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第3章 エルグレドの旅 編

第 123 話 戦勝の宴

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 エグザルレイはエグデン軍の陣営から奪った馬に乗り、グラディー領境の森を目指して駆け戻った。
 敵陣本部は放っておいても6体のオーガによって破壊され尽すだろう。加えて、逃げ出した兵を追い、サルカス領からエグデン領まで行ってくれればなお良い。

 それよりも……

 エグザルレイはグラディーの森での戦況が心配だった。森に入ったエグデン軍を はさみ撃ちにするよう指示は出したが、背後はエルフ属の 弓手戦士きゅうしゅせんし9名と護衛の戦士10数名……さすがに手薄だ。煙幕を張った森内での混戦で片をつけないと、敵に再び態勢を整えられてしまう。

 だが、森の境目が見えてきた時、エグザルレイは自分の懸念が 杞憂きゆうに済んでいる様子にホッと胸を撫で下ろした。

 平野まで戻って来ているエグデン兵はほとんどいない。森にはまだ煙幕が広く漂っている。しかし、投石機は3基共稼動かどうしていない様子だが、2体のオーガが暴れている姿が見えた。どうやら2体の操作法術士を討ち らしてしまい、反撃の兵として操られているようだ。

 操作法術士達も突然の攻撃にパニックを起こしているのか、オーガの首にまたがり、周囲に近付く者を敵味方関係無く片っ端からロープの むちで吹き飛ばしている。

 前線から逃げ出して来たエグデン兵数人とすれ違ったが、エグザルレイは敗走する敵を無視して前線へ馬を った。

  彼ら敗走兵に手を下す必要はない……もっとも、彼らが陣営に辿り着いたら、ここよりも悲惨な状況を の当たりにするでしょうけどね……

 森の中から逃げ出して来るエグデン兵が次々に倒された姿を確認し、エグザルレイはその方向へ馬を向けた。森まで20m以上近付いたところで、その姿に気付いたグラディー戦士の声が響く。

「友軍だ! グラディーのエルが来たぞ!」

 森の中からグラディーの戦士……人属とエルフ属の戦士3人が駆け出して来た。エグザルレイは馬から飛び降りる。

「戦況は?」

「圧勝です! 森の中にもエグデンの生き残りはほとんどいません! すでに再前進した我らの前線部隊も森の ふちまで到達しています!」

 エグザルレイよりも若い人属戦士が、勝利の喜びに満ちた笑顔で報告した。

「エルの作戦通りにいったぜ! 完勝だ!」

 年配の人属戦士も 相槌あいづちを打つ。

「……フィリーからの伝心だ。……あの2体のオーガ、どうすればいいか、だとさ」

 エルフの戦士がエグザルレイに尋ねる。

「フィリーはどこに?」

 エグザルレイの質問に、エルフの戦士はオーガ2体が暴れている方向を指差した。

「あの森の境にいる」

「すぐに行くとお伝えを!」

 そう告げると、狂ったようにロープを振り回し暴れる2体のオーガがいる方向へ駆け出す。3人の戦士達も後を追い駆け出したが、あっという間も無く引き離されてしまう。

 エグザルレイはオーガ達の傍まで一気に駆け寄り戦況を確認する。エルフの弓手達がオーガの首にまたがる操作法術士達を狙うが、なかなか狙いを定められない。 闇雲やみくもっても法術士には当たらない上、オーガの硬い体に矢が刺さることも無い。

 攻め手にあぐねるグラディー戦士たちは、オーガの攻撃範囲から離れた場所で右往左往している。その様子を確認していたエグザルレイを見つけ、森の中からフィルフェリーが飛び出して来た。

「お帰りなさいエル!……あとはあの2体を れば終わりです……ただ……近付くことも出来ず……」

 エグザルレイはフィルフェリーに笑顔を見せ頷く。

「ただいま……フィリー。無事で何よりです。さあ、早いとこ終わりにしましょう!


 そう言うと腰から長剣を引き抜き、オーガに向かいゆっくり近付き始めた。

「あっ! エル……危ない!」

「大丈夫です。のんびり見ていて下さい。あと、弓手達やみんなに『法術士を討つな、手を出すな』とお伝えを!」

 フィルフェリーはハラハラしながらエグザルレイの背中を見送りつつ、言われたままを伝心で伝える。伝心が伝わり、オーガ達を取り囲んでいた全ての戦士達が距離をとっていく。

 エグザルレイは「邪魔」が入らない事を確認すると、さらにオーガ達に近付いた。

「く……来るな……来るなぁ! あっちへ行けぇ!」

 エグザルレイの接近に気付いた法術士が叫び声を上げる。その法術士が っているオーガは左右に振っていたロープを勢いよく頭上に持ち上げると、こん棒のように真っ直ぐエグザルレイ目がけ振り下ろして来た。

 予想通りの動きをしたオーガに向かいエグザルレイは微笑むと、右斜め前に身を避け移動し、ロープと共に振り下ろされたオーガの左腕まで駆け込む。オーガは再度腕を振り上げようとしたが、その力を利用しエグザルレイは頭上まで跳び上がる。敵の動きを目で追っていた法術士と、エグザルレイは上空でしっかり目を合わせた。

 慌てた法術士は急いでオーガに指示を出し上を向かせる。宙に滞空するエグザルレイを見上げたオーガの目は、何の意識も感じられないトロンとした目だ。そのオーガの左目に、エグザルレイの長剣が真っ直ぐ突き立てられる。

 ……まずは一体……

 エグザルレイは剣を引き抜き、そのままオーガの頭と法術士の頭を踏み台にすると、もう一体のオーガ目がけ跳びかかった。こちらのオーガも自分の意思では反応出来ないトロンとした目だ。オーガの頭部に隠れている法術士は、正面から跳びかかって来たエグザルレイに全く気付いていない。
 まるで長剣を先端にした矢のように、エグザルレイは身体を真っ直ぐに伸ばし、2体目のオーガの右目に突き刺さっていく。その衝撃で、ようやく操作法術士は自分のオーガにも攻撃が加えられたことを悟ると、急いで操作法術を試みる。だが、オーガはもはやその指示に反応出来る状態では無くなっていた。

 エグザルレイはオーガの目に射し通した長剣の柄を足掛かりにオーガの頭上を飛び越え、法術士の後頭部を両足で押し蹴って地面に降り立った。

 その一連の流れはほんの数秒の出来事であったが、周囲にいたグラディー戦士達はその全ての流れをしっかり視認出来るほど 綺麗きれいにまとまりのある動きだった。

 ドサァッ……ドサッ……

 2体のオーガが倒れ、それぞれの操作法術士達が地に投げ出される。一斉にグラディー戦士達が駆け寄り、投げ倒された法術士達を取り囲んだ。

「エルッ!」

 地に降り立ち体勢を整えるエグザルレイのもとに、フィリーが駆け寄る。エグザルレイは笑顔でフィルフェリーに顔を向けた。

「さあ……終わりましたよ」

 エグザルレイの手前で立ち止まったフィルフェリーは息を切らしている。

「おや? こんな短距離で息を切らすとは……」

「違います!……ドキドキしたんです……あなたが……何をするのかと思って見てたから……心配したんです!」

 フィルフェリーの目に涙が見る見る溜まり、 こぼれ落ちた。

「あ……すみませんでした……説明するよりも早くこの戦いを終わらせたかったもので……つい……」

 フィルフェリーは安心したのか、この戦いの中で張り詰めていたものが切れたのか、驚くほど大きな泣き声を上げる。エグザルレイは突然の「涙の 襲撃しゅうげき」に驚き、困り果てながらも笑顔でフィルフェリーを抱き寄せ、耳元で「大丈夫……大丈夫……」と声を掛け続けた。

 やがて、2人を中心にグラディーの戦士達が集結し、勝利の歓声がグラディーの荒野に広がっていった。


―・―・―・―・―・―


「……法術士の操作下に在る状態のオーガのほうが、かえって楽に急所を狙えると思ったんです」

 エグザルレイは き火を囲む戦士達の輪の中で、2体のオーガ戦の説明をしていた。

「だから我々に『法術士を射るのをやめろ』と?」

 エルフ属戦士の弓手が納得したように聞き直す。

「ええ……詳しく説明する間が惜しかったので……皆さんにも御心配をおかけしてすみませんでした……」

「なんだぁ? フィリーに俺たちにもそう謝れとでも言われたのかぁ?」

 戦士達がドッと笑う。エグザルレイも笑顔で一同を見渡す。

 防衛前線での戦いを終え、エルフ属領の「北東の山」の ふもとに張られた新しい最前線宿営地に、人属とエルフ属のグラディー戦士達、そして、破壊されたエルフの集落から避難して来た人々が集まり、今日の防衛線死守の勝利を祝っている。
 焚き火を囲む輪はいくつも作られ、そのほとんどの輪が人属とエルフ属の種族を越えた混成グループとなっていた。

「とにかくよぉ、コイツはガキの頃から頭が良いんだか悪いんだか分から無ぇヤツでよぉ……」

 エグザルレイが寄りかかる丸太の上で、ピスガが胡坐をかいて座り声を上げる。

「今日一日だけで、俺も今までの戦いの何倍も 度肝どぎもを抜かれたぜ!」

「……ホントにスミマセンでしたピスガさん……」

 エグザルレイは素直に謝る。

「まあ、でもよぉ。天下の 諜報員ちょうほういんピスガ様のおかげで今回の戦いも無事に勝利出来たんだから、お前も胸を張って 武勲ぶくんを語ればいいさ!」

 ピスガと顔馴染みの戦士がピスガをもてはやす。ピスガもまんざらじゃ無い様子で応じた。

「ま、俺の情報と、俺がイグナから助け出してやったエルのおかげで掴んだ勝利ちゃあ勝利だからな! 皆ももっと飲んで祝ってくれ!」

 それぞれが手に持つ木の器を かかげピスガを讃える。

「では……私は向こうにも、少し顔を出して来ますね……」

 エグザルレイは再び戦果話に花が咲き始めた輪の中から立ち上がると、宿営内をゆっくり移動した。通り過ぎるそれぞれの輪から ねぎらいの声や賛辞さんじを受けながら、エグザルレイは笑顔で こたえて歩む。

 宿営地の最端に立てられている仮設テントの前まで来ると、そこに立つエルフ属戦士にエグザルレイは声をかけた。

「……フィルロンニさんは……まだ休まれていますか?」

「いいぞ……入れ……」

 入口のエルフ戦士が答える前に、テントの中からフィルロンニが招き入れる声が聞こえた。

「……失礼します」

 エグザルレイは出入口の垂れ布をくぐり、中に入る。灯火が二つ、テント内を照らしていた。フィルロンニは大きな袋にもたれかかるように半身を起こし座っている。

「具合はいかがですか?」

「……この歳になるとさすがに 治癒力ちゆりょくは落ちててな……息子のように数時間で回復……ってワケにはいかんよ……」

 そういえば宿営地を駆け回っている子ども達の中にヴェザの姿を見かけた気がする。子どもの回復力と元気は……どの種族でも大人顔負けだ。

「それで?……ヤツラの陣営内に捕らわれて行った法術士の 義兄にいさんってのは見つからなかったって?」

「……はい……捕らえた法術士たちからの情報では……すでに東方に移送されてしまったとの事でした」

 オーガを操作していた法術士2人を 捕虜ほりょとして捕らえ、エグデンが進める「グラディー領包囲壁作戦」に関する情報を聞き出しているが……あまり役に立ちそうな情報は持っていなかった。

「じゃあ行くのか? 東方へ」

 フィルロンニはエグザルレイの真意を測るように、鋭い目つきで尋ねる。エグザルレイはその視線から目をそらし応じた。

「……義兄のバロウだけでなく、一緒に捕われた他の3名の法術戦士も……このグラディー族の 宝人たからびとですから……一刻も早く救出したいとは思っています……」

 歯切れの悪い返答に、フィルロンニが厳しい声で尋ねる。

「……フィリーの事か?」

 エグザルレイの内に在る「歯切れの悪い悩み」が、身内の救出やエグデンの次の手に関する事だけではないと感じ取った。エグザルレイは否定も肯定も出来ず、ただ押し黙る。

「……エグザルレイ……いや……敬意を込めてエルと呼ぶぞ。……エルよ、お前は何歳だ?」

「今年で……20歳になります」

「そうか……15までは王子様としてイグナの王宮で育ち、この5年間はグラディーの戦士として生きて来たわけだ……フンッ……青いな」

 エグザルレイは返答も出来ずにただ黙っている。

「…… れたのか? 我が妹フィリーに」

 エグザルレイは答えるべき言葉を、持ちうる限りの知識から探そうとするが見つけられない。ただ黙ってフィルロンニの視線に自分も目線を合わせ応える。

「すみません……まだ青いもので……言葉が見つかりません」

「馬鹿正直なヤツだ……あんな戦略を考え出し実行したグラディー戦士とは思えんな」

 フィルロンニは口元を ゆるめて微笑みを浮かべた。

「……お前が同族のエルフなら……何の 躊躇ちゅうちょもせず、妹を任せるところだが……さすがに……分かるよな?」

 エグザルレイは黙ってフィルロンニを見つめる。その目はただ真っ直ぐだった。

「……ふぅ……まぁいい。……俺たち兄妹はな……」

 フィルロンニは、自分が自然に語り出そうとした話を続けるべきか飲み込むべきかを一瞬考え、決心したように続ける。

「俺たち 兄妹きょうだいは、この村の先代の孫だ。本当なら親父が今の村長になってたはずだが……戦で死んでな。……まあ、エルフは普通、よほどの事が無きゃ自己治癒で病気や怪我を回復出来るんだが……さすがに即死状態からは回復のしようも無い。……木霊になって消えちまった……50年ほど前の話だ……」

 フィルロンニはその日を思い出すように目を閉じた。
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