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しおりを挟む「本当だと思うか?」
エストの問いにウィルは考え込む。
「タイミングが良すぎる」
双子の会話を聞いた伯爵夫人が重たい溜め息を吐く。
「何を今更。問題はどちらが行くか、でしょう?不審に思われるような隙を見せないよう、さっさと迅速に決めなさい」
養母の苛立ちようにアーネが戸惑っていると、ポンと養父に肩を叩かれた。
「心配のあまりキレてるだけだから大丈夫だよ」
「アナタは黙ってて!」
「あはは。アレは照れ隠し」
「もう!アナタ!!」
養母が目くじらを立てようと、養父は動じない。どこまでも幸せそうに養父は笑っている。緊迫した事態ではないのだろうか、と。先程までとは別の意味でアーネは戸惑った。
「僕が行くよ。〝ウェスティール〟が離れたところを狙って伯爵家に手出しをしてくる恐れもあるから、くれぐれも気をつけて。任せたよ、エスト」
「ああ、わかってる」
「お兄様…」
ご無事で、などと言えば、この先の展開が悪いものになりそうでアーネは言葉に詰まった。ただ、王子が城に帰るだけ。それだけであって欲しいと願う。ウィルはそんなアーネの頭を撫でた。
「アーネ、万が一エストに押し倒されたら股間を蹴り上げてでも逃げるんだよ」
「お兄様…」
今って、そんな話の流れじゃなかったような?と呆れを滲ませつつ、ウィルを見上げたアーネを、ウィルはいつも通り優しく微笑んでいる。いつも通りでいいのだと、伝えてくれる。
「エストを兄と呼びたくないので、早く帰ってきて下さいね」
「いや、何でお前ら、そんなに俺に手厳しいんだよ」
おかしいだろ…と呟くエストは軽く無視された。
ウェスティール王子がジェノール伯爵家を去ったのにも関わらず、屋敷は兵士たちに取り囲まれている。三階の窓からそれを確認した一同は顔を見合わせる。既にエストは前髪を下ろして伯爵令息モードだ。
「守っているようにも見えるし、誰一人逃がさないよう見張っているようにも見えるわね」
忌々しいと、悪態を吐く養母の表情は固い。
警護なのか、幽閉なのか。もし出ようとして止められれば後者だろう。試す気にもならないが。
三台ほどの馬車が連なって門に近づいてきた。しかし、門を塞ぐ兵士たちに止められている。馬車から降りてきた人物が屋敷に向かって大きく手を振った。
「私の出番ですね。めいいっぱい可愛らしく演じてきます。行きましょう、サラ」
アーネはニッコリと上品に微笑み、歩き出した。
「リト兄様!!」
天真爛漫な満面の笑顔でアーネは門に駆け寄る。伯爵家の門番と城の兵士が言い争う中、腕組みして立ち尽くしていたソリュートがパッと表情を明るくする。
「アーネ!!息災だったか!!」
リト兄様というのは打ち合わせ無しの思いつきによる呼称だったが、どうやら合わせてくれるようだ。そのままの勢いでソリュートに抱きつこうとするが兵士達に止められる。
「何故止めるのですか?リト兄様にせっかくお会い出来たのに…」
さすがに涙までは出せないので、頬を膨らませて俯く演技で、どうにか落ち込んでいると表現出来ていると思いたいアーネである。
「貴様、私の妹を泣かせるつもりか!」
そんな拙い雑な演技なのにも関わらず、軍人ばりの鬼の形相でソリュートが兵士の胸倉を掴みにかかった。いやいや、それは流石にマズイだろうとアーネは慌てるも、咄嗟には何も出来ない。
「ソリュート様、落ち着いて下さい」
後続の馬車から降りてきた人物の一言が凛と響き、ソリュートの手が止まった。アーネがそちらを振り向くと、まるで絵に描いたような美しい女性が指先まで洗練された仕草で耳元の髪をかきあげる。
「きれい…」
思わず呟くと、女性は微笑みを返してくれた。
「アーネ。彼女は私の恋人で、隣国ポルテ皇国の公爵令嬢だ。皇帝陛下の溺愛する姪に当たり、皇帝の継承権も持っている」
間に挟まれた兵士達が気まずい顔をしているが、ソリュートは気にせず女性を紹介してくる。アーネは改めて間にいる兵士達を邪魔だと思った。両者の間にある門扉も邪魔である。
彼女の身の上と継承権のことまで口にしたのは明らかに牽制だろう。失礼があれば外交問題になるぞと言外に脅しているのだ。
「カロリナ・ポルテですわ。ふふ、貴女が私の将来の妹なのね!会えて嬉しいわ」
美女───カロリナ嬢も門と兵士達を無視している。
「初めまして、アリネリアです」
「遠路はるばる結婚相手の実家にご挨拶をと出向きましたのに、門を開けて頂けないのよ。酷いと思わない?この国の優秀な伯爵家の令息を婿に迎えるのと引き換えに、我が国は関税を下げましたのに、両国の友好を歓迎しない方の指示なのかしら?」
前半はアーネに語りかけ。後半は凍るような笑顔で兵士を睨んでいる。
「た、ただいま確認がとれました!お待たせして申し訳ございません!」
一体何を誰に確認したと言うのか。苦し紛れの言い訳を残し、門が開けられた。
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