貧弱の英雄

カタナヅキ

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番外編 獣人国の刺客

第877話 生きていた小悪党

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「このぉっ!!」
「ぬおおっ!?」
「ええっ!?」


ナイは鞭に拘束された状態で男を力ずくで引っ張り、鞭を手にしていた老人は踏ん張る事もできずに引き寄せられると、ナイは老人に向けて手を伸ばす。


「捕まえた!!」
「ぐあっ!?」
「す、すげぇっ!!」


老人を軽々と引き寄せてナイの腕力に子供は目を輝かせる。すぐに「蛇魔」と呼ばれる鞭をナイは老人から奪い取ろうとした。


「こ、このっ!!」
「うわっ!?」


しかし、老人は隠し持っていた短剣でナイを突き刺そうとしてきた。その攻撃に対してナイは右手に装着していた反魔の盾で短剣を弾き返し、老人は反魔の盾に短剣が衝突した瞬間に発生した衝撃波で吹き飛ぶ。


「ぐはぁっ!?」
「ふうっ……これは預からせてもらうよ」


ナイは蛇魔という名前の「魔鞭」を回収し、老人は慌てて逃げようとするが建物の壁に背中が当たる。もう逃げ場は存在せず、ナイは魔鞭を回収して老人の元へ向かう。

老人の正体を確かめるためにナイは顔を包み込んでいる包帯に手を伸ばすと、老人は必死に抵抗しようとするが、ナイの力には敵わずに包帯を引きちぎられた。


「その顔を見せろ!!」
「や、やめろぉっ!!」


顔面の包帯を引きちぎった瞬間、ナイと他の者たちはその顔を見て驚愕した。老人の顔は酷い火傷を負っており、最早人の顔とは言えなかった。老人は包帯を引きちぎられた途端に苦しみ始め、顔面を両手で抑え込みながらもナイを指の隙間から睨みつける。


「おのれぇっ……見たな、儂の素顔を!!」
「……誰?僕の事を知っているのか?」
「くそ、くそくそっ……殺してやる、お前だけは!!」
「兄ちゃん!?後ろだ!!」


自分に対して強い殺意を抱く老人にナイは疑問を抱くが、ここで子供がナイに注意する。後方を振り返るとそこには先ほど吹き飛ばした男が立っていた。男は剣を握っており、ナイに剣を構えると老人が声を上げる。


「殺せっ!!さっさと殺してしまえっ!!」
「……ああ、殺してやるよ。但し、死ぬのは、お前だ!!」
「えっ!?」


剣士はナイに向けて剣を振り下さず、尻餅をついている男に向けて駆け出す。どうやら剣士の目的は自分を殺そうとした老人を殺す事らしく、老人は慌てふためく。


「ま、待て!!」
「うるせえっ、死ねぇっ!!」
「止めろっ!!」
「うわぁっ!?」


老人に向けて剣士は剣を振りかざした瞬間、ナイはそれを止めようとした。だが、この時にナイが所持していた蛇魔が勝手に動き出し、まるでナイの意思に従うかのように剣士が振り下ろそうとした刃に絡みつく。

剣士は突如として刃に絡みついた鞭によって振り下ろす事ができず、これに驚いたのはナイだった。勝手に自分の意思に従って動いた蛇魔に戸惑うが、鞭の先端の蛇の頭は剣士の首に噛みつこうとした。


『シャアアアッ!!』
「うひゃあっ!?」
「何だ!?」
「へ、蛇!?」
「やれ、やってしまえっ!!」


蛇魔は勝手に剣士の首に噛みつこうと動き出し、まるで生きている本物の蛇のように鳴き声を上げる。その光景を見た老人が声を上げると、ナイは咄嗟に男を救い出すために鞭を引き寄せる。

しかし、鞭を引き寄せようとした途端に鞭はナイの手元を離れ、男の身体を拘束する。本物の蛇の如く男の身体に絡みついた蛇魔は首に向けて牙を突き立てた。


「ぎゃあああっ!?」
「そんなっ!?」
「な、何だよこれ!?」
「くくくっ……そいつはただの鞭ではない、この儂が見つけ出した魔鞭じゃ!!」


蛇魔は老人を殺そうとした男の首元に噛みつき、先ほどのように男は生気を吸い上げられ、徐々にミイラと化していく。その様子を見たナイは咄嗟に男を救うために駆け出すが、既に時は遅すぎた。

男の生気を瞬時に吸い上げた蛇魔は迫りくるナイに標的を変え、牙を剥き出しにして飛び掛かる。まるで本物の蛇のように襲い掛かってきた蛇魔に対してナイは反魔の盾を構える。


『シャアアッ!!』
「このっ!!」


反魔の盾を利用してナイは蛇魔を弾き飛ばすと、蛇魔は地面に落ちた。それを見た老人は咄嗟に蛇魔を取り上げようとしたが、先に子供が動く。


「ちぃっ!!」
「させるかっ!!」


老人が拾い上げるよりも先に子供は蛇魔に手を伸ばすと、いち早く鞭を掴む事に成功した。老人よりも先に蛇魔を拾い上げた子供は鞭を取り上げ、蛇魔を遠くへ放り投げた。


「この野郎!!」
「なっ!?こ、このガキが……」
「いい加減にしろ!!」
「ふげぇっ!?」


蛇魔を奪い取った子供に老人は掴みかかろうとしたが、その前にナイが老人の背後に移動し、力ずくで首根っこを持ち上げる。片手のみでナイは老人を持ち上げると、逃げられないように壁際に押し込む。


「答えろ!!お前は誰だ!?」
「ぐぐぅっ……!?」
「な、なあ兄ちゃん……そいつ、確かこいつらからオロカとか呼ばれてたけど……」
「オロカ……まさか、あのオロカか!?」


ナイもオロカの事は知っており、それでも信じられなかった。なにしろオロカは既にこの世にいない人間のはずである。

闇ギルドの長を務めてきたオロカは先日の事件の際、爆発に巻き込まれて死亡したと聞いている。死体も確認されており、生きているはずがない。しかし、オロカと呼ばれた老人はナイに追い詰められながらも笑みを浮かべる。


「ふんっ……こうして顔を合わせるのは初めてだったな、貧弱のガキめ……」
「まさか、お前がオロカなのか?」
「くそっ……忌々しい、貴様さえいなければ儂はこんな目に遭わずに済んだ物を!!」


オロカはナイに対して憎々し気に睨みつけ、彼さえいなければオロカは今でも闇ギルドの長として君臨していたはずだった。



――時は遡り、オロカは罠に嵌まって拠点にしていた建物のごと爆破され、彼は全身火傷を負う程の酷い怪我を負った。普通の人間ならば死んでもおかしくはない傷だったが、彼は奇跡的に生還する。

実は爆発に巻き込まれた際、オロカの傍には彼の影武者が存在した。オロカは万が一の場合に備えて自分の影武者を同行させ、彼を囮役として使うつもりだった。しかし、爆破に巻き込まれた影武者は死亡してしまい、オロカだけはどうにか脱出した。

全身に火傷を負う重傷だったが、オロカは自分をこんな目に追い込んだ人間の復讐心で意識を取り戻す。幸いにもオロカの影武者の死体が発見され、彼は既に死亡されたと思い込まれ、王国兵が彼の捜索をする事はなかった。

その後のオロカは火竜との戦闘に巻き込まれた被害者として過ごし、闇ギルドが壊滅する前に運び出した金と自分が扱う「蛇魔」と呼ばれる魔鞭を持ち出す。後はかつて自分に従っていた配下を集め、闇ギルドを再結成させるつもりだった。

だが、結局はオロカが発見した元配下は二人だけであり、他の者は殆どが捕まるか既に死亡していた。仕方なくオロカは二人と共に自分をこんな目に追い込んだ人間達の復讐を計画する。



オロカが最初の標的として選んだのは「ナイ」であり、そもそも彼が破滅した原因はナイだった。王都にナイが訪れてから彼は破滅の道を歩み、彼さえいなければオロカどころかシンもシャドウも存命し、この国を裏から支配する存在として生き続けていただろう。

自分の人生を狂わせたのはナイだと思い込んだオロカは彼に復讐するため、まずは二人の部下を利用してナイを誘き寄せる作戦を考える。そこでオロカが思いついたのはナイが所有する反魔の盾だった。

ナイと親しい間柄の人間を誘拐して彼を招き寄せる作戦も考えたが、生憎とナイの周りの人間も只者ではなく、そもそもナイの周りには王国騎士団や冒険者もいるため、この方法は却下した。

そこでオロカはナイの情報を調べ上げ、彼が反魔の盾を何よりも大切にしている事を知る。反魔の盾はナイにとってはただの防具などではなく、亡き親友の形見だとしったオロカは反魔の盾を盗み出せる人物を探し出す。



オロカが目を付けたのはとある獣人族の子供であり、この子供は王都の孤児院で暮らしているが、実は孤児院に拾われる前は盗人として有名な存在だった。親から捨てられた子供は盗みを働き、盗みの腕だけで一人で生き続けたという噂はオロカも耳にしていた。

結局は子供は捕まってしまい、彼は孤児院へと預けられる。孤児院の人間は親を失った彼を心優しく受け入れ、子供の方も孤児院の人間には心を許し、非道に走る事はなかった。



しかし、そんな子供の盗みの腕に目を付けたオロカは部下二人を利用し、彼に接触を図る。調べたところによると少年の孤児院の経営は芳しくはなく、このままでは孤児院を維持するのも厳しい状態だと知ったオロカは子供に大金を渡す事を約束して依頼を行う。


『あの小僧を味方に引き入れろ』
『本気ですか!?あんなガキ、すぐに捕まりますよ!?』
『構わん、あんな小僧が一人捕まった所でただの子供の悪戯だと思われるだろう』


オロカの命令に部下二人は躊躇したが、別に今回の計画が失敗したとしてもオロカとしてはどうでもよく、別の作戦を立てれば良いだけだった。仮に失敗しようが以前に盗みを働いた子供の言葉など警備兵もまともに聞き入られるはずがない。


『おい、坊主!!お前が盾を盗み出せば金を払ってやる!!銀貨100枚でどうだ?』
『銀貨100枚!?嘘じゃないだろうな!!』
『ああ、約束してやる……但し、失敗しても俺達の名前を出すなよ。出した場合は……お前等の孤児院がどうなるか分かってるだろうな?』
『うっ……や、やってやるよ!!』


子供は孤児院を守るために仕方なく彼等の依頼を引き受け、そしてナイの反魔の盾を盗み出し、人目のない空き地に逃げ出す。この時に誤算だったのは子供が完全にナイを撒く事はできず、後を追跡されていた事だった。
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