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第2章 ミシュバットの妖精王 編

第 93 話 妖精が消えた町

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 篤樹は、鏡の中に映る渋谷しずから名前を呼ばれギョッとした。明らかに今、しずは目線を合わせて話しをしている。

「あ……えっと……お久……し振り?」

 とりあえず篤樹は返事をしてみた。

「え? なあに? 聞こえないわ。ねえ……どういう事なの? 声が聞こえないわよ」

 しずは背後に立つ女の子に声をかける。

「……恐らく、こちらの声はあちらには聞こえているかと……ただ状況的に……私もこのような 水晶鏡伝心すいしょうきょうでんしんというものは初めて見ましたので……」

「水晶鏡伝心?……それもあなたたち『妖精』の能力なの?」

 少女は首を横に振った。

「いいえ……分かりません。……水晶鏡伝心は、ふつう、誰かにメッセージを残すための記録魔法です。あの方々がこの水晶鏡に伝心を残されたのなら、こちらはただそれを見聞きするだけのはずです。でも……」

 少女はジッと鏡の中の篤樹を見つめる。篤樹は目線がそれるかどうか、身を動かしもう一度試してみた。

「……こんなのは……初めてです……。水晶鏡の中に刻まれているハズの伝心が……このような動きをするなんて……」

「遥! これ……どういう事なんだよ?」

 鏡の中の会話に困惑し、篤樹は遥に尋ねる。

「落ち着きぃ!……これなぁ……この前と同じ会話なんよ……。『そもそもなぜ人間が伝心を?』」

 遥は篤樹の質問には答えず、次に語られる少女の言葉を先読みする。

「……そもそもなぜ人間が伝心を?……しず様……彼らは何者ですか?」

「……私の……古い友人です。あなたにも以前お話ししたでしょう? 私が昔、別の世界に住んでいたって……。その世界の……お友達よ……」

 しずはまるで握手を求めるように、鏡に右の手の平をピッタリと合わせた。篤樹は自分の左手を鏡に合わせる。水晶鏡の鏡面は、ガラスの鏡よりも温もりを感じた……

「……どういうことなの?……賀川君と遥が鏡の中に閉じ込められてるって事?」

 しずは篤樹と遥を交互に見ながら、自分の背後に立つ少女に尋ねる。

「本当に分かりません……逆なのかも知れません……。それに、なぜ彼女……しず様のお友達である少女から、私達妖精と同じ波長が感じとれるのかも……不思議です」

 鏡が再び暗くなり始めた。篤樹は興奮して声を上げる。

「ちょ……待って! 話が……おい! 渋谷! おい! そこから逃げろ! ミシュバットは滅びるんだぞ! おい!……」

 鏡面を叩く篤樹の腕に、遥がそっと手を添えてきた。

 こんなの……ワケ分かんないよ……

「……どういう原理かはウチも全然分からん……ただ……ウチが1人で来た時も同じ話をしとった。まるでウチの横に賀川がおるような感じでなぁ……。おかげでむっちゃ違和感あったもん!……でも……しずは今日のこのシュチュエーションを……体験した記憶として残したんやろうなぁ……」

 ミシュバットが滅びる前の世界……今から2000年も昔の渋谷の記憶が残された鏡……それなのにまるで、今、オンラインで会話しているような「水晶伝心」……

「ウチのこの身体……どうやら向こうには『前のウチの身体』に見えとるみたいやし、とにかく、何か知らんけど不思議な力で魔法が増幅されとるんやろ……しずの記憶の中のウチらの姿として……そう理解するしかないで、賀川……」

 遥の言葉が終わる前に鏡が再び明るくなって来た。

 ……今度は……何歳になってんだよ、渋谷……

 今回鏡に映った背景は―――今、篤樹達がいるまさにこの場所、この部屋だった。すっかり老婆となったしずが、杖を支えに立っている。

「遥……賀川君……聞こえてる? そこにいるんでしょ? 分かるわ……。これもあの子のおかげね……」

 しずがゆっくりと鏡に近づいてくる。あの女の子は……いない。しず1人だけだ。

「……この国は滅びるわ……もう……あと何時間も無いでしょう……。だから、あなた達に……私の記憶を残すわね」

「渋谷……」

 篤樹は鏡に近寄り、鏡面に手をつく。しかし、今にも崩れ落ちそうなしずを支えてやることは出来ない。

「……7年前……最後にあなたたちと会ってから……私はあの子と一緒にあの部屋の鏡を調べたわ……。でも、あの鏡が特別だったワケじゃなかったのね……。そう言えば確かに、あなた達は他のお部屋の鏡にもいたんですものね……。どうやら、特別だったのは鏡ではなく私のほうだったみたい……それと、あなた達……遥の持つ『妖精の波長』……」

 しずはさらに前に進むと、篤樹が手をついている鏡面に右手の平を合わせてきた。見えてるのか? 篤樹は遥に確認するように視線を送る。遥は首を横に振る。

「前と一緒やって……」

「遥……賀川君……やっぱりあなた達出来てんじゃない。 りんちゃん可哀想に……」

 はぁ? な……何を……

 篤樹は鏡面から手を離して一歩退き、何か弁明しなきゃと考えを巡らす。

「なんてね……冗談よ……。すごいでしょ? この歳になってもあの頃の事をちゃんと覚えてるわ……。ホントはね……ずっと賀川君に謝りたかったのよ……ごめんなさいね。私たち悪ふざけが過ぎたわ……。他の女子達に変な事を言って回って、あなたを傷付けたわね……。本当にゴメンなさい……」

「い……や……別に……」

 あ、そうだ……。返事しても意味がないんだった……

「……この国はね……まあ、国というよりは町ね……小さな町だったのよ。私達が来た時は……。でも……私はこの町の王様に 見初みそめられて、お妃になったわ……。りょっ子と鈴は他の有力な権力者に見初められたんだけどね……2人は逃げ出したの。この町から……。でも、数日後に北の山の中で木に吊るされた2人の死体が見つかったわ……。私は王様との結婚を選んだ。怖かったの……」

 あの2人は結婚させられるのが嫌で逃げ出して……殺されたのか……

「……やがて、私が嫁いだ王様も暗殺されてね……この町はりょっ子と鈴を殺したヤツラに奪われたわ。私自身もね……。命が惜しくってヤツラに笑顔を振りまいたわ……。気に入られるために……殺されないために……私はヤツラの言いなりになったの……馬鹿よね……」

「そんな事……ないよぉ、しず……」

 遥がポツリと呟く声を篤樹は聞いた。

 返事をしても意味無いって自分が言ってたくせに……

 しかし篤樹は遥に何も言わなかった……言えなかった。

「ヤツらはね……妖精を味方にしていたの……。妖精たちの不思議な力を借りて……国と呼んでいた小さな町は、本当に大きく発展していったわ。……ま、この世界でなら国と呼んでも恥ずかしくない規模にまでね……」

 この世界の2000年前なら、確かに数千人の町でも国ってサイズなんだろうな……

「でもね……より大きな国になるためには、より大きな力が必要だったのよ……。だから……妖精達に『お願いして助けてもらう』って方法ではなく、人間達が妖精の力を手に入れる方法は無いかって、ヤツらは考えはじめたわ……そして発見したのよ……ひどい方法をね……」

 妖精の力を? 魔法のこと? でも、まだこの時代は魔法術は発明されてない時代……

「あなた達は知ってるかしら? 妖精達は死ぬとどうなるか?…… 木霊こだまになるのよ。身体の全てが光の粒になって飛んでいくの。そして、いつかどこかでまた、新しい命となって生まれてくると言われているわ……」

 知ってるよ……。俺も何度か見たから……

「奴らはね……妖精の力を人間が得るための方法として、妖精を自分達の中に取り込む方法を思いついたのよ……」

「えっ? 妖精を?」

 篤樹は思わず声を出して聞き返す。自分の声が部屋の中に反響し、少し遅れて自分の耳に聞こえる。その時、タグアの裁判所でカミーラがルロエの罪状として挙げていた「エルフ喰い」の話を思い出した。エルフの命を得るために、生きたままのエルフをガザルは食べていたと……。死ぬと消えてしまうエルフ……だから生きたままで……まさか……妖精を……

「ヤツらの狙い通り、ミシュバットはこの5年で……たった5年でそれまでの3倍以上の人間が集まる国になったわ……。妖精は1人もいない……妖精の力を持った2万人以上の人間が集まる国にヤツらが変えたからよ!」


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「ねぇ、レイラぁ。ホントにこっちで合ってるのぉ?」

 エシャーは前を歩くレイラに問いかけた。
 大通りにいる救援隊の喧騒も全く耳に入らない、市街最深部にかなり近づいて来た証拠だ。廃墟の町は物音一つ聞こえない静寂に包まれている。
 その静寂がエシャーには怖ろしく感じた。「死の塊」が辺りの空気に充満しているような恐怖……

「 追跡魔法トレースは得意じゃないのよねぇ……。森の中なら木々達にも聞けるけど、こんな『命の欠片も無い』所じゃ……ね」

 レイラは空気中に何かの痕跡を探るように、右手を差し出し歩きながら答える。

「途中まではアッキーと誰かの匂いをオレも感じてたんすけど……さっきからは何も……」

 最後尾で警戒をしながら進むスレヤーも辺りを見回しながら答えた。レイラが振り返る。

「とにかく……あの通りに残っていた襲撃犯の法力残気は相当なものだったわ……。まるで法術に長けたユーゴ魔法院の上級法術士数十人にも匹敵するような……。気をつけて進みましょう」

 文化法暦省の調査が進んでいる「安全確認区域」はとっくに外れていた。いつ崩れるかも分からない、風化が進み岩山のようになっている建物が道の左右に並んでいる。3人は建物の崩壊が起こっても、すぐに対応出来るよう道の真ん中を縦に並んで進み続けた。

「あら?」

 先頭のレイラが前触れなく足を止める。

「どうしたの?」

 エシャーがレイラの背に手を置いて訊ねる。

「何かがいたわ……ほら、あそこ……」

 レイラは前方3ブロックほど先の角を指差して教える。エシャーはジッと目を凝らしてみる。

「動物?」

「分からないわ……チラッと見えた気がしたの……」

 レイラは右手を真っ直ぐに伸ばし、追跡魔法の力を集中する。

「……敵かも知れませんぜ……襲撃犯とか……」

 スレヤーもエシャーとの間を詰め、3人はかたまって進み出した。2ブロックほど前進した辺りで、レイラが集中を解き右手を下げる。

「……見間違いかしら……全く反応を感じないわ……」

「……いや……そうでも無さそうですよ、レイラさん……」

 スレヤーが後ろから声をかけた。

「……なに? あれ……」

 スレヤーの声に振り向いたエシャーが声を漏らす。スレヤーの後方200mも離れていない路上に20~30人の人影……小人のような大きさの人影がうごめいているのが見える。

「こっちもよ……」

 レイラが警戒を呼びかけた。3人の前方1ブロック先のわき道から、小人のような大きさの何かがゾロゾロと姿を現わす。

「小人?……いえ……子ども?」

 レイラが「謎の集団」を分析する。それは確かに人間の子どものようにも見える。しかしどう見てもまともな姿ではない。何体かは服らしき布もまとっているが、ほとんどは裸だ。だがそれ自体は大した異様さとは感じない。それよりも異様な姿……ある者は片足を引きずりながら、ある者は顔の皮膚がただれ落ち、ある者は上半身だけで道を這うように進んで来る。

「ちょ……ちょっとぉ……何よ……コイツら……」

 そのあまりに不気味な姿に、エシャーはレイラの背に隠れるようにくっついたまま、恐怖に震える声で訊ねた。

「……見たことも無い……種族ね」

 レイラは冷静に答える。

「サーガの匂いも若干するが……何か違うなぁ……」

 スレヤーも後方から詰め寄ってくる『徘徊する子ども達』を見ながら所見を述べる。

「何にせよ……一応……。あなた達! 止まりなさい! 何か用なの!?」

 レイラは両手を前方に伸ばし攻撃魔法の姿勢をとると、大声で『徘徊する子ども達』に呼びかけた。しかしその呼びかけに対して何の反応も示さず、異形な子ども達は3人に向かいゆっくり近づいて来る。その目に敵意は感じられない。……いや、一切の感情も生気も読み取ることが出来ない。

「こいつら……まるで出来損ないの人形みてぇだ……。どうします?」

 スレヤーの言葉を受け、レイラは前方から近づく先頭の子どもの足元を狙い威嚇のために攻撃魔法を った。しかし『徘徊する子ども達』は、その攻撃にも何の反応も示さず進み続けて来る。

「……とりあえず、あそこのわき道へ。私達を追って来るなら敵と考えて対応しましょう」

 レイラは建物と建物の間にある小道を指差した。『徘徊する子ども達』は前後から近づき続けてくる。

「エシャー! 行って!」

 レイラはエシャーの背中を押し出し、通りの左側にあるわき道へ向かわせる。エシャーは走ってわき道に向かった。その後に続いてレイラ、そして最後にスレヤーが駆け込んでいく。
 駆け込んだわき道の路上には、両側の建物から落ちて来たと思われる石がゴロゴロと転がっていて走り抜けるのに多少手間どったが、何とか無事に広い道へ抜け出すことが出来た。

「どう?」

 最後尾のスレヤーにレイラが声をかける。

「来てやがる……」

 3人が通り抜けてきた狭いわき道を『徘徊する子ども達』がひしめき合うように追って来る姿が見えた。

「……あれが何かは分からないけれど、この先も追いかけられるのは困るわね……。全員、攻撃態勢をとって!……蹴散らすわよ」

 レイラの指示で、スレヤーは外套の下から左右の腕に装着するタイプの剣を出し構えた。エシャーも左腕にはめていたクリングを外し右手に握る。

「……先頭が出てきたら……始めるわよ」

 レイラがタイミングを伝える。スレヤーはわき道の出口右側に、エシャーは左側に狙いを定めている。

「ヴグゥグバァ!」

 レイラの背後から、突然1人の「子ども」が掴みかかって来た。不意を突かれたレイラは振り向こうとして転倒してしまう。

「レイラ! あ……」

 事態に気付きレイラに目を向けたエシャーは、思わず声を詰まらせた。こちらの通りにも『徘徊する子ども達』が出てきている。バラけてはいるが20体はいるだろう。それが、3人の存在に気付き向かい始めて来たのだ。

「離しなさい! ちょっと!」

 レイラは自分の外套にしがみ付いている子どもを必死で引き離そうと試みるが、なかなか引き離せない。

「グヴェバファ……」

 その子は大きく口を開いてレイラに噛み付こうとしている。その目には敵意は感じられない。ただ目の前に出された食事を食べようとしているだけの目だ。レイラは覚悟を決めて右手をその子の頭部に合わせた。

「お行儀が悪くてよ……」

 レイラの手から黄色い光を帯びた攻撃魔法が たれる。その法撃で頭部を失った「子ども」の手を外套から引き離し、レイラは立ち上がった。動きの止まったその子どもの身体が、墨汁を水に数滴注いだようなユラユラとした黒い霧に変わり始めた。

 ……やっぱり……サーガ?

「エシャー! スレイ! コイツらはサーガよ!……『子ども』なんかじゃない! 全部消すわよ!」

 わき道を通ってついて来た数十体の『徘徊する子ども達』も通りへと出てき始めている。スレヤーは両腕剣を振るい、エシャーはクリングを巧みに操って次々に「子ども型のサーガ」を倒していく。
 レイラも通りに集まってくる『徘徊する子ども達』に攻撃魔法を次々に繰り出し、撃ち倒していった。

 こいつらはサーガ……人間の子どもでも……妖精でもない……ただのサーガよ……

 何度も自分自身に語りかけ、レイラは攻撃魔法を次々に撃ち出す。その目からはいつしか涙が溢れ流れていた。
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