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第2章 ミシュバットの妖精王 編

第 94 話 妖精王の子ども達

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 レイラ・エシャー・スレヤーの3人は、襲い掛かってくる『徘徊する子ども達』を倒し続けた。
 100体を超える子ども達は、倒されると全て黒い霧となって消えていく。「これは『子ども』じゃない! サーガなんだ……」と自分の心に言い聞かせながらも、しかし、目に映る敵の姿は子どもの姿……。3人は涙を流し、それを拭いながら法撃を繰り出し、クリングを投げ、剣を振るい続けた。

「クソッタレが!!」

 スレヤーはこの地獄のような苦しみと悲しみの中、動く最後の一体に剣を振り抜いて叫んだ。

「……もう……今ので……最後?」

 うんざりとしたエシャーの呟きは3人共有の思いだった。もう……一体たりともこの「敵」を倒したくはない。スレヤーに倒された最後の一体が、黒い霧になって消えていく姿を見送るように眺める。

「……一体……なんだったんだ……アイツらは……」

 スレヤーが肩で息をつきながら呟く。

「妖……精……」

 路上に座り込んでいるエシャーが静かにつぶやいた。

「はぁ? あれが……妖精?」

 スレヤーは何体かの「徘徊する子ども達」が残していった、服のような布切れを見ながら聞き直す。座り込むエシャーにレイラが近づき、そっと頭の上に手を置く。

「多分……エシャーの言う通りね……。人間の波長は全く無かったわ。それよりも私達エルフに近い波長を感じた……。それでいて、不完全とは言え人間の子どものような外見……。妖精種なのは確かだと思うわ。でも……」

「……あの子達……生きて無かった……それなのに……動いてた……」

 エシャーが呆然とした目で地面を見つめながら感想を述べる。

「確かに……何の意思も感じられなかったなぁ……。でも死んでたら 最初はなっから存在なんか出来ねぇだろ? 黒い霧になるんだし、実際に俺達が倒したからヤツらは 黒霧こくむになったわけだしよ」

「……妖精は妖精王の生きる領域で生まれ出る存在……妖精王の子どものような存在よ。子は親に似るもの……。もしかすると今、妖精王はあの子達のような存在になっているのかも……」

「……あの子達みたいって……妖精王がサーガに?」

「妖精王が近くにいるってことですかい? あんな……変な状態で?」

 エシャーとスレヤーの問いかけにレイラは首を横に振る。

「それは分からないわ。見た目なのか本質なのか……」

「あのさ……エルを追いかけて行った襲撃犯って……もしかして……」

 エシャーが顔を上げ、レイラに同意を求めるように訊ねる。

「聞いてたお話やイメージとは違うけど……妖精達の王様かも知れないわね……。とにかく、エルとアッキーを探しましょう。……あの2人……早いとこ捕まえて締め上げてやらないとね」

 レイラはエシャーの頭をポン! と叩いた。エシャーも、それが起動ボタンの合図であるかのように頭をブルブルッ! と振り、ピョンと立ち上がる。

「そうだよ! 大体あの2人が隠し事なんかして、コソコソ動くからこんな目にあったんだから! 早く見つけて文句を言おう! 行こっ!」

 レイラとエシャーは『徘徊する子ども達』を倒し続けた嫌な時間を、一瞬でも早く忘れようと笑顔で腕を絡め組み歩き出した。

 頼んますよぉ大将、アッキー……。あの2人の心を助けてやるためにも……絶対に無事でいてくださいよぉ……

 スレヤーは祈る思いでレイラとエシャーの背中を見つめながら、2人の後について歩き出した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「どういう……事なんだ……」

 篤樹は水晶鏡に映るしずに問いかけた。もちろん、しずの耳にその声は届かない。しかし、答えはすぐにしずの口から語られた。

「……ヤツラは国造りを手伝ってくれていた妖精達を……いくつかのグループに分けて召集したの……話し合いがしたいからって。元々……その頃は妖精達も人間に……ヤツラに不信感を抱き始めていたわ。いくら『妖精王の命令』とは言え、どうして自分達が人間の道具のように扱われなければならないのかってね。……だから話し合いの召集に応じて集まって来たのよ」

 そうだよ……。大体、妖精達は人間が好きで、だから時々人間に出会うと助けてくれたりする友達だって……。それが……普通は森の中に住んでるはずなのに、ずっと町にいるなんて……

「ヤツラはねぇ……妖精王を捕らえていたのよ。何か特別な薬だか道具だかを手に入れてたのねぇ。長い間、妖精王はこの国の地下牢に閉じ込められていた……。ヤツラはその薬か道具を使い、妖精王の意識を操り、人間の指示に従うようにと妖精たちに命令を出させ続けていたのよ……」

「ひ……どい……」

 篤樹は言葉を詰まらせた。

「その秘密はヤツらだけでなく、国の主だった連中も知っていたようね……。真実を知っている何人かは不審な死を遂げたわ……。今考えれば、反対者たちは暗殺されてたってことなんでしょうね。王制国家という名の独裁政治だったから……。結局、この国のみんな……私も含めて……妖精達の力を、自分達の都合の良い道具として使う事に罪悪感を覚えていなかったし、都合の良い『協力者』という見方で誤魔化していたのよ……」

 しずは少し迷いを見せるようにうつむいた。

「……でもね……ヤツらは本当に悪魔のような所業を……罪を国民全体に負わせてしまった……。話し合いのためにと『この部屋』に集められた妖精達に、奴らに操られた妖精王から強力な指示が出された……。人間に何をされても逆らうな、という命令が。……妖精達は1人ずつこの部屋から出され……そして……『死なない程度の傷』を負わされた。妖精達から流れ出た血を、ヤツラは国中の水源池に混ぜたわ……。妖精の血が混ざった水を……この国の人間はみんな知らずに飲んでいたのよ。……それだけじゃなく、ヤツらは王の祭りの時に振る舞う料理にも、妖精達の血や肉を混ぜて民に食べさせていた……」

 な……んて……ことを……

 篤樹はしずの告白に吐き気を覚えた。妖精達が光の粒となって消えてしまわないように……殺してしまわないように気をつけながら……少しずつ「生命」を削り取り搾取していたミシュバットの人々……

「……妖精達が国の街角から消えて数週間も経たず、人々は自分達に妖精と同じ不思議な力が宿った事を知るようになった。でもヤツラは巧妙でね……。妖精達は森に帰ったが、帰る前に力を使う方法を人間に教えてくれた、とか言ってね。あっちこっちで講習会を開いたのよ。だから力を宿した人間の多くは、まさか自分達が妖精達の生き血と生き肉を飲み食いして力を宿したなんて思ってもいなかった。講習を受けたから……不思議な力を操れるようになったのだと思い込んだわ……」

 魔法術を身に付けたくらいにしか考えてない人々が多くいたってことか……

「ミシュバットに行けば不思議な力を使えるようになるという噂が広まってね、あちらこちらから人々が集まってきたのよ。そりゃ5年で3倍の人口にもなるわよね。ミシュバットは大きな国になった。……削られていく身体の痛みに苦しみ、死を願いながらも生かされ続ける何百人もの妖精達の生命と尊厳を踏みにじりながら、この国は大きくなっていった」

「賀川ぁ……」

 二度目に聞く打ち明けとは言え、耐え兼ねた遥が篤樹の左腕を握って来る。その頬には涙が止め なく流れていた。

「……ひどい話ち思うわんかぁ?」

 そりゃ……言葉にならねぇよ……

 篤樹は左腕をつかむ遥の手、自分の右手を重ねて握る。

「……今もこの国には多くの人が集まって来ているわ。何も知らない人もたくさんいる。男も女も、子どもも老人も……不思議な力を操れるようになったことを心から喜んでいる人々……。だけど……私は知ってしまった。その秘密を……妖精達の嘆き、叫び、苦しみを……」

 しずは左腕の袖に右手を差し入れ、何かを取り出した。細い棒に見える。

 何だろう? どこかで見た事がある形のような……

「私はこの秘密を数週間前に知ったわ。……怖ろしくって……何日もベッドから起き出せなかった……。だけど……おかしな夢を見たの。誰だか分からないけど、でも見たことがある女の人がね……何かを叫んでいるの。でも聞こえない。何度もこちらからも問いかけようとするけど声が出せない。お互いに聞きたいこと、伝えたいことがあるのに伝えられないもどかしさ……。よくある夢だと思いかかった時、一瞬だけその人の声が届いたの……『私の力をあなたに分けます! だから妖精王を助けて上げて!』ってね」

 しずは手に持った棒を、まるで指揮棒のように振って見せた。

「今夜……妖精王が捕らえられている部屋を見つけたわ。何だか、頭の中で考えると色んな事が分かるような気持ちになってたの。……これが、あの女の人が分けてくれた力なのかもね……。それに……妖精の力も少し宿してるからね……。こんなお婆ちゃんだから、見張りもみんな油断していてね……だから……。とにかく見張りを倒して部屋に入ると、妖精王は壁に鎖でつながれていた。でもあんな鎖程度で捕らえ続けられるはずがない。近寄って身体をよく調べると、この棒が胸に刺さっていたのよ。すぐにピンと来た。この棒を抜けば妖精王は助かるんだってね……」

 しずはその棒を得意気に自分の顔の前に持ち上げて見せた。でも、それが何の材質かは分からない。錆びた鉄の細い棒にしか見えない。

「……これを抜いたらね、すぐに反応があったの。意識を取り戻しそうだったから……だから私はここに来た。あなた達にこの記憶を残すためにね。扉には細工をかけたわ。やがて来るあなた達を迎えるために……。この水晶の鏡も私が作ったのよ。妖精王を助けると決めた日から、あちらこちらから材料を集めてね……一つにつないだの。妖精の力のおかげね」

 この鏡……渋谷が作った魔法の水晶鏡だったんだ……

 篤樹は改めて鏡の全体を見る。

「夢の中で分けてもらった力、何となくだけど分かるの……何百年も何千年も先かも知れないけど……あのバスに乗っていた『全員』がこの世界にそろう日が来るんだって……。その最後の1人が……賀川君なんだってことが」

 え?

 しずの『予言』に篤樹は声を出さず驚いた。

 なんで……分かるんだ?

「その賀川君と遥が一緒にここに来る……それは……転生した妖精王の暴走を止めるためよね?」

 それは……そうだけど……。でも、まだそっちの妖精王だって生きてる……

「……妖精王はヤツらに意識をコントロールされていたとは言え、状況も分かっているはずよ。だから……彼の内には抑えきれない怒りと憎しみ、恐怖と悲しみと絶望が渦巻いていたわ。彼が意識を完全に取り戻した時……この国は滅びるわね……彼の手によって滅ぼされるのよ……。当然の報いよね……」

 しずは何かに反応するかのようにハッ! と上を見上げた。つられて篤樹も「こちらの」天井に目を向ける。

「……感じるわ……聞こえる……。始まったのね……妖精王の……暴走が……」

 しずは再び鏡に視線を戻す。

「……この後、妖精王は怒りに任せての国中の人間を殺そうとするわ。でも、いくら彼でも1人で2万人を超える民を皆殺しにするのはさすがに無理があると気付くの。そして……彼は思い出すのよ……自分が妖精王だという事に……」

 しずはまるで自分が見てきた未来を話すような口調で状況を語りだした。

「……囚われの妖精たちの所へ行き、彼は自らの弱さを詫びて、彼らに問うの。『我が子らよ、私と共に死んで新たな再生の時を願うか』と。人間達を心から憎み、奴らを根絶やしにすることを求めるか、と……。彼らは囚われの苦しみの中で死を願い、人間達が滅びる事を心から願うわ。王は彼らと一つにつながり、そして……自らの命を絶つの。妖精王の最終転生の力を使ってね……」

 最終転生の力……自らの命を投げ出して行う攻撃?

「妖精王と妖精達は木霊になって飛び去るわ。やがてどこかで再び転生する日に向かって……。でも……彼らの血と肉を得た人間達は違う。……彼らの憎しみをその身に受けて……全員が……この地上から消えてなくなるのよ」

 しずはそう言うと、手に持つ棒を鏡の下の方に差し込むように身をかがめた。

「不思議な夢の中の女の人からの伝心よ。……妖精王は転生を繰り返しながら、いつかこのミシュバットの悪夢を思い出す。……その時、彼は大きな暴走を始めるわ。でもこの『棒』を使えば彼を止められるかも知れない……。お願い……遥、賀川君……。悪いのは私たち……ミシュバットの人間よ。他の人間達に罪はないわ……。でも……妖精王はそんな当たり前の事さえ分からずに暴走するでしょう……。彼を止めて上げて!……たとえ……彼を永遠に封じる事になったとしても……彼に……罪の無い人間達まで殺すような真似をさせないで上げて! お願い……」

 言葉の終り頃になると、しずの身体が不思議な色に輝きを放ち出した。

「……お願いね……遥……かが……」

 パッと白い光にしずの身体が包まれる。そこで鏡は暗くなり……やがて……普通の鏡のように、篤樹と遥の姿を映し出した。

「終……わり?」

 篤樹は鏡に映っている遥を見ながら呟いた。遥も鏡越しに篤樹と目線を合わせる。

「もうこの後は無い……。これで全部……」

 篤樹は足元に畳んで置いてある古い布切れに目を落とした。屈んで拾い上げ目の前で広げる。一瞬だけ……鏡の中のしずが着ていた服と同じ形であることが確認出来た。しかしそれはすぐにボロボロとちぎれ、崩れ落ちてしまった。

「あっ……」

「……2000年も前の布だからなぁ……丁寧に扱えよぉ……。もう、遅いけどなぁ……」

 遥は篤樹の手に残った切れ端を受け取り、足元に散らばった布の切れ端を一ヶ所に拾い寄せる。篤樹は思いついたように鏡の下を探ってみた。

 確か……渋谷はこの辺りに……

「……なんも無かったよ……棒じゃろ? ウチも探した……」

 しずの服の切れ端を鏡の下の石壁にきれいに寄せ並べ終わると、遥は立ち上がる。

「ウチらの前にも誰かが来たのかも知れん……どうやってかは……知らんけどなぁ……」

 そっか……いざとなったら役立ちそうな「武器」だと思ったんだけど……

 篤樹はもう一度鏡の下の石壁を残念そうに手で撫でた。

「……妖精王は……全ての人間に妖精の血を飲ませようとしてる……ってこと?」

「多分……な。どんな方法なのかは分からん。でもあの子らは……妖精達はタフカの命令なら喜んで自分の血を王のために用いるやろうな……。伝心を使って……自分の記憶をあの子らにも見せるやろ……そうなったら、みんなが人間を憎む心は一気に高まるやろな……」

「そして……全員で……死ぬつもり?」

 遥は首を横に振る。

「妖精王は転生する言うたやん。妖精達は王の生活領域の中でまた生まれて来る。だから……最終転生の力っていうんよ……。自分らの血肉を喰らった者を滅するための力……肉を切らせて骨を断つ、みたいな?」

 そんな……それで……良いのか?……確かにミシュバットの人達のやった事は許されない事だと思うけど……でも……だからと言って……

「……暴走するにはワケがあったっちゅう事なんよ……。正しいか間違いかではなく、タフカの怒りと悲しみを……分かるんよ、ウチは……」

 遥の言葉を聞きながら、篤樹は水晶鏡に映る自分の姿をじっと見つめていた。
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