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第7章 それぞれのクエスト 編

第 379 話 来訪者

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「後から分かったんだけど、流産だったみたいです……自分でも気づいていなかった、すごく初期の。『彼』とは別れたばかりだったし……」

 美咲は寂しそうな微笑を浮かべ、自分を見つめるレイラの視線に応じた。

「人間種も私たち妖精種も、他の種族も……生命の誕生は同じものだと思っていましたわ……」

 レイラの顔色は悪い……動揺と困惑と、言いようの無い怒りも籠る複雑な薄い笑みを浮かべ、美咲を見ている。美咲が落とした「小さな光」よりも、自分の存在意義に思いが乱されていた

「まさか……私たちが……あなた方の『空想』で創られた生命だったなんて……」

 にわかに受け入れ難い「創世の情報」を、レイラは自分の持ち得る限りの理性で飲み込もうと努める。その様子をスレヤーは心配そうに横目で確認しつつ、美咲に尋ねた。

「んじゃ……サガワとカナは、アンタと湖神様が『この世界』を創ったことを知って、追っかけて来たってことかい?」

「はい……光る子どもから告げられて1年も経たない内に……」

「信じられん……」

 膨大な情報に言葉を失っていたミッツバンが、美咲の言葉にようやく口を開いた。

「あなたの言われるような『想像による創造』なんてものが本当にあるとすれば……ユーゴの魔法術原理どころか、妖精種の古代魔法さえまったく歯牙にも掛けない幼稚な『力』ではないですか。それで一体、サガワなる者にどうやって立ち向かえると言うのです!」

「だよなぁ……」

 ミッツバンの言葉をスレヤーが引き取る。

「『外』からドガンと、星ごと吹き飛ばされりゃ、1発で終わりだろ? サガワってヤツが『想像の創造』で攻撃すりゃよぉ?」

「その点はちゃんと私たちも『想像』してましたから、大丈夫です」

 美咲は少し得意気な表情を見せた。

「直子先生と私の目的は、佐川さんの呪縛から加奈さんを解放する事です。だからこの星は、定置網の箱網のように創りました。佐川さんが太陽系に入れば、そこから出られないように……そして、この星に入ればここから出られないように……佐川さんを閉じ込める形に創ったんです。彼が居る領域が狭くなれば、使える『創造力』も小さくなるような法則も創りました。私たちも『想像から創造する力』を持ってますからね! 佐川さんと同じ領域での『チート対決』なら、2人がかりで勝てる自信がありました!」

 満面の笑みでガッツポーズを見せる美咲に、スレヤーとミッツバンは愛想笑いを浮かべうなずいた。

「なんか……よく分かんねぇケド……」

 スレヤーが美咲の説明に応じる。

「この星をぶっ壊すような魔法をサガワが使え無ぇように、アンタらが何か細工をしたってことかい?」

 美咲はうなずいた。

「佐川さんは誰かを『支配』し、苦しめ、その苦しみを見ることを『楽しみ』にしていたから……予想通り『1発で終わらせる』ことは試しもせず、加奈さんを連れてこの星に降り立ちました。私たちや、私たちが創り出した世界、生きものたちを『支配』するつもりだったんでしょう」

 光る板に映し出される「動く絵」に、レイラたち3人の目が向けられる。

「その時から、私たち……この星の全ての生きものと、佐川さんとの戦いが始まりました。佐川さんは約束通り、私たちに攻撃をすることはありません。それは、彼の意思と言うより、光る子どもによって科せられた『制限』となっていました。でも……」

 美咲はニヤッと笑む。

「私たちから佐川さんを攻撃することは出来たんです」

「はぁ?」

 スレヤーは素っ頓狂な声を出すと、板から目を離し、振り返って美咲を見る。

「『約束』ですものね……サガワがミサキさんたちを『攻撃しない』というのは。でも、ミサキさんたちがサガワを『攻撃しない』なんて『約束』はしていない……」

 動く絵を見続けながら、レイラが口を開く。

「ズリィなぁ……」

 呆れ顔でスレヤーがこぼすと、美咲は悪戯っぽく舌を出した。

「ハンデですよ、ハンデ! それに、光る子どもから『約束』を聞いた時に気付かない佐川さんが悪いんです。私たちを見くびってた証拠ですよ!……おかげで、かなり有利に戦うことが出来ました」

 光る板に映し出されて動く絵に、佐川との戦いが流れている。

「私たちを直接攻撃できない佐川さんは、これまで創り出して来たように『中身の無い人間』を次々創り出し、私たちや生きものたちに立ち向かわせました。とは言え、結局は佐川さんの操り人形ですから、操る者の意思が届かなければただの張りぼてです」

 佐川によって「創られた人間」が、生きものたちを殺戮する場面、そして、生きものたちがその「人間」を打ち負かして行く場面が流れる。

「佐川さんは『私たち』からの攻撃に遭わないために身を隠しながら、『創り出した人間』を使い破壊と殺戮を繰り返しました」

 美咲の言葉を、動く絵が再現している。生きものたち……特に、エルフを先頭に「佐川が創り出した人間」との戦いが続いていた。レイラは冷ややかな目でそれを見ながら所感を口にする。

「なるほどね……こんな『出来損ないたち』を相手にしてたのなら、ご先祖様方が人間を嫌悪し、蔑視して来た気持ちも分かるわ」

「あの……」

 佐川の影のように付き従っている少女の絵を指さし、ミッツバンがおずおずと口を挟む。

「この『絵』では、黒魔龍……カナさんという子は、まだ人間の姿のままですが……」

「はい……」

 美咲は小さく相槌を打ち、言葉を紡ぐ。

「私と直子先生は、佐川さんを封じる事より加奈さんを助け出す目的で動いていました。でも……加奈さんは、この星に来た時にはもう、直子先生の言葉にさえ反応しなくなっていました。……佐川さんのそばに居て、指示通りに私たちへ攻撃を放つ『道具』にされてたんです」

「……向こうは向こうで、対策を練ったってことか……確かに、サガワ自身の攻撃じゃ無ぇしな……」

 スレヤーが苦々しそうにつぶやくと、美咲はうなずき言葉を続けた。

「佐川さんを封じるため、私たちはこの星の中心に特別な領域を創っていました。そこに佐川さん『だけ』を封じる計画だったんです。だけど……いつもギリギリのところで加奈さんが佐川さんの助けに入ってしまう……。私たちは計画を変更し、私たち自身が『鎖』となり、佐川さんを封じることにしました」

 加奈からの攻撃の隙を突き、直子と美咲が佐川の両腕にしがみつき、火山の火口へ落ちて行く姿を「動く絵」が映し出す。3人の身体が弾け飛び、光の粒となって全地に降り注ぐ場面に、光る子どもの姿が映し出された。

「……またこのガキが出たの?」

 レイラが眉間にシワを寄せ、即座に反応する。

「はい。光る子どもは、佐川さんが創った中身の無い人間に、私たちから弾け飛んだ光の粒を次々に吹き入れました。『これで、光を持つ子らが出来た』とか言って……」

 佐川が姿を消したためマネキン人形のようにたたずんでいた「人間」たちが、「光の粒」を吹き込まれ、意思をもつ者として動き始める。

「それだけでなく、アイツは私たちの『内』に収めていたモノ……私と直子先生が『創らずにいよう』と決めていたモノまで記憶の中から見つけて、創り出してしまったんです」

 美咲は嫌悪感もあらわな表情を浮かべる。光る板には「モザイク」のかかった黒っぽい生きものが動き出す姿が描かれていた。

「なんだぁ、これ? これじゃ形が分からねぇじゃ……」

 苦情を口にしかけたスレヤーに、美咲が怒声を発する。

「本当なら、描く必要さえ無いモノですから!」

 突然の剣幕に、スレヤーは口を両手で押さえ閉ざした。美咲は目を閉じ、一瞬光を失っていた黒目に光を戻すと、何事も無かったかのように話を続けた。

「……佐川さんから加奈さんを引き離せば、彼女を『自由』に出来る……私たちはそう思ってました。でも……違いました。彼女を縛る呪縛は続いていたんです。」

 美咲は視線を黒水晶の中に居る少女に向けた。レイラたちも自然にその視線の後を追う。

「私たちが佐川さんを地核領域に引き込んだ後も、加奈さんは『呪縛』に従い、地上で破壊と殺戮を続けました。彼女の防衛本能は自らの身を黒水晶で守り、さらにそれを核とする大きな蛇の姿へ変わっていきました」

 光る板に「暗黒時代の黒魔龍」が誕生して行く姿が映し出された。

「その姿は、加奈さんの無意識下に在る想いが具現化したものです。特に『蛇』は、加奈さんのお母さんが恐れ・嫌っていた生き物……母親を慕い求めながら、最も母親が恐れ忌み嫌う姿に自らを変え、彼女は長い間、地上を彷徨う者になったのです」

 複雑な思いの籠った一同の視線が、岩壁そばに立つ黒水晶を見つめる。

「!!」

 その変化に気付いたのは、誰が初めであったかは分からない。だが、美咲を含む4人は今、自分が黒水晶の中の少女と「視線を合わせている」ことに気付いた。

「ダメッ!」「クッ……」「スレイッ!」「うわッ……」

 危険を察知した4者が、ほぼ同時に声を上げ防御体勢をとる。直後、黒水晶から無数の攻撃魔法が放たれた。

「クッ!」

「レイラさん! この中に!」

 威力が増大する攻撃魔法に押され始めたレイラたちに美咲が声をかける。ミッツバンと共同防御を張っていたレイラは、招かれるまま美咲が広げる防御魔法球へ移動し始めた。

「ミッツバンさんも早く!」

 先に美咲の防御魔法内に入ったレイラが振り返り叫ぶ。防御魔法に身を隠していたスレヤーは腕を伸ばし、ミッツバンを引き込もうとした。しかし、新たに威力を増した黒水晶からの法撃が、美咲の防御魔法球を襲う。

「グワァッ!」

 スレヤーの腕で辛うじて引き込んだミッツバンの身体は、しかし、腰から下を失っていた。

「ミッツ!」

「ミッツバンさん!」

 両手を前面に出す体勢で美咲の防御魔法に合波させていたレイラは振り返り、スレヤーに抱きかかえられているミッツバンの状態を確認した。美咲もそれを確認はしたが、今ここで法力を割く事は出来ない。「分思体」の身での魔法発現は、加奈の法撃を押さえるだけでもギリギリだった。

「ミ……ミサキ……さん……」

 喉から「ヒューヒュー」と鳴る異音を含ませ、ミッツバンが口を開く。同行者の末期を感じ取ったスレヤーは、その声を制止することが出来なかった。

「え?」

 防御魔法球に集中しつつ、美咲が返答する。ミッツバンは、もはや「会話」ではなく「独白」という口調で言葉を紡いだ。

「すみま……せん……でした……。私は……自分の欲を満たすため……我が身を守るために……あなたとの約束を……。カナさんが恐れ……忌み嫌うモノを……世に出してしまいました……」

 スレヤーの膝に抱かれ死の淵に落ち始めているミッツバンを、美咲はチラッと確認し首を横に振る。

「私……も……サガワと……同じですな……我が身の……欲のためだけに……」

「赦します!」

 美咲は正面を向き、防御魔法に集中しながら叫んだ。

「ここまで来られた貴方の謝罪の言葉、確かに受け取りました! 私は貴方を赦します! 後の事は心配しないで!」

 法力を安定させ、美咲は笑みを浮かべミッツバンに振り返った。安心したような微笑を浮かべ目を閉じているミッツバンを、スレヤーはゆっくり地面に横たえる。

「ミサキさん……」

 レイラの悲痛な声に美咲は反応し、視線を戻した。黒水晶から発せられる攻撃魔法力がさらに増し加わって来る。

 このままじゃ……もたない!

 防御魔法を発現する美咲とレイラの表情に、苦悶の色が濃く浮かぶ。突然、圧倒的な存在感を秘めた声が洞窟内に満ちた。

「か~~な~!」
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