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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 166 話 闇の中の光

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「痛っ……たぁ……」

「大丈夫? エシャー……怪我は?」

 篤樹は自分の胸元付近で聞こえるエシャーの声に反応し呼びかけた。

「暗くって……分かんない……アッキーは? 大丈夫?」

  あごの下にエシャーの頭頂部の毛髪を感じながら、篤樹は左右に首を向けた。

 ダメだ……暗くって何も見えないや……でも……

「うん……床に転がった時にぶつけた右肩がちょっと痛いけど……怪我とか骨折じゃないと思う……」

「ちょっと待ってね……」

 篤樹の胸元から、エシャーが顔を上げる様子を感じる。

 ゴンッ!

「あ痛ッ!」

「大丈夫!?」

「頭ぶつけたぁ……痛ぁい……」

 エシャーの言葉が終わる前に、まるで蛍の光のような淡い緑色の光が灯る。光源はエシャーの左手の人差し指だ。

「一応……助かった……の……かな?」

 篤樹は辺りを確認し呟いた。

 突然の激しい揺れに襲われた瞬間、篤樹は 咄嗟とっさにエシャーを抱きかかえるようにテーブルの下へ転がり込んだ。「地震が来たら机の下に潜る!」という、幼い頃から刷り込まれてきた防災意識が身体を動かしたのだろう。

 床下から突き上げるような強い衝撃が2回続き、すぐに激しい横揺れを感じた。その時には、もう天井やら何やらがバリバリと音を立て崩れ落ち始めていた。床に落ちて来る 瓦礫がれきの衝撃でほこりや砂が舞い上がるのを見て、とにかく篤樹はエシャーを両腕でしっかり抱きしめたまま覆いかぶさった。揺れと建物の損壊音が収まり目を開くと、2人が身を隠したテーブルの下は光の遮断された空間になっていた。

「アッキー……ヘンな顔ぉ!」

 光沢の有るエメラルドグリーンの髪が、埃で見事に真っ白に染まっているエシャーがケタケタと笑った。

「エシャーだって……お婆さんみたいなすごい髪になってるよ!」

 篤樹も言い返す。エシャーの灯のおかげで状況が見えたことで、少し気持ちに余裕がもてたのかも知れない。パッと見では、2人とも出血などが確認されなかったことから安心感が生まれる。

「いったい何だったんだろう?」

 テーブル周りに積み重なった瓦礫を照らしながら、エシャーが呟く。

「地震……じゃないかなぁ……」

「なぁにそれ? あ、さっきも言ってたよね?『ジシン』って!」

 篤樹は一瞬考えた。

「ああ……うん……まあ、あれはエシャーがベッドを揺らしたから……寝ぼけてて『地震が来たのかな』って思っただけで……」

「え? じゃあ巨人なの? こんなに揺らして壊しちゃうくらいの?」

 篤樹はエシャーの疑問にキョトンとする。

「えっとぉ……エシャー? この世界……っていうかルエルフ村には『地震』って無かった?」

 今度はエシャーがキョトンとした目で見つめ返す。

「ほら、えーっと……地面がグラグラッて揺れたりとかってさ、無かった?」

「地面が? 揺れる? どうして?」

 そっかぁ……ルエルフ村自体が地震の無い「別の空間」なのかぁ……

 篤樹はエシャーに何て説明すればいいかを少し考え……諦めた。

「俺のいた世界じゃ、時々地面が揺れる『地震』って現象が起こるんだ。こんなにデッカイ揺れ方は俺も初めて体験したけど……建物が壊れない位の地震は結構何回か体験したことがあるよ」

「ふうぅん……迷惑な話だねぇ」

 エシャーの感想に、篤樹は思わず吹き出して笑った。

「あー! アッキー……いま私を馬鹿にして笑ったでしょう!」

「いやいや……うん……そう。あ、馬鹿にしたんじゃなくって、ホントに迷惑な話だよなぁって。俺らの世界でも地震はみんなに嫌われてるよ」

 エシャーは篤樹の取り つくろいに納得出来ない表情を浮かべながらも、疑問を投げかける。

「笑わないで答えてね、アッキー。その『ジシン』ってのは……サーガとか巨人みたいな『敵』じゃないってこと?」

 篤樹は必死で真顔を作って応じた。

「地震はね……地球の……地面の自然現象だよ。雨が降ったり雷が鳴ったり風が吹いたりするような……あっ、もちろん俺の世界では、だよ」

 約束を守り「馬鹿にしない」で答えた篤樹を評価するように、エシャーの表情も やわらぐ。

「まあ、もしも『敵』だとしたら、まだ攻撃してるはずだもんね。そっか……『雨』なら仕方ないよね……」

 エシャーは自分なりに状況を整理して頷いた。

「さて……と……」

 篤樹はそんなエシャーの様子に安心すると、今後の対策に思いを向ける。

「スレヤーさんとレイラさんは無事だったかなぁ……? この瓦礫……俺たちじゃ 退けられないよ」

「私の攻撃魔法でやってみようか?」

 篤樹に背をもたれた姿勢のまま、エシャーは右手を目の前の瓦礫に向けた。

「待って! エシャー!」

 エシャーの腕を篤樹は思わず掴み、攻撃魔法をやめさせる。

「この周りがどうなってるのか分からないからさ……いきなり攻撃魔法を撃ったら、もしかしたらその衝撃で、このテーブルを潰すくらいの瓦礫が上から落ちて来るかも知れないよ? もしかしたら、あの瓦礫の向こうでレイラさんが気絶でもしてたら、レイラさんを撃っちゃうことになるかもだよ!」

「え! レイラがあそこにいるの?」

「たとえばの話! どうなってるか分からないから、攻撃魔法は無し! いいね?」

 エシャーは右手に溜め始めていた法力を解放するように、息をはき出した。

「……何だか暑いね……ここ……」

 改めて空間全体を見渡すように、エシャーは光源の左指を動かす。確かに……篤樹も何とも言えない暑苦しさを感じ始めていた。

「狭い空間だからかな……」

 2人の会話が止まる。きっと同じような症状を、身体に感じ始めているのだろう。

「なんだか……頭が痛い……さっきぶつけたからかな……」

 エシャーが右手で頭を触る。

「俺も……頭痛が……」

 篤樹は右手でエシャーの額を触った。埃でざらつく額に、ビッショリ汗をかいていることに気づく。息遣いも荒くなっている。後ろから抱きかかえるように回している左腕が、エシャーの脈を感じた。かなり激しく脈打っている。これって……

「ごめん……アッキー……なんだか……気持ち悪い……」

 エシャーは篤樹の左腕をほどき、前かがみになる。吐き気を感じているようだ。篤樹は「保体の岡部」が授業で言ってた話をふと思い出した。酸素が足りなくなった時に起きる症状……酸欠。……空気が……この狭い空間でエシャーと2人……酸素が足りない?!

「エシャー、もう、その灯り消していいよ!」

 篤樹の声に返事も無くエシャーの指の灯が消える。

 魔法の原理が何なのかは分からないけど、あの光を作り出すために、もしかすると酸素も使ってるのかも知れない。少しでも酸欠を遅らせないと……

「エシャー……あのね黙って聞いて。ここ狭いから酸素が……空気が少ないみたい。話をしたりすると余計に空気を使うから、2人とも少し話をやめておこっか?」

 エシャーの右腕が動き篤樹の右手を掴むと「ギュッギュッ」と2回握りしめた。

 了解……ってことかなぁ……?

 篤樹も同じように握り返した。エシャーは半身を起し篤樹にもたれかかる。暗くて つらくて不安な気持ちを和らげようと、少しでも身体の接触面を増やそうとしているようだ。篤樹も同じ気持ちだった。寄りかかって来たエシャーにもう一度左腕を回し、両腕でギュッと抱きしめる。エシャーは自分の前に組まれた篤樹の腕に、自分の両手を添え絡めて来た。

 この感覚……何だろう……あっ、そっか…… 文香ふみかだ……

 篤樹はエシャーを抱きかかえるように足を投げ出し座っている感覚に、妹の文香を思い出していた。

 去年の夏、たまたま両親と姉の 綾香あやかが不在で、兄妹2人だけで夜にホラー映画を観た時の記憶が甦る。綾香と違い、篤樹も文香もホラー系には強くない。強くないけど興味だけは強い。結局2人で、話題のホラー映画を観ることになったのだが……リモコンに手を伸ばすことも出来ないまま、2人で抱き合い最後まで観た思い出。

 不安な気持ちは「ギュッ」と抱き合えば少しは和らぐ……篤樹はエシャーを抱きしめる力を少し強めた。エシャーもそれに応え、添え手に力を加え返す。

 ほら……怖いけど……こうしてれば少しは……安心できる……言葉は無くても同じ気持ちを確かめられる……

「あっ……」

 篤樹は思わず声を漏らした。一瞬エシャーの手がピクッと反応する。

「エシャー!」

「え? 何?」

 静まっていた空間で、篤樹から突然呼びかけられ、エシャーも声を出し応じた。

「エシャーの伝心! レイラさんに伝心!」

「でん……あっ! やってみる!」

 すぐにエシャーは篤樹の両腕をギュッと握った。恐らく、そうする必要性は無いのだろうが、そうすることで自身の集中力を高めようとしているのだろう。

「……どう?」

 篤樹は結果が気になり早々に声をかける。

「待って! レイラとは波長が……ちょっと……あっ……」

 エシャーの言葉が止まった。つながったのか? 篤樹の腕を握るエシャーの手の力がしばらく弱まった後、今度は急に腕全体を抱きしめるように強く引き寄せた。

「どうだった?」

「レイラ元気だった! すぐに出してくれるって!」

 エシャーが語り終える間もなく「キーン!」という高い音が一瞬聞こえ、目の前に白い光の線が真横に切り開かれる。数秒も待たず、光の線の幅は広がって行く。光の眩しさに目を閉じたいという身体の反応に逆らい、篤樹は手の平をかざす指の隙間から、開かれていく光の扉を薄目で見続ける。

「エシャーっ!」

 レイラの叫ぶような声が聞こえると、すぐに篤樹は前面に抱えていたエシャーの身体の重みが取り除かれたのを感じた。

「おうっ、アッキー! 無事か?」

 すぐに聞こえたスレヤーの力強い声に反応し、篤樹は腕を差し出す。声以上に力強いスレヤーの手がその腕を握り、テーブル下の空間から篤樹を引き出した。そのまま、抱きかかえられるように移動される。

「ちょ……大丈夫ですよスレヤーさん! 降ろして下さい!」

「おっとぉ、そんなに元気か! よしっ!」

 数メートルほど移動した場所で降ろされた時には、篤樹の視力もだいぶ回復していた。周りを見ると、見慣れた借家の庭はそれほどの変化は無いように見える。篤樹は建物の状態を確認するために振り返った。

「あ……」

 目に映ったのは、まるでミシュバット遺跡で見かけた崩壊した建物のように、完全に瓦礫の山になっている「借家」の姿。すぐそばで、レイラに肩を抱かれ泣いているエシャー……

 レイラさんも泣いてる……心配してくれてたんだよね……それに……

「一度降ろしますね」

 両腕を瓦礫の山に向けて伸ばしてるのは……

「エルグレドさん! 戻ってたんですか?」

 エルグレドは空中に浮き上がらせている瓦礫の塊を、ゆっくり元の場所に戻す。

「当然です」

 救助作業を終えたエルグレドは、振り返ると笑顔で答えた。


―・―・―・―・―・―


「でね、アッキーったら私が『ジシン』を知らないからって、馬鹿にして笑ったんだよぉ!」

 エシャーがレイラに訴える。

「まあ、 ひどいわねぇ」

 レイラが微笑みながら篤樹を睨む。

「違いますって! 別に馬鹿にしたワケじゃないし……エシャー!」

 エシャーはレイラにしがみつき、篤樹に「ベーッ!」と舌を出した。もちろん、すぐに満面の笑みを向ける。

「まあ、ルエルフ村には地震は無いって事も、思いがけず分かりましたね」

 エルグレドが微笑みながら頷く。

「で? 市内のほうの被害は?」

 スレヤーは軍兵士の気質なのか、自分達の無事が確認できた後は他の被害が気になって仕方が無かった。

「省庁関係は全て無事な様子でしたよ。でも市街地は……全壊の建物もあれば無傷の建物もありました。造りによって被害はマチマチという感じです」

 エルグレドの報告に全員が押し黙る。この辺り一帯は妖精の 悪戯いたずらのおかげで無人の空き家ばかりだが、市内の被害は……

「人的被害は恐らく……かなりの数かと……。まったく……」

 エルグレドは深いため息をついた。篤樹も自分なりの感想を述べる。

「……ビックリしました……こっちの世界にも……地震が有るって……」

「ええ『自然の地震』はこれまでの歴史上、何度か起きていますよ」

 エルグレドが答える。スレヤーも険しい顔で加わった。

「ああ、大きな地震も何度かはあった……」

「でもこの地域では今まで一度も無かったわ……」

 レイラも意味深に呟く。

「えっと……それは……」

 3人があまりにも真剣な表情なのを見て、篤樹は真意を尋ねる。

「自然の地震には一定のサイクルや原因があります。地震が起こる場所は大体決まっているんです。そういう場所では建物を建てる際にもそれなりの対策をとりますが……ここは……起こるはずの無い場所なんですよ」

 エルグレドは腕を組み、右手の拳を口元に当て何かを考えるような仕草を見せた。

「『自然の地震』では無い……何者かによって引き起こされたとしか……」

「何者かって……やっぱり巨人!?」

 レイラの脇に抱かれたエシャーが、大きな声で持論を述べた。
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