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第3章 エルグレドの旅 編

第 124 話 結ばれた想い

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 フィルロンニのテント内に ともされている2つの灯火が揺れ動く中、エグザルレイは真っ直ぐフィルロンニに顔を向け、語られる言葉に集中していた。

「俺が230、フィリーが 丁度ちょうど180の時だ……。もう、とっくに大人の歳だったが……フィリーにとって父親の死は相当ショックだったんだろうな……アイツは心を病んでしまった……。10年近くの間、言葉を失っていた。俺は……父の代わりにはなれ無いが、何とかフィリーを立ち直らせようと俺なりに努力をして来た……それがかえってアイツを傷付け、苦しめている事は薄々感じてはいたが……手を離す事が出来なくなっていた……」

 フィルロンニは目を開き、エグザルレイと目を合わせる。

「……その頃はまだ今とは違ってグラディー族は1つにまとまっていた。種族を超える戦士達が、混成で戦線に出るのが普通だった……他種族にも心から信頼し、背後を任せられる戦友も何人かいてな……その中の1人から、俺はこっ ぴどく怒られたんだ。フィリーに対する接し方を知られてな……」

「戦友……から……ですか?」

「ああ……まだ若い……とは言え、俺らエルフからすれば他種族はほとんどみんな『若い』んだが……ソイツは20歳はたちそこそこ……まあ、要は『見た目同世代』って付き合いだな。ソイツは俺にとって一番の戦友……親友であったし……痛いところをズバズバ言いやがるから腹も立ったが……いつも正しかった。 休暇きゅうかでソイツも連れて村に戻った時……俺がいない間にフィリーの状態はかなり悪くなっていてな。アイツは自分の命を終わらせるつもりで村を出てしまっていた……」

「……フィリーが……自死を?」

 フィルロンニは苦笑いを浮かべる。

「エルフの自死なんざ聞いた事も無ぇって、村中大騒ぎさ! 大体、人間種レベルの方法じゃ絶対に回復するしな。……でも最悪の方法を取れば……いかに治癒力の高い我々だって死にはする。だからみんな必死で捜した。俺の戦友……ケパもな」

「えっ! ケパさん……師匠が?」

 エグザルレイは目を見開いた。

 そうか! ケパさんは……師匠はフィルロンニさんと親友だったんだ……

「あっ!……それじゃあ……師匠が言っていた『残思伝心の種』って……」

「俺がケパにやったエルフの秘薬だよ。……お前の姉に対して効いたらしいな? 噂で流れて来た」

 フィルロンニは嬉しそうに微笑み、エグザルレイを見る。

「はいっ!……おかげで……私たち 姉弟きょうだいの今が与えられました……」

「…… った勢いだったんだがな……効くかどうかも怪しい『村の宝』をアイツにやったのは正解だったって事で安心した。……ちなみに今この『村の宝』になってるのは、俺が代わりに置いた ねずみの くそだからな。……間違っても飲むなよ?」

 エグザルレイは笑顔で うなずいた。

 人属を……他種族を疑い、関係を絶ち、閉鎖的に生きているエルフ属のグラディー戦士と思っていたフィルロンニが、自分の師匠であるケパと親友であったということ、そして、今、そのケパの名によって自分達が1つにつながったような喜びを感じていた。

「そのフィリーとケパの事だが……フィリーを捜し始めて2日目の昼、ケパの背にしがみつくようにしてフィリーは戻って来た……2人で『飛んで』な。聞けば大陸の南端……ゲショルの岬から海に身を投げようかとしていた時、ケパに発見されたそうだ。何をどう話したのか……ケパは『説得などしていない』と言っていたが……明らかにフィリーの心に変化があったようだ。……おどおどとした態度ではあったが、俺とも視線を合わせられるようになっていたし、会話も……一応は意思の 疎通そつうはかれるくらいに回復していた」

 そうか……フィリーの「おどおどした態度」はその頃からの……

「……残りの休暇中、フィリーはケパと物見の岩に度々出かけていた。 気高けだかい鳥人種は滅多めったに人を背に乗せるなどしないはずだが、ヤツはフィリーのリハビリだと言ってな。だから……俺は初め、この2人が 恋仲こいなかになるかと思っていたが……それは 下衆げす勘繰かんぐりだったようだ。ケパは確かにフィリーを大切にしてくれたが、それは本来、俺が成すべき兄の正しい つとめをヤツが代わってくれていたようなものだ。フィリーもケパを親しく 尊敬そんけいしていたが、それは自分を導いてくれた師に対するような思いだったみたいだな」

 エグザルレイはフィリーが「飛べるイメージはある」と言っていた事を思い出した。心から信頼するケパの力を 肌身はだみに感じ、自分自身の感覚として「飛ぶイメージ」をその時期に たくわえられたのだろう。

「……今日、フィリーとお前が『飛んで』現れた時……まあ、 ずは痛みを忘れて度肝を抜かれた。そして……ケパの言葉を思い出した。『フィリーはいつか自由に飛べるはずだ』とな。その時は笑い飛ばしたもんだが……今日……ケパの言葉の意味を理解出来た気がした……」

 フィルロンニはそう言うと、温かな 眼差まなざしをエグザルレイに向けた。

「俺は男としてお前を信頼出来る戦友だと今は感じている。だが……直視すべき問題にはキチンと向き合わねばならない。……エルフと人属……他種族とでは生きている時間が違うのだ……。戦士に死は突然訪れる。今日も……多くの友と別れる事になった。だが戦いの中での死はエルフも他種族も同じ『時』を生きる中で訪れるものと割り切れる。 つらいのは……自分と友の生きる時の長さが初めから違うと分かっていながら共に生きる事だ。ケパは……あの 勇猛果敢ゆうもうかかんな戦士は……私から言わせれば『たったの50数年』で 天寿てんじゅを全うしてしまった……。それだけではない……ヤツは……会う度に……年老いていったのだ……その姿を見るのがどんなに辛い事か……」

 フィルロンニは目を閉じ天を仰いだ。エグザルレイはフィルロンニの言わんとする事は充分に理解しているつもりだ。それは いにしえより分かっていることだ……

「俺たちエルフは……」

 フィルロンニはまだ目を閉じたまま話を続ける。

「……俺たちグラディーのエルフは他地域のエルフとは一線を かくしている。もう千年以上も昔からそうだ。……だから他のエルフ族とは考え方にも違いが多くある。……あえて本音を言うなら、グラディーのエルフは『人間らしさ』を求めるエルフだ……他者を愛し、家族を愛し、一族を愛する。……より成熟し、充実した日々を願い、物事に飽き足りる事無く日々を築き上げる……そんな人属の生き方に 感銘かんめいを受け、自分達もかく在りたいと願い……エルフでありながらグラディーに加わって来たのだ」

「……エルフが『人間らしく』というのも……不思議なニュアンスですね」

「……同族からも言われたさ……いや…… 侮蔑ぶべつされたと言うべきかな……他のエルフ族からは。……数百年前に『エルフ族協議会』なんてのが出来たらしいが……当たり前のようにこの村に誘いは無かった。……もっと昔にはエルフとルエルフと人間の『三者会談』なんてのもあったそうだが……途中からこの村は 離脱りだつしたらしい」

「『ルエルフ』……ですか?」

 エグザルレイは聞き覚えの無い単語に関心を示す。

「ああ。『ルエルフ』だ。……他種族と男女の関係に結ばれたエルフやその夫婦から生まれた子孫らを、北のエルフを中心にした連中が『ロ・エルフ』と呼んだのが始まりだ。……エルフにあらざる者って きたねぇ呼び方で差別してたらしい。そんなヤツラが嫌で、この村の先代達は他のエルフ達との関係よりも、グラディーとして他種族との交わりを選んだんだろう。……ま、当然だな」

「……エルフと他種族での…… 婚姻こんいん関係が……前例があるんですか?」

 フィルロンニは微妙な笑顔で頷く。

「それが幸せなのかどうかは知らん。俺たちはその『ルエルフ』とやらに会った事も無いからな……。時の流れの違う他種族間での婚姻など……俺には想像も出来ん。……愛する者が自分の かたわらで日に日に老いて行くのを見続けるなど……耐えられん」

 エグザルレイはフィルロンニの伝えたい事は充分に理解出来たつもりだ。その上で、自分の思いを告げる。

「……それでも……共に生きたいと……定められた命の日々を共に歩みたいと……願う事は おろかな事なのでしょうか?」

 フィルロンニは「もう諦めている」とでも言うようなサッパリした笑顔で頷く。

「……俺はフィリーを保護しているつもりで しばっていた……ケパに 怒鳴どなられた時から何も変わっていなかったのかもな……フィリーもあの時から変わる事無く過ごして来たから……それがあの子の性質なのだと疑わなかった。……オドオドとした態度で他人の顔色を うかがう姿が……病から回復したあの子の普通の姿なのだと。……だが……そうでは無かったようだ」

 フィルロンニはエグザルレイを見つめる。

「今日……お前と共に空から舞い降りたフィリーは……自分の存在に確信を持つ強い命の力に満ちていた。……アイツが望むなら……俺は妹の生き方に口出しする気は無い」

 エグザルレイは真っ直ぐフィルロンニを見つめ続けている。フィルロンニはその視線をしっかりと受け止めながら細く笑む。

「……どんな答えをお前らが選ぶのかは自由だ。……ひとつ教えておいてやろう。この世界のどこかに……ルエルフ達が住む特別な村があるらしい」

「特別な村……ですか?……それはどういう……」

「言っただろう? 俺たちはグラディーとして生きて来たから他のエルフ達の情報には うといんだ……だから……詳しくは分からんが、そのルエルフの村は特別な結界の中に在って『時間の流れ』が違うらしい……エルフと他種族の『時』の流れが等しくされるとか……」

 エグザルレイはフィルロンニが語る不思議な『村』に興味を抱く。人が長命になるのかエルフが短命になるのかその原理は分からないが……人とエルフが等しい時を共に過ごせる場所が在る……ということか?

「場所も何も俺は知らんぞ!」

 フィルロンニはエグザルレイの視線に、次に来そうな質問を先読みすると両手でその視線を断ち切った。

「……ありがとうございます……いつか……その『村』に行く事が出来れば、と考えただけです。……しかし……」

 エグザルレイの目がグラディー戦士の目の輝きになる。

「そのためにもまずはエグデンの計略を阻止することが何よりも先決……義兄達を救出し、ヤツラの『壁』作りを断念させなければ」

「……当然だな。では東方遠征に出るんだな?」

「はい」

 エグザルレイは今度は明確に返事をした。その表情に迷いは無い。その表情にフィルロンニは満足そうに頷いた。

「今日の我々の勝利で、エグデンのヤツラは前線を上げるどころか、逆に大きく後退させることになった。ピスガの話通りならヤツラは囲い込む面積に限界があるそうだな? グラディー領をヤツラの囲い込み面積以上に保っていれば『壁』を発動することも出来んだろう。その間に連れ去られた法術士達を解放すれば、ヤツラは壁作りの こまそのものを失う事になる。……たのんだぞ、エル」

 半身を起こして座ったまま、フィルロンニが右手を差し出した。エグザルレイは立ち上がってフィルロンニの傍まで寄ると、 片膝かたひざをつき握手に応える。

「……作戦を成功裏に終わらせた あかつきには……共に酒をみ交わしていただけますか?」

「無論だ。だが間違っても『秘薬』は食うなよ?」

 2人は「種族の壁」も「生きて来た よわいの壁」も越えて今、「戦友」と認め合う互いの手を強く握り締めた。
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