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第2章 ミシュバットの妖精王 編

第 95 話 広場のジャグリング

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 大通りを市街最深部に向かい走るエルグレドは、背後を守る防護魔法を解き、大通り入口に集まる部隊から少しでも遠くへタフカを誘導するために加速魔法へ法力を移した。足の筋力が上がり、普段の数倍の走力を得られる。

……その代わり、明日は久し振りに筋肉痛なんでしょうね……。ま、今はタフカの瞬間移動圏外に居続けないと面倒ですから……

 エルグレドはミシュバット遺跡の最深部、西の山のふもとにそびえ建つ『王宮跡』を目指し走り続けた。

 あそこなら十分な広さがあるはず……

 頭に焼き付けている遺跡の全体図を考えながら、街区のいくつかの角を曲がりつつ王宮を目指す。

「一体どこに行きたいんだ? 王子さま」

 エルグレドの真横に突然タフカが現れた。

 しまった!

 エルグレドは瞬時に防御体勢と防護魔法で全身を守りつつ立ち止まる。しかしタフカは攻撃を仕掛けてこない。

「……せっかくの遺跡見学なのでね……とりあえず王宮でも見に行かないか?」

 タフカを笑顔で見つめながら、エルグレドは提案する。

「ふん……ヤツらの王宮か……。お前を生贄に殺すにはちょうど良いかもな……。良いだろう。誘いに乗ってやる。……先に行くぞ」

 タフカはそう言うとエルグレドに背を向け、王宮に向かい歩み始めた。

 ……ど……どういうつもりだ……タフカ?

 エルグレドは両手を真っ直ぐに伸ばす攻撃魔法体勢を解かず、タフカの背を見守る。

 あいつの瞬間移動圏は15m……。100m以上は引き離していたハズなのに……どうして……。法力が上がってる?

 エルグレドはタフカから発せられている法力を感知する。そして……まさか!

「待て! タフカ。……君は……食べたのか?……『あれ』を……」

 タフカは背を向け歩き続けながら指を鳴らした。廃墟の壁からニョロリと子どもの姿をした「妖精」が出て来る。しかし、その不完全な妖精の姿を確認したエルグレドは目を見開き叫んだ。

「タフカ! 答えろ! キミは……『サーガの実』を食べたのか!」

 タフカは立て続けに両手の指を鳴らした。路上に落ちている石、廃墟の壁や建物の中から次々と妖精達が現れる。しかしその姿はエルグレドの知る妖精の姿ではなかった。まるで腐りかかった子どもの死体が動き出したような異様な姿……

「タフカ! 答えろ! クッ……」

 子どもの死体のような妖精達が、エルグレドを目指し集まってくる。

「王宮でまってるぞ!……『エグザルレイ・イグナ王子』よ」

 タフカによって生み出された『 徘徊はいかいする子ども達』はエルグレドに向かい距離を詰めて集まって来る。動きは遅い……法力も無い……生気さえ……

かすかだがサーガの気配を発する妖精達……これをタフカが生み出した?

 自分が知る妖精王タフカとは比べ物にならない力をエルグレドは感じ取る。

「……仕方無いですね……彼のためにも力は温存しておかないと……」

 エルグレドはそう呟くと『徘徊する子ども達』が塞ぐ道を諦め、わき道に入った。

 あの子達を見れば分かる……タフカはどこかで「サーガの実」を手に入れたに違いない……今のタフカに私の力で勝てるか? 彼を抑えられるか?……とにかく、少しでも時間を稼ぎ、みんなが逃げられる時間を確保しなければ……

 エルグレドは法力を用いずに肉体の力だけで王宮跡を目指して走り出した。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 篤樹と遥が地下の大部屋から出ると、そこには20人ほどの妖精達が心配そうな顔で立っていた。

「お前達……部屋でお待ちと言っただろう?」

 遥は指示を守らなかったことを叱るというより、むしろ自分の期待が当たって嬉しそうな声で語りかけた。

「……だって……ハルさん……」

 遥が『モンマ』と名を教えてくれた男児妖精が心細そうな声を出した。

「ウチら……怖いんやもん……」

 女児妖精が小さな声で呟いた。

 あれ? この話し方って……

「もう……イヤや! ハルさん、前みたいになってぇ!」

 別の子も叫ぶように訴える。遥は困ったなぁ、という表情を浮かべた。

「もうちょい待っときい。この にいちゃんが王様を元に戻してくれるし、そうすりゃ、またみんなで森に帰って遊ぼうなぁ!」

 妖精達の表情がパッと明るくなる。

「ホンマ?」

 男児妖精が篤樹に笑顔で声をかけた。篤樹は返答に困り遥を見る。遥の目は子ども達の期待に応じるようにと懇願しているようだ。仕方無い……

「……え、あ……うん……。頑張るよ! その……出来るだけ……」

「絶対って約束して!」

 モンマが最終確認を迫るように篤樹に詰め寄った。

 ……そんな……絶対なんて……約束しても……

「絶対や! 大丈夫! 賀川はウチの世界で2番目に強い男やって言うたやろ? 任しとき! なぁ、賀川」

 遥が篤樹の腕に、自分の腕を回しながら妖精達に約束する。篤樹を見上げた遥の顔は真剣そのものだった。

 くそ……どうせダメなら……全滅なんだろ? だったら……

「そ……そうだね。うん、大丈夫! 俺達に任せろ!……だからみんなも協力よろしく!」

 もうヤケクソだ!

 篤樹は腹を決めた。

 妖精王だかなんだか知らないけど……昔のミシュバットで人間から、あんなひどい事をされて怒るのは当然かも知れないけど……でも……僕らは『今を』生きてるんだ! 無益な復讐なんか……やめさせてやる!……ように……説得だけはしてみよう……

 明確な宣言に、妖精達はワッ! と喜びの声を上げ、篤樹と遥に抱きついて来た。女児妖精達だけでなく、男児妖精達も泣いている。溜まりに溜まっていた感情を一気に放出するような泣き声が地下通路に響く。

「……でもさ……王様……すごく怒ってるんだ」

 ひとしきり泣いた後、1人の男児妖精が呟いた。

「ずっとね……すごく怖い伝心が送られて来てるの……」

 女児妖精がすすり泣きながら訴える。

 タフカが、妖精達に何か指示を与えようとしてるのか?

「こん子らはなぁ……タフカが、まだまともやった時に生まれて来た子らなんよ。やけん、イヤなもんはイヤち言える人格がちゃんと育っとる……。それが、今のタフカには腹立たしく感じるんやろうなぁ」

「カガワ……人間って……みんな、あんななのか?」

 モンマが篤樹の右手を握りながら聞いてきた。

 あんな……って? タフカからの伝心で見せられたミシュバットの人間たちのことか……

「……色んな……人間にも色んな人はいるよ……。強い人も弱い人も……正しい人も……正しいつもりで間違った事をする人も……悪い人も……」

「それじゃあ、やっぱり王様の言う通り、人間なんかいなくなったほうが良いの?」

 女児妖精が訊ねる。

「分からない……ゴメンね……。だけど……今、君達の王様がやろうとしている事は間違ってると思う……正しい方法じゃない……。あれじゃ何も……解決出来ないと思う……」

「王様ん中におるヤツは何なん?」

 遥の喋り方を真似する女児妖精が聞いてきた。篤樹は質問の意味が分からずに遥に目を向ける。遥は少し考えるように目を閉じた。

「タフカん中になぁ……何かがおるんよ……。ドス黒い闇の塊のようなヤツがなぁ……。ここで妖精王に再会した時にはもう入り込んどった。……一体何が起きたんか、聞いても教えてくれんしな……。あれが消えんなら……兄さまは戻って来れん……」

 妖精王の中に……何かが居る?

「じゃ……じゃあさ……妖精王を倒すんじゃなくって、妖精王の中に居るソイツを倒せば良いってことなのか? 最終転生の力とかを使わないように王様を説得するとかじゃなくてさ」

 篤樹は「説得」より、明確な「倒すべき敵」がいたほうが戦いやすい気がして来た。

 そうだよ! あんな酷いことをされたんだから、怒ってて当たり前の妖精王を説得するなんて……それは出しゃばり過ぎだ。……でも、妖精王の中に変なのが入ってて、ソイツが原因だって言うんなら……何かやっつける方法があるかも……

 しかし遥は篤樹の意見を聞きながら首を横に振った。

「別に……腹の中に変な虫を飲み込んどるっちゅうワケやないんやから……。それに、イメージとしてはソイツに利用されとるっちゅうよりも、ソイツを利用しとるんはタフカ自身の意志……握りしめとるんやから……」

 妖精達の雰囲気がズンと重たくなる。遥の証言が的を射たものだという事だろう。

「……よし……分かった……。何にせよ……何とかしよう。な? みんなでさ!」

 篤樹は、基本的に自分がリーダーシップのある人間だとは思っていない。小学生の時も中学でも、クラスでも部活でも、自分が集団の中で先頭に立つという経験は無かったし、やりたいと思った事も無い。しかし今、何故か「この子達を助けないと!」という思いが沸き起こっていた。
 それは妖精達の外見が、自分の妹の同級生のような姿だった事が強く影響しているのだろうと思う。潜在的な能力や魔法の力、腕力だって、この子達のほうが強いはずだ。……そもそも、ほとんどの子が、自分よりも年上のはずだ。……でも……そんな子達が途方に暮れている……哀しみ、心が折れている……それなら……

「やるだけやろう! どうなるか分かんないけど、ダメで元々! みんなで当たって……突き抜けて行こう!」

 あーあ、何だか子ども番組の『なんとかのお兄さん』みたいだなぁ……

 そんな気恥ずかしさを覚える篤樹とは裏腹に、妖精王と同じ位の背格好の篤樹に鼓舞された妖精達の顔には、再び明るい笑顔が戻って来ていた。その笑顔に応じるように、篤樹は拳を上に突き上げて声を上げる。

「行くぞー!」

「おー!」

 遥だけが呼応して手を上げた。だが……妖精達はキョトンとした目で2人を見つめている。一瞬「やらかした?」と思った篤樹は、恥ずかしそうに腕を下げるが……

「……カガワ……もう一回やって」

 モンマが目を輝かせながらリクエストをして来た。他の妖精達も期待に満ちた目を輝かせている。篤樹は遥と目配せをし頷くと、大きく息を吸い込んだ。

「よーし……行くぞー!」

「オー!!」

 遥を筆頭に妖精達が腕を上げ呼応した。

 あ……何か……やれる気がして来た!

 篤樹と遥を中心に囲んだ「ガナブの妖精集団」は、軽やかな足取りで地上を目指し、ミシュバットの地下通路を進み始めた。


◆  ◆  ◆  ◆  ◆


「……遅かったじゃないか? エグザルレイ・イグナ王子」

 廃墟となっている王宮前階段に座っていたタフカは、石畳の広場に現れたエルグレドに声をかけた。手の平で弄んでいた小石を握り締めて立ち上がる。

「……その名前で呼ぶな、と……ずいぶん前に言ったはずだぞタフカ。転生で記憶を無くしたのか?」

 エルグレドは笑顔で近づきながらタフカに答える。

「ハッキリ覚えてるさぁ……アルビに逃れて来た不遇な王子様の名前なんだからなぁ」

「……記憶は大丈夫でも、すっかり性格が歪んじまったようだな、貴様は……」

 エルグレドの手前3mほどにタフカが瞬間移動で現れた。エルグレドの右腕はそれを見越していたかのように真っ直ぐタフカに向けられている。タフカはニヤリと笑うと握っていた小石をエルグレドに向けて軽く投げた。小石は放物線を描き始める前に、タフカの目の前で粉々に砕け散った。

「効くわけ無ぇだろ? こんなゴブリン対策の罠によぉ」

「期待はしてないよ。……ま、サービスで当たってきてくれりゃ、それなりに楽しめはしただろうけどね」

 エルグレドの右手から黄色い光を帯びた攻撃魔法が放出された。同時に左手を動かし石畳に転がる石つぶてを数十発撃ち込む。しかし黄色い光はタフカの目の前で弾け飛び、石つぶては空中で止まっていた。

「進歩の無い攻撃だな……」

 タフカは右手で拳を握って人差し指を立てると、小さな円を描くようにクルクルと回し始めた。その動作に合わせ、空中で止められた石つぶても円を描くように動き始める。

「ほらよ!」

 タフカは円を描いていた指をエルグレドに向けた。石つぶてが最初の数倍のスピードでエルグレドに向かって飛ぶ。数発がエルグレドをかすめ飛び、左の頬と右腕の外套の袖が裂けた。
 それでもエルグレドは笑みを絶やさない。

「……妖精王はジャグリングをようやくマスター出来ました、ってことかい? 随分上手に回せるようになったじゃないか」

 タフカは一瞬笑顔を見せてうつむいた。しかし、次に上げた顔は怒りに燃える形相だった。エルグレドも笑みを消して構える。

「友達面をするな! この……裏切り者の……汚れた人間がぁ!」

 タフカは両腕をゆっくり持ち上げた。その動作に引き上げられる様に、石畳の大きな石が十数個持ち上げられる。タフカが腕を回し始めると大きな石のブロックも回り始めた。

「くっ!」

 エルグレドは両腕を交差する形で防御魔法体勢をとる。

「死ね! 裏切り者がぁ!」

 タフカの腕の動きに合わせ、大きな石のブロックが次々とエルグレドに向かって撃ち込まれる。激しい爆音と砂煙が広場を一瞬にして包み込んだ。
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