貧弱の英雄

カタナヅキ

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番外編 獣人国の刺客

第876話 盗人の事情

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盗人の後を追いかけ、ナイはかつてミイナとヒイロと初めて出会った空き地へと辿り着く。正確には空き地を取り囲む建物の屋根の上に移動し、気づかれないように隠密と無音歩行の技能を発動させ、存在感と足音を消して様子を伺う。

反魔の盾を抱きしめた盗人は興奮した様子で周囲を振り返り、誰かと待ち合わせしているのか空き地から離れようとしない。その様子を見てナイは疑問を抱き、しばらくの間は様子を伺っていると、ここ人影が現れた。


「……盗んで来たか」
「あ、来た!!おい、約束の時間よりも遅いぞ!!」
「口に気を付けろよ、ガキが……」


路地裏を潜り抜けて現れたのは漆黒のマントで全身を覆い隠した人物が二人であり、声音から察するにどちらも男性らしく、彼等を見た途端に盗人は警戒する。


「あ、あんた達に言われた通りに盗んできたぞ!!これでいいんだろ!?」
「ほう、それがあの伝説の……」
「よく盗み出したな……ふっ、こんなガキに盗まれるようならば例のも大した事はないな」


反魔の盾を見せつけてきた盗人に対して男達は驚いた声を上げ、片方の男は子供に盾を盗まれたナイを嘲笑する。その態度にナイは眉をしかめるが、もう少しだけ様子を伺う。

どうやらナイから反魔の盾を盗み出した盗人の子供はこの二人に命じられていたらしく、彼は盾を抱きしめながら男達に警戒した様子で距離を取る。そんな子供に対して先ほどナイを馬鹿にした男が腕を差し出す。


「さあ、それを早く渡せ」
「おい、その前に金だ!!金を先に出せよ!!」
「調子に乗るなよ、ガキが!!」
「へっ、約束を守れないようならこの盾は渡せないね!!」
「このっ……!!」
「おい、止めろ!!」


子供が舌を出してお尻を叩くと、その態度に男が痺れを切らして襲い掛かろうとした。しかし、男の行動に対して子供は余裕の表情で攻撃を躱す。


「そんな動きで俺を捕まえられるかよ!!」
「くそっ、このっ……うおっ!?」
「もういい、止めろと言っている!!」


強硬手段で子供から反魔の盾を盗み出そうとした男だが、逆に足を引っかけられて転んでしまう。その様子を見ていたもう一人の男が怒鳴りつけ、懐に手を伸ばして袋を取り出す。


「これが約束の報酬だ……銀貨100枚丁度だ。これを渡すからお前も盾を渡せ」
「銀貨100枚……ほ、本物だろうな?」
「これ以上に俺達を怒らせるなよ……さっさと渡せ!!これ以上に逆らえばあの孤児院を焼くぞ!!」
「くぅっ……」


足を引っかけられた男の言葉に子供は怯えた表情を浮かべ、彼等の話を聞いていたナイは全てを察した。どうやら子供はこの二人に金を貰う条件で反魔の盾を盗み出し、それを彼等に渡すためにここへ来たらしい。

男達が孤児院という単語が出した事からナイは子供がまだ他にも訳ありだと考え、これ以上は見過ごす事はできなかった。ナイは子供が反魔の盾を差し出す前に男達の間に降り立つ。


「よっと」
「うわっ!?」
「な、なにぃっ!?」
「だ、誰だ貴様!?」


ナイが地面に着地すると、子供は驚いた表情を浮かべて他の二人も慌てふためく。そんな彼等に対してナイは真っ先に子供の元に近付き、彼から反魔の盾を奪い返す。


「これは返してもらうよ」
「わあっ!?」
「なっ……き、貴様!!それは我々の……」
「……これはお前達のじゃない」
「ひいっ!?」


男の言葉を聞いてナイは目つきを鋭くさせ、この時に凄まじい気迫を放つ。数々の死闘を乗り越えて強くなったナイは人間離れした「威圧感」を放ち、その威圧を受けた男達は恐怖で身体が震え上がる。

反魔の盾を奪い返された子供の方もナイのあまりの迫力に腰を抜かし、その場にへたり込む。その様子を見てナイは子供を驚かせたかと思い、とりあえずは反魔の盾を右腕に装着すると男達と向かい合う。


「お前達は誰だ!!どうしてこの盾を狙う!?」
「く、くそっ……逃げるぞ!!」
「あ、ああ……」
「逃がすと思ってるのか!!」


男達はナイの質問に答えず、慌てて逃げ出そうとしたが、ナイは空き地にはたった一つしかない出入口に先回りする。男達は一瞬にして出入口を塞がれた事により、慌てて隠し持っていた杖と剣を取り出す。


「こ、こいつ……」
「仕方ない、やるぞ!!時間を稼げ!!」
「杖……魔術師か」
「お、おい!!兄ちゃん気を付けろ、そいつは火属性の魔法を使うぞ!!」


片方の男の正体は魔術師らしく、慌てて子供がナイに注意を行う。もう片方の男は剣を取り出し、ナイへ目掛けて突っ込む。


「馬鹿め、武器無しで勝てると思ってるのか!?」
「馬鹿は……どっちだ!!」
「うわっ!?」


急いで後を追いかけたナイは武器の類は身に付けていないが、男の振り下ろした剣を簡単に躱し、逆に男の顔面を掴んで片手で持ち上げる。


「反省しろ!!」
「ぐへぇっ!?」
「ば、馬鹿なっ!?」
「すげぇっ……」


ナイは片手で自分よりも身の丈が大きい男を持ち上げると、地面に叩き付けて気絶させる。巨人族を想像させるナイの怪力に残った男は戸惑い、少年の方は呆気に取られながら感動の表情を浮かべた。

とりあえずは片方を気絶させると、もう片方の男に対してナイは振り返る。この時に男は慌てて杖を構えると、魔法を発動させようとした。


「く、来るな!!フレイム……」
「遅いっ!!」


魔法が完全に発動する前にナイは男に目掛けて踏み込むと、一瞬で距離を縮めてドルトン仕込みの「掌底突き」を顎に放つ。


「はあっ!!」
「ぐへぇっ!?」
「うわっ!?」


魔術師の男は派手に吹き飛び、子供は自分の元に飛んできた頭を下げて躱すと、地面に転がり込んだ男は鼻血を噴き出しながら痙攣する。ナイは少しやり過ぎたかと思ったが、これで残されたのは反魔の盾を盗み出した子供だけだった。

子供の方はナイの強さを見せつけられて戦う気は失せたらしく、逃げる素振りもせずに向き合う。ナイはそんな子供に事情を問い質そうとした時、不意に気配を感じて振り返る。


「誰だ!?」
「えっ?」
「……ちっ、やはりしくじったか」


ナイは後方を振り返ると、そこには漆黒のマントを身に付けた人物が立っていた。その人物は何故か全身に黒色の包帯を巻いており、異臭を放っていた。声音から察するに子供のような声だが、全身を覆い隠しているので本当に老人なのかは分からない。


「くそ、役立たず共が……」
「お前は……誰だ!?」
「臭っ……何だよ、この臭い!?」


人間のナイでさえも包帯を全身に巻き付けた老人の放つ異臭に顔をゆがめ、獣人族の子供に至ってはナイよりも離れているのに必死に鼻を抑える。そんな二人の態度に老人は怒り狂い、マントの中に隠し持っていた「鞭」を取り出す。


「儂を臭いだと……おのれ、殺してやる!!」
「うわっ!?」
「危なっ!?」


鞭を取り出した老人はナイと少年に目掛けて振り下ろし、この際に二人は避ける事には成功したが、この時に地面に叩き付けられた鞭はまるで蛇のように動いて先ほど倒された男二人の身体に絡みつく。


「うがぁっ!?」
「ぎゃああっ!?」
「ちっ……避けたか、だが構わん。絞め殺せ、蛇魔!!」
「なっ!?」
「うわっ!?」


老人が「蛇魔」と叫んだ瞬間、この時にナイは鞭の先端が本物の蛇の頭のような形をしている事に気付き、蛇の頭を模した鞭は勝手に動いて男達の身体を締め付ける。

この時に鞭の先端の蛇は口元を開き、片方の男の首筋に噛みつく。その様子を見てナイは驚き、まさか本物の蛇かと思われたが、直後に噛まれた男に異変が生じた。


「ぐああああっ!?」
「ひいいっ!?」
「な、何だ!?」
「これは……!?」
「くくくっ……干からびるまで吸い上げろ」


噛まれたのは魔術師の男であり、蛇の頭の形を模した鞭の先端に噛みつかれた男は悲鳴を上げ、徐々に身体が萎み始めて痩せ細っていく。最終的にはミイラのように変わり果てると、身体が痩せ細ったせいで拘束から逃れて地面に崩れ去る。

ミイラのように変わり果てた男を見てナイは驚愕し、同時に捕まったもう一人の男は鼻血を流しながらも必死に首を振る。男は鞭で自分を縛り上げる老人に泣きついた。


「お、お願いです!!許してください、様ぁっ!!」
「……オロカ!?」
「ちぃっ……この馬鹿がっ!!」


オロカの名前を男が口にした瞬間、ナイはその名前を聞いて驚愕の表情を浮かべた。オロカの事はナイも他の人間から聞かされており、先日の事件で死んだはずの闇ギルドの長の名前である。

老人は鞭で縛り付けたもう一人の男に対して鞭を振りかざし、彼の意思に従うように鞭の先端の蛇頭も動き出す。それを見たナイは先ほどの男のよう「蛇魔」と呼ばれる鞭がもう一人の男もミイラにさせようとしている事に気付き、咄嗟に止めに入った。


「止めろっ!!」
「なっ!?馬鹿、何してんだ!?」
「ほう……これは手間が省けた」


ナイは男の首に鞭の先端の蛇頭が噛みつく前に両手で掴み取ると、それを見ていた子供が声を上げ、一方で老人は口元に笑みを浮かべる。ナイは鞭の先端を止める事はできたが、この時に男の身体に巻き付いていた鞭が解放され、その代わりにナイが拘束されてしまう。


「馬鹿めっ!!」
「くぅっ!?」
「な、何してんだよあんた!?殺されちまうぞ!!」


敵である男を救うために代わりにナイは鞭で身体を拘束され、その光景を見ていた子供は声を上げるが、老人の方は勝利を確信する。しかし、ナイは全身を鞭で拘束されながらも諦めるつもりはなかった。
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