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第7章 それぞれのクエスト 編

第 380 話 不条理な無力

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 グラディー山脈地底洞窟に響く、黒水晶の少女「柴田加奈」が放つ攻撃魔法音……その破壊音さえ飲み込むほど、圧倒的な「存在感」の籠る声が地下空洞に充ちる。

「なん……だよ……こりゃ……」

 全身総毛立たせたスレヤーは、その恐怖に飲み込まれないよう剣を掴み戦闘態勢をとった。しかし、本能的に感じ取っている……自分の力など、この声の主に対し全くの無力であろうと。

「ミサキ……さん……この声……は……」

 防御魔法のため多大に費やす法力が枯渇に近いことを感じつつ、レイラは美咲に声をかけた。

「佐川さんです……スッカリ『化け物感』が出てますけど……」

 美咲は苦笑いを浮かべつつ、防御魔法球の発現に集中する。

「か~~な~~っ!」

 さらに存在感を増した声が響くと、黒水晶から放たれていた攻撃魔法が止まった。脱力したレイラが、その場で崩れるように膝をつく。片膝立ちで剣を構えていたスレヤーはレイラのそばへ移動した。

「こ~んな~とこに~~、いた~のか~~」

「なんだよ……ありゃ……」

 洞窟床の固い岩盤が、泥土のように波打っている。スレヤーは目を見開いて驚愕の声を洩らした。

「しっ!」

 美咲から制止を受け、スレヤーは口を閉ざす。

「こ~い~……か~な~……」

 ネチャネチャと音を立てながら、泥土が黒水晶に近付いて行く。グラリと黒水晶柱が傾き、泥土の中へ沈んで行くのをレイラたちは呆然と見届けた。黒水晶の中の少女加奈は、その間、ジッと美咲を見続けていた。

「……あれが……サガワ?」

 黒水晶が完全に泥中に消え、地面が元通り固い岩盤に戻ったのを確認し、レイラが改めて尋ねる。美咲は消え行きそうな光粒体を震わせながら応えた。

「はい……。もちろん、本体ではありませんが……あれは佐川さんの『分思体』です」

「サガワはあの子を、どこに連れてったんだ?」

 ようやく「恐怖」が消え、スレヤーは剣を鞘に収めながら尋ねる。

「地核に……私たちが封じている佐川さん『本体』のもとに向かっています」

「マズいんじゃねぇか……それって……」

 沈痛の面持ちで語る美咲の言葉にスレヤーは応じ、レイラに視線を向ける。

「あなた方の『鎖』を解くために、カナさんを連れて行った……ということ?」

「はい……。佐川さんは私たち『小娘』から束縛されている状態に、相当ストレスを抱えてますから……。私たちを『直接攻撃』出来る加奈さんの『本体』を、ずっと探し続けていたんです。でも……とうとう見つかっちゃいましたね」

 美咲は溜息混じりの笑みを浮かべ、3人を包んでいた防御魔法球を解いた。

「私たちがここに来たせいで……」

「違います!」

 レイラの言葉を、美咲が即座に遮る。

「加奈さんを隠すために張っていた私の結界魔法は、もう、限界でした。どの道、あと数日も経たず佐川さんには感知されてたでしょう……」

 光粒子で出来た美咲の身体が、ノイズのように細かく左右にズレを生じさせ薄らいでいく。その身体に、洞窟の天井から降った小石が通り抜け、地面に落ちた。レイラとスレヤーは異変を感じ上部を確認する。

「ここも……もう、もちません……」

 美咲の言葉に呼応するように、次々と小石が……そして、剥がれた岩のかたまりがガラガラと音を立てて降り落ちて来た。

「こりゃ……ヤベェ……」

 足下からも異様な振動を感じ始めたスレヤーの声にレイラも同意し、美咲に尋ねる。

「出口はどこ!?」

「お連れします!」

 美咲は自身の光粒体を分解し、レイラとスレヤーを包む球体へ変える。直後、大きな揺れと同時に、空洞内に天上の岩盤が一気に崩れ落ちて来た―――


◇  ◇  ◇  ◇  ◇


 8日後、エグラシス大陸北方の地―――野営の焚火から舞い上がり消える火の粉の先に夜空の星を見つつ、レイラは数ヶ月前の光景を思い出していた。

『……みんな最後は「星」になる……なんて話も「あり」なのかなぁ、なんて……』

 タグアの町を出てすぐの野営で、篤樹の語っていた言葉がよみがえる。

 まさか本当に「輝く星々」だった……なんてね……

 レイラはフッと笑むと、首を横に振り溜息を吐く。

「……で、ホントに『タクヤの塔』に向かいますか?」

 スレヤーは野営調理具を片付けながらレイラに声をかけた。

「そうねぇ……」

 レイラはたき火に目を向け、揺れる炎を見つめる。
 地底から脱出の際に、美咲から聞いた情報―――佐川を捕えている地核領域への道は、現在「タクヤの塔」が立つ地下に在る。出て来るにせよ、立ち向かうにせよ、道はそれ1本しか「創っていない」。泥土の佐川も、加奈をその道に連れて行った……それなら……

「アッキーに『友だち殺し』をさせない……それが私たちの目的よ。カナって子の境遇は分かったけど……だからこそ、余計にアッキーと遇わせるわけにはいかないでしょ?」

 スレヤーはフッと笑みを浮かべ、旅袋に道具をしまい込む。

「アッキーに殺らせるワケにゃいかんでしょうねぇ……。ま、そもそも甘ちゃんアッキーにゃ手に余るでしょうし……そっスね。初志貫徹といきますか!」

 レイラはスレヤーの言葉に笑みを返し立ち上がると、野営寝具を旅袋から取り出し、星空を見上げた。
 篤樹に負けず劣らず「甘ちゃん」な自分たちに、果たして黒魔龍―――柴田加奈を滅せられるかどうか……まだ決心はつかない。そもそも敵うのかどうかさえ分からない。何より叶うものなら……「星」となった姿ではなく、笑顔の加奈本人を篤樹のもとへ連れ帰りたい……そう、願わずにはいられなかった。
 

◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 杉野三月は、手近に生えていた綿毛を冠る野草を手折ると、静かに息を吹きかけ種子を飛ばした。数十の綿毛がフワフワと風に乗り、草原の丘に広がって行く。三月の魔法により創られた空間世界―――普段は吹くことの無い、強い風が丘に吹き上げた。

「エルぅ……感情コントロール」

 穏やかな口調で三月は「愛弟子」をいさめる。三月の斜め正面には、白い光粒子体の小柄な「光る子ども」がニンマリと笑口を見せていた。向き合う形で立ち、光る子どもを見下ろすエルグレドは、様々な感情の入り混じる複雑な表情を強張らせている。

「……その話が、本当なら……」

 感情の抑制を働かせ、エルグレドは口を開いた。

「本当だよ」

「事実だろうねぇ……」

 光る子どもだけでなく、師匠である三月からも即座に言葉を被せられ、エルグレドは不満そうに溜息を吐く。

「分かりました……『この世界』が湖神様……コミヤナオコさんとカトウミサキさん、そして、バスの御者サガワの『記憶と経験と想像』によって創られた……いえ、あなたによって 創らされた世界・・・・・・・だということ……。そして、私はその『カトウミサキ』さんという方が『落とされた光』として生まれたのですね? それをあなたが『拾われ』、母胎となる母さま……第12代イグナ国王シャルドレイ・イグナの第2妃フォティーシャの胎内に宿された、と?」

「キミの光が消えないよう、長い間ボクが保護した後にね。『彼女の想像』に合わせたんだ。『オッドアイの王子さま』に会いたいって『想像』していたから。……まあ、せっかく対面出来たのに、彼女は気付いてもいなかったケド……『鏡の中』だったから、見えなかったのかな?」

 エルグレドは、光る子どもの口を通し語られて来た「創世の話」と「自身の存在」に対し、絶望的な怒りを感じていた。しかし、あまりにも悪びれる事の無い光る子どもの態度に、全ての感情を越え呆れてしまう。

「あなたの……ただ、あなたの願望を満たすためだけに……」

 ニンマリと笑みを向ける光る子どもに、エルグレドはこれ以上の苦言を呈する事を不毛に感じ思い止まる。ここまでの話の途中、感情を爆発させ光る子どもに喰ってかかりもしたが、その全てに何の効果も無いことを学習していた。

「お? 踏み止まったね? 偉い、偉い」

 光る子どもから語られる「この世界の成り立ち」を聞く間、エルグレドは2度の「感情爆発」で三月の空間世界を壊しそうになった。いつでもエルグレドを「拘束」出来るよう準備をしていた三月は、今回、その必要性が生じないことを心底喜び、笑顔で賛辞を送る。そんな「師匠」の思惑を読み、エルグレドはジト目で睨む。

「ミツキさんは……何とも思われなかったんですか? この方のせいで……こんな不条理な『 生命いのち蹂躙じゅうりん』に巻き込まれたというのに……」

「ん?」

 三月は「話が出来る精神状態」でエルグレドが問いかけて来た事に、嬉しそうな笑みを浮かべた。

「まあ……最初に聞いた時は、かなり腹は立ったけどね……」

 自ら手折った野草を、三月は元の茎に「再接合」させ、視線をエルグレドに戻す。

「どうして僕たちが乗ってるバスが選ばれたのか、何故、よりによって運転手さんを最初の『創造手』に選んでしまったのか……。小宮先生やバスガイドさんが最初に選ばれていれば良かったのに……とかね。何より、柴田さんに加えられたあらゆる暴力に……僕もキミと同じ憤りと……無力さを感じたよ」

 大賢者「らしく」落ち着いて見えていた三月が、自分と同じく「かなり腹を立てた」という事実を知り、エルグレドは共感者への安堵を覚える。

「ただね……」

 三月はエルグレドから視線を外し、眼下に広がる森を見つめた。エルグレドは「師匠」の転回口調に眉をひそめる。

「この『創られた世界』だけでなく……僕らの居た元の世界だって、同じように『不条理な世界』だったのを思い出したんだ。佐川って運転手だけが特殊な『支配欲者』じゃない……もちろん、こんな所に連れて来られたせいで狂った面もあるだろうけど、他人を支配する事を『喜び』に感じる人間ってのは、案外少なくなかったよ」

「この世界と……変わらない?」

 エルグレドの問い掛けに、三月は軽く笑む。

「『ここ』は先生たちの『想像』のおかげで、かなりファンタジーに創られてはいるけどね。でも、不条理さは同じようなものだってこと。誰かが誰かを『支配』しようとする……親が子を、子が親を、家族同士が支配者になろうとする。国は国に、民族は民族に、国家は国民に……。力有る者は力無き者を支配し、弱い者たちがさらに弱い者を叩く世界……。柴田さんのように、自分で選ぶことの出来ない『親の下』に生まれ育ち、自分が被害者だとさえ気付かされないまま支配され……光も輝きも……命も奪われる子どもが後を絶たない世界……。それが、元々僕らの居た世界さ」

 三月の語る言葉を、エルグレドは真剣な眼差しで受け入れていく。

「『自分』という存在に気付いた時……」

 エルグレドからの問いが無い事を確認し、三月は言葉を繋いだ。

「すでに『居場所』が決まってるんだ……国や、民族、家族が。そして、そこでの立場も決まっている……弱い国、弱い民族、社会的地位や経済力の格差……生まれて来る者に、立場を選ぶ権利が無いという不条理さ……。同じだよ……『ここ』も『向こう』も。だから……『彼』を責めても何も変わりはしない」

 三月が視線を向けると、光る子どもはニタァと笑った。エルグレドはその表情に苦笑しつつ、師匠に問う。

「では……ミツキさんは、そんな世界を甘んじて受け入れろ、と? 欲を満たす一瞬の『輝き』のために、他者から『光』を奪う者ら……サーガのような連中の『輝き』さえ認めると言うんですか?……この方と同じように」

 佐川の「輝き」さえも美しいと表現した光る子どもを一瞥し、エルグレドは三月に挑戦的な視線を向ける。三月は楽しそうに笑みを浮かべ、首を横に振る。

「認めないよ……」

「じゃあ……」

 回答をせっつくエルグレドを手で制し、三月は続けた。

「……だけど、僕の『時』はもう終わってるんだ。もちろん、エルくん……キミの『時』もここに留められている……」

 三月は視線を空に向けた。

「……向こうに残って居る……賀川くんたちの『想像』と『創造』に、委ねるしか無いんだよ。今はもう……」
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