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第7章 それぞれのクエスト 編

第 378 話 創られた生命

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「せっかくだから『ファンタジー』にしませんか?」

 微生物類を「想像による創造」で創り出す事に集中していた直子は、満面の笑みで提案する美咲をキョトンとした目で見返す。

「え?……っとぉ……美咲さん?」

「私、考えたんです!」

 困惑する直子の眼前に、美咲は顔を寄せて来た。

「ここを『地球みたい』にするんじゃ無くって、私たちがワクワクするような『世界』にしませんか?!」

 尚も困惑顔の直子に、美咲は演技がかった動きを交え語り出す。

「あの『光る子ども』は、私たちの中に『光』が在るって言ってましたよね? それって、夢とか希望とか想像力とか……何と言うか……喜びとか楽しみとか、ワクワクする心なんじゃないかなって思うんです!」

 直子は苦笑いを浮かべ首をかしげる。「だから……」と人差し指を立て、美咲は前置きすると、両手を大きく広げた。

「『創る』私たちが、喜んで楽しんでワクワクしながら創らないと、創られて来る『子』たちも輝けないんじゃ無いかな?……って思うんです!」

 美咲の語る意図を理解し、直子はうなずき笑みを浮かべる。

「でも……『あの子』は佐川さんも『輝いてた』って言ってたわよ。他人を苦しめ、奪い、支配する……それを『楽しむ』ことでさえ……」

「そんなんじゃダメです!」

 直子の言葉を断ち切り、美咲が声を上げる。

「他人の『光』と『輝き』を奪い、自分だけがほんの一瞬楽しむだけの『輝き』なんかに、何の価値も在りません! 私たちが『創る』世界は、みんなが心から楽しんで輝き続けられる『ファンタジーな世界』にしたいんです!」

「ファンタジーかぁ……ふふっ、面白そうね!」

 同意の笑みを浮かべた直子に、美咲は顔を輝かせる。

「でしょ?! エルフや小人や妖精たちに、オッドアイの王子さまとか……お話しの出来る動物たちや獣人・半獣人とかも!」

「獣人? いいわねぇ! モフモフな子たち!」

「え?」

 同意どころか満面の笑みで話に乗って来た直子の言葉に、美咲は目を見開き驚きの声を洩らす。

「もしかして、直子先生もそっち系『好き』な人なんですか?!」

「もちろんよ! それじゃあ、キチンと『中身』の詰まった子たちを創らなきゃね!」

 2人はいつの間にか手をつなぎ合い「キャッキャ!」と空想を膨らませていく。

「エルフと言えばぁ……」

 美咲は「想像で創造」したスケッチブックとペンを取り出し、線画を描き始めた。

「わ……上手ぁい……」

 真っ白な紙に描き上げられていくエルフの姿に、直子は驚きの賛辞を口にする。嬉しそうにはにかみながら、美咲は絵を完成させた。

「やっぱり特徴的な尖り耳は絶対ですね! 髪色は金・銀・ブルーとか……」

 同じく創り出した色彩ペンを使い、濃淡のある綺麗なアニメ画が出来上がる。

「ホント、美咲さんってプロのアニメーターみたいじゃない! すごい!……でもさ、外見のイメージは何となく掴めるけど、問題は中身よ。中身!」

「え? 中ですか?……裸体画はちょっと自信が無くって……」

「そうじゃ無くって!」

 本気か冗談か分からない美咲の返答に苦笑しつつ、直子も紙とペンを「創り出し」手に持った。

「設定よ!……ほら、エルフって長寿命って言うでしょ? 7000歳とか1万歳とか、不老不死とか……あと性格や、生活様式に……色んな能力とかも……」

 美咲は「ああ!」と理解の笑みを浮かべ、少し考える。

「7000歳とかって長生き過ぎません? せめて1000歳とか……ほら、人間の寿命が大体100歳ぐらいで、その10倍とかなら!」

「オーケー! じゃあ、エルフの寿命は1000歳ね。あとは……」

 2人は長い時間をかけ、自分たちが「創り出そうとしてる子たち」のイメージを膨らませて行った。美咲が描く「空想生物」たちそれぞれの外形的姿に、事細かく詳しい「生命」が吹き込まれていく。直子と美咲は瞳を輝かせ、心を込めて「生き物たち」を創り出していった。


―――・―――・―――・―――


「……『人間』は……どうします?」

 創り出された生き物たちが、それぞれに営みを始めた世界を満足そうに見渡す中、美咲が直子に問いかけた。口に出さずとも、これは当初から2人の心に引っ掛かっていた課題でもある。
 『人間』を「想像」で「創造」する―――佐川の記憶で見た「創られた人間たち」の姿は、張りボテの作り物であったとは言え、2人の心に大きな不安と恐怖を抱かせていた。
 佐川の指示に従い、思い描く通りに動き・語るだけの「操り人形たち」であったが、それは地球で……元の世界で見聞きして来た人間社会の「負の姿」そのままだった。実際に起きた事件や事故、災害や戦争の「記憶」という、佐川の知恵や知識・経験から創られた世界の人間たち……「人間」の内に在る「闇の一面」を知る直子と美咲は「人間を創る」ことをこの時まで躊躇していた。

「……『人間』は……」

 直子はしばらく考えた後、口を開く。

「創らなくても……良いんじゃ無いかな?『オッドアイの王子さま』に会えないのは残念だけど」

 笑顔で応えた直子の決断に、美咲もホッと笑みをこぼす。

「ですね!……やっぱり、なんか『人間』って……『楽しんで』は創れそうにないですモンね!」

 2人は顔を見合わせ「フフフ……」と笑う。人間である自分たちが、人間を否定する―――その、何とも言えないバツの悪さを誤魔化すように、直子が口を開いた。

「そうだ! あとね、やっぱり生態系を維持するために、虫とかももっと増やそうかなって……美咲さん『絶対にダメ』な虫とかって、居る? たとえば……『ゴキブリ』とかって、苦手な人?」

 尋ねた直子が瞬時に引くほど、美咲の顔が強張り青ざめた。

「えっと……美咲さん? 大丈……」

「絶対に要りません!!」

 殺意さえ感じる、焦点の定まらない光を失った真っ黒な目を向け、美咲は直子に怒声を発する。

「存在する必要の無いモノなんか、創る必要はありません! あんな……絶対にイヤです!」

 美咲のあまりの興奮に、直子はたじろぐ。美咲は激しい呼吸で身を震わせ、突然、フッと脱力し、その場に座り込んでしまった。そのまま倒れそうな美咲を、直子は慌てて支える。

「ちょ……大丈夫?! 美咲さん……」

 しばらくボーッとしていた美咲の焦点が定まり、視線を直子に合わせて来た。

「ビックリしたわぁ……ゴキ……『G』を嫌いな人はいっぱい居るけど……」

 再び身を固くしかけた美咲に配慮し、直子は急いで言葉を繋ぐ。

「そうね! 要らないわよね、あんな虫は! 別に、生態系に絶対必要ってワケじゃ無いし……ホラ! 北海道なんか『アレ』が居なくても、ちゃんと生態系は守られてるんだから! ウン! 創らないでおこうね!」

「……すみません……ホント……私……ダメなんです……『アレ』だけは……」

 まるで水難事故から救助されたばかりの人のように膝を抱え、血の気を失った顔で震えながら美咲は応えた。「いや……どんだけぇ!」と心で苦笑いしつつ、直子は美咲の身体を包むように寄り添う。

「ずいぶん輝いてるね。良かった。『彼』もようやく『ここ』を見つけたよ」

 2人の目の前に、突然、光る子どもが姿を現わした。「キャ……」と2人は抱き合い、光る子どもをしばらく呆然と見つめ、状況を飲み込む。

「……ずいぶん……お久しぶりだったわね?」

「ねぇ! 加奈さんは、大丈夫? 佐川さんは約束をちゃんと守ってくれた?」

 気を取り直した直子と美咲の言葉に、光る子どもはニンマリと笑みを浮かべる。

「全員そろうまで、彼はキミたちを傷つけ無いと言った。ボクもキミたちを傷つけはしないし、『箱の中』に残ってる者たちには何も要求はしない。ちゃんと輝く星々を創ったほうの望みを、最後に聞いてあげる」

「……約束よ」

 直子の念をおすひと言に、光る子どもは大きく口角を上げた。

「そうは言っても、何か信用出来ませんよねぇ……」

 美咲の言葉に、直子もうなずく。

「一応、準備はしておいたほうが良さそうね。そうだ……」

 直子は立ち上がり、両手を掲げた。薄く光る「膜」が空に広がり、全地を包む。

「何をしたんだ?」

 光る子どもが首をかしげる。直子は「光の膜」が全地に行き渡ったのを確認すると、振り返り答えた。

「みんなに『言葉』を教えたのよ。佐川さんが約束を守らない場合、みんなで一致団結して立ち向かわないといけないでしょ?」

「『言葉』なんか必要無いのに……」

 不満そうに呟いた光る子どもに、直子は胸を張って応える。

「コミュニケーションに『言葉』は大事よ!……ただ、本当はゆっくり時間をかけて『彼ら自身』が言葉を生み出していくのを見ていたかったケド……いつ佐川さんが来るか分からないから、仕方ないわ」

「ふうん……」

 光る子どもは軽く応えると、再び、口元に笑みを浮かべた。

「まあいいや、それで輝くのなら……。言っておくけど『彼』とは『キミたちを攻撃しない約束』はしたよ。でも、キミたちが『創ったモノ』に対しては何も約束はしていないからね」

「ほら……」

 美咲は光る子どもを呆れ顔で見、唖然とする直子に語りかけた。

「やっぱりコイツは信用出来ません! 私たちが創った世界を、佐川さんが『楽しみながら』壊すのを見たいとか思ってるんですよ、絶対!」

「すごくキレイに輝くからね」

 悪びれもせず笑みを浮かべる光る子どもを、直子と美咲は睨みつける。

「じゃあ……急いで態勢を整えましょう」

 光る子どもに「良識」が通じないのは先刻承知の直子が声をかけ、美咲も立ち上がろうとした。しかし、突然襲った下腹部の痛みで、地面に両膝を着き両手をお腹に当てる。

「美咲さん! どうしたの?!」

 慌てて手を差し伸ばした直子の前に、光る子どもが壁となりニンマリ微笑む。

「ちょっと! どいてよ!」

 怒声を浴びせる直子に向かい、また「両正面」で美咲を見下ろし笑みを浮かべ、光る子どもが口を開く。

「ここの『時』が動き始めたね。約束通り、キミから落ちた『この小さい光』はボクがもらって行くよ。『面白い素材』だから……」

 光る子どもは美咲の股間に手を伸ばし、そのまま姿を消してしまった

「何のつも……り……よ」

 拳を振り上げていた直子は、その手をゆっくり下ろしながら言葉を飲み込む。へたり込んでいた美咲は目を見開き、光る子どもが「消えた空間」と、その先に立つ直子の顔を見る。

「あ……何か……すみません……もう……大丈夫? みたい……」

 よろけながら立ち上がろうとする美咲に、直子は手を貸した。

「本当に大丈夫? 美咲さん……顔色、悪いわよ?」

「ええ……まあ、でも……」

 応じ始めた美咲は、気配を感じ視線を正面に向けた。つられて直子も同じ方向を見る。目の前に広がる草原に、 数多あまたの生きものたちが集まっていた。その先頭に立つエルフの男女……美咲が描いた絵にそっくりなエルフが語りかけて来る。

「我らを創りし母さま方……悪意有る者が、迫って来ております」

 加奈と美咲は顔を見合わせうなずいた。

「分かってるわ……大丈夫! みんなを集めて!」

 直子の指示に生きものたちが動き出す。その姿を見つめる美咲の内腿には、幾筋かの血が伝い流れていた。
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