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「ただ、少し……疲れただけ」

何とかその視線から逃れて俯く。
誤魔化して隠そうとしたのは、これ以上険悪な雰囲気になりたくないのもあるけど…僕の情けない姿を、ハイジに知られたくなかったから。

「マジで、それだけか?」
「ん」
「……」
「だから、ハイジが迎えに来てくれて……良かった」

小さくそう漏らせば、ハイジの鋭い視線が柔らかくなった気がした。
怖ず怖ずと顔を上げると、ランタンの柔らかな光に照らされたハイジの表情が、穏やかに映る。

「……そっか」
「……」
「頑張ったんだな、さくら」

頬杖を付き、真っ直ぐ僕を見つめる二つの瞳。柔らかな光を含み、痛い程に優しくて。
僕の心の深い場所を、甘く揺らす。

「……」

ハイジとは、まだ出会って間もないのに。何でこんなに僕の事を思ってくれるんだろう。
僕だけを、見てくれるんだろう……

トクトクと鼓動が高鳴り、気恥ずかしくて余計にハイジを見られなくなってしまう。

「オレもな、今日は頑張ったんだぜ」
「……え……」

ハイジの声が鼓膜を通り、脳内に到達するまで約一秒。それから言葉の意味を理解するのに、約数秒の時間を要してしまった。

「まぁ……さくらに比べたら、大した仕事じゃねーけど」
「……仕事?」

そういえば昨日、チームのみんなと用事があるって言ってたっけ……
視線を上げ真っ直ぐハイジを捉えれば、頬杖を崩したハイジが口角を持ち上げ、再び口を開く。

「そ。頼まれたモンを、時間通りに指定された場所に運ぶ仕事だ」
「……」
「後は、……まぁ、色々な」

そう言いながら、テーブル端に置かれたお冷やを手に取り、グラスを傾ける。

「施設時代に、世話ンなった人がいてさ。その人がオレらのチームの面倒を見てくれてンだよ」
「……」
「リュウさん、っていうんだけどな」
「──!」

リュウ……
その名前を聞いた途端、背筋がゾクッとし、心臓が飛び出してしまう程の大きな鼓動を打つ。

「オレの、恩人なんだよ」
「……」
「あの人がいなかったら、今のオレは居ねぇ……」

ドクドクと刻む心音は、先程まで感じていたものよりも、激しくて。
痺れる指先まで、熱い。

「……」

背中から包み込まれる温もり。
項に掛かる熱い吐息。
竜一の匂い。
重なり合った鼓動。
あの時の五感が全て蘇り、まるで追体験しているような感覚に陥る。

でも──そんな訳、ない。
『リュウ』って名前なら、きっとこの世の中に星の数ほど存在する。
それに、ハイジが施設時代に世話になった人って言ってたから……竜一の筈がない。

「だから時々、リュウさんの仕事を手伝ってンだよ」
「……」

そう思うのに、どうしよう。
まだ……心臓が落ち着かない。

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