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第1章 旅立ちの日 編
プロローグ
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陽の光も 遮られる 鬱蒼とした森の中を、賀川篤樹は息も絶え絶えに走り続けていた。
くそっ! なんだよあのバケモノは! ここは……どこなんだよ!
足下の 枝や蔓草に、何度も足を取られては転び、着ている学生服は 泥だらけになってしまっている。中学2年生になって急に背が伸び、とうとう冬休みを前に新調した学生服。まだ半年も着ていないのに「新しさ」は見る影もなくなってしまった。
『卒業するまで大事に着てよね! 学生服って高いんだから……』
母の言葉が頭の中に 響く。入学時に「卒業まで着れるように」と両親が選んだ学生服―――「予定が狂ったわ……」と父に 愚痴る母の声。しかしそれは、決して文句を言ってるわけではない。「我が子の想像以上の成長」を 単純に 驚き喜びつつ、想定外の 出費に苦笑いを浮かべていた両親の姿―――
帰ったら母さんに 叱られるだろうなぁ……
篤樹は呼吸が苦しくなり、 心臓を 掴むように、制服の胸ボタン辺りをギュッと 握り締め走り続ける。酸欠でボンヤリし始めて来た頭に不安がよぎる。
「帰ったら」って……帰れるのかなぁ……?
不意に目の前が開けた。他の木々より樹齢を重ねた 大樹が1本、その開けた場所の中心に立っている。篤樹はその大樹の裏へ回り込み、太い 幹に背中を預けて身を隠した。
激しい鼓動に脈打つ血管の音が、 鼓膜に「ドドン、ドドン」と 響いている。自分の呼吸音が森の 静寂を 破る 騒音のように聞こえていた。
ついつい口で大きく呼吸をしてしまったせいで 喉が乾燥し、吸い込む空気にさえ 刺激を感じ咳込んでしまう。
ヤバイ!「ヤツ」に聞かれてしまう。呼吸を整えなきゃ……
『口で呼吸するんじゃない! 鼻で呼吸するんだ!』
メガホンを通し運動場に響く 岡部の叫び声を思い出す。保健体育の教師で陸上部顧問の岡部。体育の授業でも部活でも、とにかく異常なほどに走らされた。
小学生の頃には「呼吸を考えての走法」なんて聞いた事も無い篤樹たちにとって、岡部の「鼻呼吸指導」は意味不明の 難癖、横暴な大人による「 虐待行為」のように感じた。
自分が口で息をしてるのか、鼻で息をしてるかなんて考える余裕も無く、ただ何時間も 無駄に運動場を走らされ続けた 嫌な記憶。
入学最初の記録走がほんの少し速かっただけで、篤樹はほぼ無理矢理に岡部から陸上部へ入部させられた。好きとか 嫌いとかではなく「従わなければならない 強権な大人」、授業でも部活でも毎日のように顔を合わせるしかない先生。しかし……
しまった……。ついパニくって「口呼吸」だったせいだ。 喉が痛い……気持ちを落ち着けないと……
篤樹は「頭で考えて」呼吸方法を変える。2年間の陸上部生活ですっかり「鼻呼吸」が身についていたつもりだったが、あんな「バケモノ」に追いかけられたせいで無意識に呼吸法が乱れてしまっていた。篤樹は意識的に呼吸を整え、気持ちを落ち着け始める。
喉の痛みをこらえ、鼻から大きく息を吸い込み、ゆっくり口と鼻から吐き出す。「ゼェゼェ」と口を開いて荒く呼吸をするよりも、 幾分か「音」も小さくなった気がする。
そのまま、いつでもすぐ走り出せる 体勢を 維持し、なるべく長く大きく鼻呼吸で息を整える。少しずつ体全体に 酸素が行き渡り始めたのを感じながら、篤樹は 樹の陰からそっと顔を 覗かせ、走ってきた方向を確認した。
大丈夫……追って来る気配はない……よし! 逃げ切れた! 陸上部なめんなよ!
静まった森の中、心臓の 鼓動と、規則正しさを取り戻した呼吸音だけしか聞こえない。篤樹はようやく「考える 余裕」が生まれた。
卓也ぁ。アイツは一体なんなんだぁ?
小学生時代からの親友、 相沢卓也……ゲームやアニメに 詳しく「二次元少年」と呼ばれている。悪い意味ではなく、その知識の広さと深さゆえに、男女を問わず 重宝されている二次元情報提供者だ。
卓也の部屋でのやりとりを思い出す―――最新型のゲーム機もある卓也の家は絶好のたまり場になっている。シューティング系ゲームで 襲い来る敵をとにかく撃ち倒し楽しむ篤樹に、卓也が話しかけてきた。
『篤樹はRPGやんないの?』
『え? だってRPGって面倒じゃん! 色々考えなきゃいかんし。考えるの 苦手ぇ』
ベッドに 腰掛け語りかけて来る卓也に、篤樹はテレビ画面から目を 離さず返事をする。
『RPGのストーリーも楽しめると思うけどなぁ……』
そうは言っても好き・嫌いは好みの問題だからなぁ……。RPGみたいな戦略系って気持ちが入る前にあきちゃうんだよなぁ……
つい2日前の出来事……修学旅行準備のため、部活も休みになった機会に卓也の家で久し振りに集合した放課後の記憶……クラスメイトの 牧田亮と杉野三月、小学時代からの友人男子4人組でダラダラ過ごした時間……
篤樹は卓也の部屋を思い出していた。
テレビ台の横に、山のように 積み上げられたゲームソフトのケースや 攻略本。「二次元少年」と呼ばれる卓也らしい「そっち系のオタク」を思わせる本類……
その中の一冊の表紙を篤樹は思い出す。とにかくグロテスクに 崩れた顔の「モンスター」が、大きなハンマーを 振り上げているイラスト。パッと目に入っただけだったが、とにかく「うえっ! 気持ち悪ッ」と感じたことで記憶に強く残ったのだろう。
やっぱり「アイツ」って……「アレ」だよなぁ……
樹の陰から 様子をうかがっていた篤樹は、「アイツ」が追いかけて来ていないのを確認すると、再び樹の陰に身を隠した。しかし……
振り向くとそこに「ソイツ」は立っていた。グロテスクに崩れた顔からは 表情をうかがい知る事は出来ない。大きく肩を上下させながら荒い息を整え、汗が 薄っすらと 湯気のように上半身から立ち 上っている。「ソイツ」は、ようやく追い 詰めた 獲物を「もう逃がさない!」という決意を全身から滲《にじ》ませ、巨大なハンマーを振り上げた。
え? やっぱり「コイツ」って……あのハンマーで俺を 潰そうとしてるの? そんなの……絶対に死ぬじゃん……
完全に 虚を突かれた驚きと恐怖で、篤樹は疲労した身体を支える気力を失う。現実とは思えない光景に目を見開き、もたれた樹に体重を預けたまま、篤樹はズルズルとその場に座り込んだ。
くそっ! なんだよあのバケモノは! ここは……どこなんだよ!
足下の 枝や蔓草に、何度も足を取られては転び、着ている学生服は 泥だらけになってしまっている。中学2年生になって急に背が伸び、とうとう冬休みを前に新調した学生服。まだ半年も着ていないのに「新しさ」は見る影もなくなってしまった。
『卒業するまで大事に着てよね! 学生服って高いんだから……』
母の言葉が頭の中に 響く。入学時に「卒業まで着れるように」と両親が選んだ学生服―――「予定が狂ったわ……」と父に 愚痴る母の声。しかしそれは、決して文句を言ってるわけではない。「我が子の想像以上の成長」を 単純に 驚き喜びつつ、想定外の 出費に苦笑いを浮かべていた両親の姿―――
帰ったら母さんに 叱られるだろうなぁ……
篤樹は呼吸が苦しくなり、 心臓を 掴むように、制服の胸ボタン辺りをギュッと 握り締め走り続ける。酸欠でボンヤリし始めて来た頭に不安がよぎる。
「帰ったら」って……帰れるのかなぁ……?
不意に目の前が開けた。他の木々より樹齢を重ねた 大樹が1本、その開けた場所の中心に立っている。篤樹はその大樹の裏へ回り込み、太い 幹に背中を預けて身を隠した。
激しい鼓動に脈打つ血管の音が、 鼓膜に「ドドン、ドドン」と 響いている。自分の呼吸音が森の 静寂を 破る 騒音のように聞こえていた。
ついつい口で大きく呼吸をしてしまったせいで 喉が乾燥し、吸い込む空気にさえ 刺激を感じ咳込んでしまう。
ヤバイ!「ヤツ」に聞かれてしまう。呼吸を整えなきゃ……
『口で呼吸するんじゃない! 鼻で呼吸するんだ!』
メガホンを通し運動場に響く 岡部の叫び声を思い出す。保健体育の教師で陸上部顧問の岡部。体育の授業でも部活でも、とにかく異常なほどに走らされた。
小学生の頃には「呼吸を考えての走法」なんて聞いた事も無い篤樹たちにとって、岡部の「鼻呼吸指導」は意味不明の 難癖、横暴な大人による「 虐待行為」のように感じた。
自分が口で息をしてるのか、鼻で息をしてるかなんて考える余裕も無く、ただ何時間も 無駄に運動場を走らされ続けた 嫌な記憶。
入学最初の記録走がほんの少し速かっただけで、篤樹はほぼ無理矢理に岡部から陸上部へ入部させられた。好きとか 嫌いとかではなく「従わなければならない 強権な大人」、授業でも部活でも毎日のように顔を合わせるしかない先生。しかし……
しまった……。ついパニくって「口呼吸」だったせいだ。 喉が痛い……気持ちを落ち着けないと……
篤樹は「頭で考えて」呼吸方法を変える。2年間の陸上部生活ですっかり「鼻呼吸」が身についていたつもりだったが、あんな「バケモノ」に追いかけられたせいで無意識に呼吸法が乱れてしまっていた。篤樹は意識的に呼吸を整え、気持ちを落ち着け始める。
喉の痛みをこらえ、鼻から大きく息を吸い込み、ゆっくり口と鼻から吐き出す。「ゼェゼェ」と口を開いて荒く呼吸をするよりも、 幾分か「音」も小さくなった気がする。
そのまま、いつでもすぐ走り出せる 体勢を 維持し、なるべく長く大きく鼻呼吸で息を整える。少しずつ体全体に 酸素が行き渡り始めたのを感じながら、篤樹は 樹の陰からそっと顔を 覗かせ、走ってきた方向を確認した。
大丈夫……追って来る気配はない……よし! 逃げ切れた! 陸上部なめんなよ!
静まった森の中、心臓の 鼓動と、規則正しさを取り戻した呼吸音だけしか聞こえない。篤樹はようやく「考える 余裕」が生まれた。
卓也ぁ。アイツは一体なんなんだぁ?
小学生時代からの親友、 相沢卓也……ゲームやアニメに 詳しく「二次元少年」と呼ばれている。悪い意味ではなく、その知識の広さと深さゆえに、男女を問わず 重宝されている二次元情報提供者だ。
卓也の部屋でのやりとりを思い出す―――最新型のゲーム機もある卓也の家は絶好のたまり場になっている。シューティング系ゲームで 襲い来る敵をとにかく撃ち倒し楽しむ篤樹に、卓也が話しかけてきた。
『篤樹はRPGやんないの?』
『え? だってRPGって面倒じゃん! 色々考えなきゃいかんし。考えるの 苦手ぇ』
ベッドに 腰掛け語りかけて来る卓也に、篤樹はテレビ画面から目を 離さず返事をする。
『RPGのストーリーも楽しめると思うけどなぁ……』
そうは言っても好き・嫌いは好みの問題だからなぁ……。RPGみたいな戦略系って気持ちが入る前にあきちゃうんだよなぁ……
つい2日前の出来事……修学旅行準備のため、部活も休みになった機会に卓也の家で久し振りに集合した放課後の記憶……クラスメイトの 牧田亮と杉野三月、小学時代からの友人男子4人組でダラダラ過ごした時間……
篤樹は卓也の部屋を思い出していた。
テレビ台の横に、山のように 積み上げられたゲームソフトのケースや 攻略本。「二次元少年」と呼ばれる卓也らしい「そっち系のオタク」を思わせる本類……
その中の一冊の表紙を篤樹は思い出す。とにかくグロテスクに 崩れた顔の「モンスター」が、大きなハンマーを 振り上げているイラスト。パッと目に入っただけだったが、とにかく「うえっ! 気持ち悪ッ」と感じたことで記憶に強く残ったのだろう。
やっぱり「アイツ」って……「アレ」だよなぁ……
樹の陰から 様子をうかがっていた篤樹は、「アイツ」が追いかけて来ていないのを確認すると、再び樹の陰に身を隠した。しかし……
振り向くとそこに「ソイツ」は立っていた。グロテスクに崩れた顔からは 表情をうかがい知る事は出来ない。大きく肩を上下させながら荒い息を整え、汗が 薄っすらと 湯気のように上半身から立ち 上っている。「ソイツ」は、ようやく追い 詰めた 獲物を「もう逃がさない!」という決意を全身から滲《にじ》ませ、巨大なハンマーを振り上げた。
え? やっぱり「コイツ」って……あのハンマーで俺を 潰そうとしてるの? そんなの……絶対に死ぬじゃん……
完全に 虚を突かれた驚きと恐怖で、篤樹は疲労した身体を支える気力を失う。現実とは思えない光景に目を見開き、もたれた樹に体重を預けたまま、篤樹はズルズルとその場に座り込んだ。
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