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21 お似合いの2人

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 応接室にカロリナ嬢の付き添いである使用人の方たちを案内し、休憩してもらい、一方で主要な面々はサロンに集うことにした。現在伯爵家では使用人総出で来客の皆様をお迎えするために複数の部屋を整えている最中だ。

 カロリナの来訪は事前に決まっていたことではあったらしいが、具体的に何日頃来るかまでは連絡が滞っていたらしい。これはどこかで手紙を止められている云々より、ソリュートが手紙を出したタイミングが隣国を出国する直前だったため、単に一行が手紙を追い抜いて到着しただけとのこと。それを聞いてアーネは安堵した。

「私が滞在している間は手出しされませんわ!皆様ご安心なさって」

 自国内での諍いなど醜聞でしかない。隣国の姫君とも言える高位令嬢が滞在しているところに、その令嬢の婚約者の実家を潰しに来るとは確かに考えにくい。

「茶会でアーネを紹介した後の夜会で、ウェスティール殿下がアーネと踊ることは事前に知らされていたから、伯爵家を守るためにカロリナを連れて急いで戻ってきたんだ」

 間に合って良かった、とソリュートは嘆息する。

 そんな息子の気遣いよりも、養母の関心はカロリナに向いているようで。

「何度お会いしても、こんなに美しいお嬢さんがソリュートを見初めただなんて信じられないわ…」

 養母が何気に酷い本音を零す。反応に困るため、エストと養父は揃って明後日の方を見ている。アーネも反応に困って俯いた。

「俺も未だに信じられん!」

 その、美女の心を射止めたはずのソリュート本人が堂々と養母に同調するので、ますます反応に困る。

「お恥ずかしながら私、蝶よ花よと甘やかされて育ちましたの。大変傲慢だったのです。そして誰も私の過ちを指摘出来なかったのですわ。ソリュート様だけが、身分も権力も関係なく、1人の人間としての私を叱って下さったのです」

 恥じらいながらソリュートに寄り添い、うっとりと目を閉じてカロリナは回想し始めてしまった。

 あくまでもアーネの予想に過ぎないが、叱られて逆ギレしたカロリナに「私を誰だと思っているの!」とでも問われたら、ソリュートは恐らく真顔で「カロリナ・ポルテ嬢だろう」と返しそうな気がする。「だから、何だ?」と、嫌味や意趣返しなどの意図もなく素で首を傾げそうだ。そんな脳筋ぶりにド肝を抜かれた衝撃を、うっかり恋と誤認した事故なのでは…?とアーネは不安になった。

 アーネの戸惑いを察したエストが静かに首を左右に振る。放っておけと。アーネも馬に蹴られたくはないので頷き返す。

「ソリュート様の家族は私の家族でもあります。こういう時こそ権力は使いませんとね。なんなら、御家族揃って我が国に移住して下さってもいいんですのよ?私を改心させた聖人としてソリュート様は陛下にも認められておりますし、伯爵位くらいなら喜んで下さいますわ!」

「聖人………?」

 ソリュートはよくわかっていないらしく、キョトンとしている。脳筋が聖人扱いされるとか、このご令嬢はどれだけ酷かったのだろう。そんなことを疑問に思っても、口には出さない。知ったら後悔しそうな予感がする。

「お言葉は有り難いですが、移住は最終手段です。国を支える立場の貴族として、両国の架け橋になることに尽力したいと考えておりますので」

 どちらが伯爵家当主なのか、うっかり間違えそうになるくらい堂々と養母が宣言し、肝心の伯爵本人である養父はニコニコしながら頷いている。恐らく、うちの奥さんはカッコイイなー、などとしか考えていないのだろう。

「それは残念ですわ。特にアリネリアさんが来てくださったら毎日愛でますのに」

「アーネとお呼びください、カロリナ様」

 愛でるって具体的に何をする気なのか。問うと面倒なことになりそうなので、話題を逸らすべく、アーネはニッコリと微笑む。

「お姉様と呼んでいいのよ」

 ニッコリと。美女の微笑みは美しいけれど、嫌とは言わせない圧がある。

「はい、カロリナお義姉様」

「ハァ…、可愛い。赤毛で、お目目パッチリで、本当に可愛いわ」

 後に知ったことだが、隣国では白金か金髪が主らしく、赤髪は非常に珍しいそうだ。例え毛並みの珍しさが理由であっても気に入られたのだから良しとしよう。アーネは深く考えることをやめた。

 カロリナはエストとウィルの事情も全て知っているのだという。ソリュートに隠し事なんて器用な真似ができるわけないよね、とエストが呟くので、それもそうかと納得してしまった。カロリナから交際を申し込まれた時点で、伯爵家の面々には相談せず、全て話してしまったらしい。

「ソリュート様は『君を利用するつもりは無いが、交際すれば自ずと利用する形になってしまうだろう。弟たちのことが片付くまで交際はできない』と仰ったのですわ。利用してくるつもりで寄ってくる者ばかりでしたのに、ソリュート様はどこまでも真っ直ぐで。私、思いましたの。権力も地位も、この人の為に使わなくて一体何の為に使うのかと!この人の為に使うために権力はあるのだと!」

 ───いや、違うだろ。

 その場にいた伯爵家の面々の心が一つになった瞬間である。

「カロリナ。権力も地位も君自身の為に使うべきだ」

「ソリュート様…♡」

 権力と地位を全力で行使し、国家間の外交にまで発展させ、関税まで動かし、ソリュートを手に入れた女傑は、うっとりと蕩ける瞳でソリュートを見つめた。例えソリュートでなくてもカロリナに見初められた時点で逃げられなかっただろう。

 そんなカロリナの勢いを恐れず逃げ出さないソリュートは確かに大物かもしれない。


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