとなった。



 ◇


 あの後、ニーベルンゲンとの戦いは想像もしない形で幕切れとなった。


 馬を駆って前線へと戻ったシグルズは、崩壊したと思っていた自軍本陣から逃げ伸びた兵士たちが前線基地に集まっていたのを見た。

 さらに、一時期生死不明とされていた総司令官エッシェンバッハ大公に至ってはピンピンしていた。

 本陣が襲撃された後、混乱した状況の中自らバトルアックスを振るって敵兵をなぎ倒していたそうだ。老兵だがやはり不死鳥の異名を名乗るだけのことはある。

 兵の士気が上がり、好機を逃してはならないと判断した帝国軍は、ニーベルンゲン国境まで前線を押し上げた。後陣には本陣襲撃時に救援を要請した帝国の近衛部隊も到着。

 森の戦いは一夜にして形勢が再び逆転。

 勝利間近と湧き上がる帝国軍に対して、ニーベルンゲンは奇妙な静けさを保ったまま。
 そこへ、前線に滞在するシグルズとエッシェンバッハ大公のもとに重要機密の伝達が届いたのだ。


『ニーベルンゲンで政変あり。国王一家所在不明。子息・子女は国外逃亡か』




 こうして二年戦争はあっけないほど簡単に終結した。



 ◇



 それがわずか2週間ほど前のこと。

 今日はミドガルズ大帝国の大貴族の一人、テューリンゲン公爵邸で行われるダンスパーティーに招かれていた。

 階段の影で壁にもたれて華美な貴族たちを眺めているシグルズは小さくため息を吐いた。

「戦地とは別世界だな。まあ……ここはまた違う意味で戦場なのかもしれないが」

 そんな心を読んだかのように、見事なドレスを着こなした女性2人が近づいてきた。

「あの、もしかしてシグルズ様ではございませんか。ヴェルスング家の……?」

 シグルズは先ほどまでの皮肉な笑みを瞬時に消し去り、女性たちに向き直る。流れるようなボウアンドスクレープを披露ひろうすれば、女性2人から黄色い悲鳴が上がる。

「これはこれは美しい花の妖精方。思わず目がくらみ、挨拶するのを失念しておりました。おっしゃる通り私がシグルズです」

 顔がいいので、シグルズはモテる。

 ただ、シグルズの女性遍歴へんれきは華やかで、その顔と体の毒牙にかかった女性は星の数。その軽薄さは一部の男性たちから非難を浴びるほどだった。

「ああ、やはりシグルズ様……! あの、今日はシグルズ様が参加されると聞いて胸おどらせてやってきましたの」

 一目だけでも見たくて、と黄色いドレスを着ている右の女性が言う。声が上擦っている。

(顔もかわいくて申し分ない。今日は適当に切り上げてこの娘と一夜を過ごすか……)

 などという不埒ふらちな考えはまったく顔に出さない。

「白銀の騎士様! 祖国の英雄と相まみえることができるなんて、私たちは幸せ者ですわ」

 純白に青のベールを重ねた左の女性が興奮気味に話した。

「いえ、私の力など大したものではありません。皇帝陛下のご加護と騎士団の皆々方のおかげです」

 シグルズは無難な言葉をまとめあげて返答する。

 女性たちを不快にさせないよう紳士の笑みを貼り付けて対応していたシグルズだったが、気付けば3人の会話を聞きつけた他の参加者たちが周りを囲み始めていた。

「あの、よろしければうちの娘とダンスを踊っていただけませんか?」
「由緒正しき我が侯爵家こそ騎士様に釣り合うというもの!ぜひお話しいたしましょう」
「うちはヴェルスング家とは長い付き合いなんだ!そこをどいてくれないか」


 しまった。シグルズは小さく舌打ちした。

 婚約者探し。これに捕まりたくなかったのだ。


 この国では身分が人間の価値を決めるので自分の家柄以上のところに娘をとつがせたがる親は多い。

 最高位の公爵家であれば同格の家柄か、もしくは皇帝のお気に入りの家柄や名誉ある人物を取り込もうと躍起やっきになる。

 そんな彼女らが25歳で社交界デビューした祖国の英雄をそう簡単には見逃しはしない。


 さてどうしたものかと思案したとき、

「おい、シグじゃないか」

 と呼ぶ声があった。

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