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第4章 陰謀渦巻く王都 編

第 167 話 不穏な報告

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  倒壊とうかいした借家から荷物を掘り出し馬車に積み込んだ一行は、すぐに市街地へ向かった。

「こりゃ……確かに……ひでぇや……」

 郊外の緑地帯を抜け市街地に入るとすぐに、御者台に座るスレヤーが声を洩らす。隣に座っている篤樹もその惨状に呆然とした。

「まだ埋まったままの人がいるのかなぁ……」

  ほろの前方からエシャーとレイラも顔を出し周囲を見回す。倒壊した建物の 瓦礫がれきを取り除いている軍の兵士たちがそこかしこに見える。

「軍部は市内全域に部隊を展開しています」

 馬車の前方を進む馬に またがったエルグレドが、メンバーに状況を伝えた。法歴省から貸し与えられた馬に乗り、借家に駆けつけてくれていたのだ。

「震災救助には不慣れな部隊ですが、彼らは遺跡調査関連で瓦礫除去に慣れてますから……」

 立ち止まって救助活動に加わるべきではないか、という自責に言い訳するかのようにエルグレドは語る。

「……とにかく一度法歴省に戻ります。軍部との連絡もまだ残ってますし……でも全員で一緒に行動しましょう」

 特任探索隊の隊長という責務を負う以上、私情で行動を乱すわけにはいかない。そんなエルグレドの心痛も感じとり、篤樹たちも「救助の手助けをすべき」という思いを飲み込む。

「今回の地震が『自然地震』じゃないとすりゃ、『誰か』が『何か」を狙って引き起こした可能性もありますからねぇ……」

 スレヤーもエルグレドの意図を汲み取った見解を述べる。この探索隊が狙われた可能性だって排除出来ない以上、用心に越したことはない。

「リュシュシュのリュネ長老の話ね」

 レイラが落ち着いた声で応える。

「……アッキーが狙われたかも……ってこと?」

 エシャーが確認する。

「 最後おわりの者が尋ねくる時、この世界は終わるだろう。終わりの時に訪れるその者の名は……」

 レイラはリュネが語ったユーゴの予言を暗唱した。

「僕の……せいで……?」

 篤樹は急に自分の責任を感じる。周りの景色……倒壊した家屋の瓦礫を除去している兵士たちが、篤樹を睨みつけているように感じる。家族の無事を願って泣き叫んでいる人々が、篤樹に向かって怒りの声をぶつけているように聞こえる。

 この惨状が……俺を狙った「攻撃」……かも……

「悪いやつだね! そいつ!」

 エシャーが憤慨した声を上げた。

「もしアッキーを狙ってこんなことする奴がいるんなら、エルがやっつけちゃってよ!」

 エシャー……

 篤樹はハッと我に返りエシャーの顔を見る。エシャーは「ねっ!」と同意を求める笑顔を見せた。

「そうだなぁ! そんな悪いやつがいたら俺が真っ二つにしてやるぜ!」

 スレヤーが笑顔で応じた。

「私一人で敵う相手では無いかもしれませんからね。だからみんなで一緒に立ち向かいましょう!」

 エルグレドも答える。

「あなたが悪いんではなくてよ、アッキー」

 レイラも笑みを浮かべ、篤樹に声をかけた。

「あなたが来た事で『何か』が動き出しているのは本当かも知れないわ。でも、それによって起こるどんなことにも、あなたが責任を感じる必要は無くってよ」

 心の動揺を一人一人が感じとったのだろうか、皆の言葉で篤樹は落ち着きを取り戻していく。

 そうだ……そうだよ! 俺が何かをしたってわけじゃない! もしも俺を狙ってこんな事をする奴がいるとしたら……まったく迷惑な話だ!

「まあとにかく……」

 エルグレドが語りかける。

「今回の地震の原因は全くの不明ですし、アツキくんに関する予言も一切が分かっていないんですから、仮定の話で混乱するのは控えましょう。私たちは一丸となって成すべきを成すグラディ……ではなくて、ひとつのチームなんですから」

「あ? エル、今『グラディー戦士』って言おうとしたでしょ?」

 エシャーがエルグレドの言葉尻をとらえ冷やかしを入れる。エルグレドは恥ずかしそうに前を向き、レイラとスレヤーも笑顔で頷いた。

 この人たちと出会えて……本当に良かったなぁ……

 篤樹は胸元の渡橋の証しを服の上から握りしめ、自分の今の境遇を喜ぶ。

 でも……

 改めて災害の惨状を見渡し、湧き上がる不安を感じていた。

 ……こんな……これほどの「力」をもった「敵」に、本当に狙われてるのだとしたら……

「それじゃ、馬を返してすぐに戻りますから待っていて下さい!」

 文化法歴省の建物の前に馬車が止まると、エルグレドはそう言い残し建物横の馬止め場に入って行った。


―・―・―・―・―・―・―


「エルたち遅いねぇ……」

 幌の中で荷物を枕に身を横たえ、エシャーが呟いた。文化法歴省に馬の返却と報告書類提出を終え、一行は数ブロック離れたエグデン王国軍駐留部隊本部事務所へ場所を移している。

「もう一時間は経ってるわねぇ……『みんなで一緒に』なんて言っておきながら、困ったお二人さんだわ……」

 レイラは開いた本から視線もそらさず、エシャーの呟きに答える。篤樹は幌の前方に横向きに座り、御者台に右腕を乗せ外の様子を窺う。あれほどの『地震』だったのに、その後一度も「余震」が無い……本当に「何者か」が何かの意図をもって揺らしたのだろうか? それともたまたま……

「どう? アッキー」

 真横から唐突にエシャーが声をかけてきた。

「ウワッ!」

「何っ?」

 驚いた篤樹の声にエシャーも驚きの声を上げる。いつの間にかエシャーが傍に寄って来ていたのだと理解し、篤樹は苦く笑みを浮かべた。

「あ……ごめん。ちょっとボンヤリしてて……気が付かなったから……」

「あー、ビックリした! もう、アッキーったら……寝不足?」

 エシャーはそう言いながら篤樹をまたぐように両手を御者台に乗せ、外の様子を確認する。篤樹はそれを避けるように伸ばした足を縮めた。

「眠気は無いよ。ただ……みんなが救援活動を頑張ってるのに……ここにこのまま座ってて良いのかなぁって……」

 軍部事務所の建物からは、引っ切り無しに人々が駆け足で出入りしている。どこから来るのか、どこへ向かうのか分からないが、10名ほどの小隊も何組もが集まっては散って行く。その姿を見ている間に、篤樹はまた自責の念にかられていた。

「それは考えないようにって、さっきみんなで決めたでしょ?」

 レイラが冷静な声で釘を刺す。

「そうだよぉ。エルたちが戻ってきたら、すぐに『タクヤの塔』に向けて出発するんだから……中途半端なお手伝いはかえって邪魔になっちゃうよ」

 そうは言ってもなぁ……

 篤樹はエシャーの横から外の様子に再び目を向けた。

「お待たせさん!」

 戻って来たスレヤーが、御者台に上がりながら声をかける。反対側からエルグレドも御者台に上がって来た。

「もう! 遅いよぉ、二人ともぉ!」

 エシャーは御者台の真ん中に両手をついたまま、エルグレドとスレヤーに文句を言う。二人は一瞬互いに目線を交わし、エルグレドが応えた。

「すみません……色々とありまして……」

「なぁに? 歯切れが悪いわね?」

 レイラがその様子を不審がり尋ねる。

「まあ……話は道すがらって事で……ね? 大将」

 スレヤーがエルグレドの同意を求めるように語りかけた。篤樹もエシャーも、その様子から軍部で何かあったのだと勘づく。

「何があったの?」

 エシャーが即座に聞くが、エルグレドは首を横に振り、手綱を握るスレヤーに出発を指示した。

「じゃあ……スレイ。とりあえず行きましょう……町を出てからお話しします」

 後半は幌の中の三人に投げかけた言葉だった。その様子から、ただ事ではない雰囲気を感じた篤樹達は押し黙る。スレヤーが手綱を打ち馬車はゆっくりと動き出した。

 通り過ぎていくミシュバ市街地はエルグレドから聞いていた通り、完全に倒壊した建物もあれば外観上は何の被害も見受けられないものもある。全体として3割くらいの建物が大きな被害を受けているようだ。
 道路には市中の人々や軍部の救助隊が多く行きかっている。子どもの泣き声や大声で叫んでいる人々の声、瓦礫を除去するための役馬のいななきや法術士らが取り除く瓦礫の衝撃音が響き渡っている。その混雑と喧騒の中を巧みに御しながら、スレヤーは馬車を町の外壁門へ導いた。

「……ミシュバット遺跡は大部分が倒壊したそうです」

 町の喧騒が耳に入らなくなるくらいまで離れると、エルグレドが話を始めた。篤樹は遺跡の情景を思い浮かべる。確かにあれだけ風化の進んでいる建物群なら、朝の揺れには耐えられないだろう。

「全容はまだつかめていませんが、もっとも揺れが早く、大きかったのはここから北に5kmほど離れたマキネの村だったそうです」

 マキネの村?

 篤樹はエシャーを見たが、自分と同じく当然エシャーも「外界」の地理には暗い。2人はほぼ同時にレイラに目を向けた。

「獣人種の方々の村ですわね?」

「ええ……もちろん駐屯兵や人間もいますが……報告では村人の死傷者は無かったようです。家屋の造りが『軽い』のが幸いしたみたいですね。ただ……」

 エルグレドは幌の中へ振り返る。

「10数人分の遺体が、震源地近くで発見されました」

「10数人『分』?」

 エルグレドの報告にレイラが確認を入れる。篤樹も言葉の言い回しに違和感を感じていた。

「損壊が激しい遺体だったらしいです。全員『分』……」

 スレヤーが代わりに答える。それを受けてエルグレドも報告を続けた。

「今朝の地震とどんな関係があるのかは分かりません……が、震源地点と思われる場所で、身元不明の10数人の惨殺死体が見つかりました。これが一つ目の報告です。軍から調査隊が派遣されたそうですので、追々情報は入って来るでしょう」

「まだ……他にも?」

 篤樹が尋ねた。「一つ目の」と言うからには、他にも報告があるのだろうと察しがつく。

「予定していた北上路の橋が使えなくなりました……大きく迂回する必要があります」

 北上路の橋……それって……

「『タクヤの塔』に向かう橋ね?」

 レイラが確認する。

「はい。ブラデン山脈を越える北上街道につながる橋が落ちましたので……東に迂回しつつ別の橋を渡るしかありません」

「ボボスのアーチ橋も落ちたらしいんで……最低でも150kmは迂回せにゃならんみたいです」

 スレヤーも状況を伝える。

「さぞやカミーラ大使も大変でしょうねぇ」

 レイラは感情のこもっていない事務的な声で呟いた。

「やっぱり、レイラもお父さんのことを気にして上げるんだね」

 エシャーが特に他意もなくそう言うと、レイラは急に慌てたように言い直す。

「何よ! そりゃブラデン山脈は私たちの領域なんだから……当たり前でしょ! きっと大変な騒ぎよ。橋だって4本はエルフ族が管理してるんだし……あの人の仕事も大変だろうなって……何? 私、何か変なこと言った?」

 あまりの慌てようにエシャーは目を丸くして驚き、首を横に振る。エルグレドはフッと笑みを浮かべる。

「そうですね……北のエルフ族とエグデン王国都市部を結ぶ大切な橋ばかりですからね。大使も対応に追われる事になるでしょう。さて……もう一点ですが……」

 再び表情を固めくしたエルグレドは、完全に身を篤樹に向けた。

「サガドの町に入る前に頼まれた『山賊討伐』の件について、報告がありました」

 山賊討伐……あっ! 亮と高木さんの村を助けるための……

「例のアツキくんの2人のお友だちのことなんですが……」

 エルグレドはどう伝えるべきかと言葉を選ぶ。その間にエシャーが尋ねる。

「あっ? アッキー、エルにばらしちゃったの?」

「え? あ……うん……昨日の朝……遥の事と一緒に全部話した……あの! それで? 亮と高木さんは?」

 篤樹の問いかけに、エルグレドは取り繕う言葉を全て捨て、事実だけを伝えた。

「彼らは……山賊共々、消し飛んでしまったそうです」
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